痛みが生んだダンス・ポップ回帰作

サム・スミス『ラヴ・ゴーズ』
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ALBUM
サム・スミス ラヴ・ゴーズ

一聴してすぐに気づくのは、本作はビートが復活したバイタルなダンス・ポップ・アルバムになっているということだ。サム・スミスはもともとガラージやヒップホップも背景に持つ人で、だからこそディスクロージャーやノーティ・ボーイとタッグを組んできたわけだが、前作『スリル・オブ・イット・オール』はそうした側面がほとんど排除されたアルバムで、当時のサムはクラシックなソウル・シンガーとしての普遍性を極めることを重視していた。本作はその対極をいく作品だと言っていいだろう。

カルヴィン・ハリスとタッグを組んだ2018年の“プロミセズ”の時点で、すでに予兆はあった。サムがMVで本気のダンス・ルーティーンを披露した“ダイヤモンズ”や、マドンナレディー・ガガの系譜に連なるディスコ・ポップをやったその名も“ダンス~”など、本作のエレクトロ・ミュージックへの回帰、ポップへの回帰は明らかに意図的なものだ。ノーマニとやった“ダンシング・ウィズ・ア・ストレンジャー”のアンニュイなR&Bのフロウや、バーナ・ボーイとやった“マイ・オアシス”の哀愁のラテン・ギターなど、サムらしいウェットなメランコリィはもちろん健在だが、その薄暗い感情を(前作のように)美しい歌唱によって昇華していく代わりに、ダンス・ビートによって時に逃避し、時に抗おうとしているのが『ラヴ・ゴーズ』なのだ。

本作のテーマはサムが経験した大失恋にあるという。サムの曲はそのほとんどが打ち捨てられた恋愛についての歌であり、《君が僕を捨て置くたびに、僕の涙は乾いていく》(“トゥー・グッド・アット・グッバイズ”)と歌った前作も、《一夜の関係だとわかっているけど、ここにいてほしい》(“ステイ・ウィズ・ミー~”)と歌ったデビュー作も、言うなれば失恋アルバムだった。ただし、今回のそれが今までとはレベルの違う痛みを伴う経験だったこと、いっそ憎しみにも近いものだったことは、元恋人が金目当てで自分と付き合っていたと知って《ダイヤモンドは君と一緒に消えてしまう》、《好きなだけ持っていけよ》と吐き捨てる“ダイヤモンズ”にも明らかだ。本作は泣き暮れるタイプではなく、全てをぶちまけ、発散するタイプの失恋アルバムであり、それも本作がパワフルなダンス・ポップ・アルバムになった要因のひとつかもしれない。ちなみに本作のタイトルには当初「die」が含まれていたが、新型コロナウイルスの影響でリリースが延期されたのに伴って変更されている。今、そのネガティブな単語は誰にとっても相応しくないとしたサムの判断は正しかったと思う。(粉川しの)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』12月号に掲載中です。
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サム・スミス ラヴ・ゴーズ - 『rockin'on』2020年12月号『rockin'on』2020年12月号
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