ビリー・アイリッシュに悪夢を与え続ける男

エミネム『ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ – サイド B (デラックス・エディション)』
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ALBUM
エミネム ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ – サイド B (デラックス・エディション)

昨年1月にリリースされた『ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ』のデラックス盤だが、オリジナルの20曲に加え、新曲16曲(Side B)を加えた2枚組仕様になっている。最近オリジナルを発売したあとに新曲を追加したデラックス・エディションをリリースする例が目立っているが、本作のリリース形態も同じ。Side Bは質量ともに新作といっていい内容であると同時に、アルバム『ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ』のストーリーがこれで完全に完成された、という意味合いもあるのだろう。いずれにしろここのところのエミネムの精力的な創作活動には感心させられる。ベテランになるにつれ、作品を重ねるにつれ、歌うべきテーマ探しに苦労するようになりリリース・ペースが落ちるのはある意味で仕方のないことだが、エミネムのように並のラッパーよりもはるかに情報量の多い膨大なリリックをマシン・ガンのように連射するスタイルでこのリリース・タームは驚嘆に値する。

本盤は2020年12月18日に、『ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ』(以下「オリジナル盤」)同様、何の事前情報もなくサプライズ・リリースされた。オリジナル盤は全米アルバム・チャート初登場1位を獲得、エミネムは10作連続全米アルバム・チャート1位という史上初の記録を打ち立てた。『ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ - サイド B』(以下「デラックス盤」)はチャート集計でオリジナル盤とコミでカウントされたようで単独のチャート結果は出ていないが、『ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ』は1月初週に199位から3位にいきなりジャンプアップしている。スカイラー・グレイ、DJプレミア、タイ・ダラー・サイン、ドクター・ドレー、スライ・パイパー、MAJ、ホワイトゴールドと、ゲストはいつもながら豪華かつ多彩だ。

オリジナル盤は、サスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコック監督が作曲家ジェフ・アレクサンダーと共に作った同名アルバム(1958年)にインスパイアされた作品だ。ヒッチコック版は彼のブラック・ユーモアに満ちたナレーションとオーケストラ演奏で構成されたアルバムで、エミネム版はそこからヒッチコックの声が要所でサンプリングされている。

“Alfred(Intro)”に始まる新曲16曲が第1部、“Alfred(Outro)”に終わる既存曲20曲が第2部となるのだが、ヒッチコックのナレーションに始まり終わる構成となったことで、全体の流れや起伏ははるかにスムーズになった。死体を埋める(?)ような不気味な効果音と女性の悲鳴をフィーチャーした“Black Magic”と続けて、ヒッチコックのテレビ・シリーズ『ヒッチコック劇場』でテーマ曲に使われたシャルル・グノーの“操り人形の葬送行進曲”をループした“Alfred’s Theme”に繋げるあたりは、ミステリー・マニアをニヤリとさせる洒落た仕掛けだ。

オリジナル盤からデラックス盤に至るまでの11ヶ月の間のもっとも大きな出来事は、言うまでもなく新型コロナウイルスのパンデミックによって世界の様相が一変したことだ。政治・経済・社会・文化のすべてが甚大な影響を受け、とりわけアートやエンターテインメントなどが大きな停滞を迫られた状況は、常に現実社会の動きにビビッドに反応してきたエミネムにとって、(表現は悪いが)激しくモチベーションを掻き立てられたのではないか。この11ヶ月の間にエミネムが感じたであろうさまざまな感情やメッセージが、すさまじい密度と情報量で詰め込まれている。

コロナウイルスに言及しながら、アメリカ社会のさまざまな現実をエミネムらしいハードな反語と強烈な自意識でもって活写した“Gnat”、ジョージ・フロイド殺害事件に触れた“These Demons”、《オレはビリー・アイリッシュに悪夢を与え続けている》というフレーズが唐突な“Alfred’s Theme”(これはかつてビリーがインタビューで「子供のころ私はずっとエミネムに対して恐怖を抱き続けてきた」と発言したことへのアンサーと思われる。エミネムは子供が直視するにはハードすぎるアメリカの現実を吐き出し続けてきたということだ)、ドクター・ドレーがラッパーとして久しぶりに参加した“Guns Blazing”、プロデュースに加わった“Discombobulated”、“She Loves Me”は、いずれも90年代ヒップホップの香りを漂わす佳曲だ。

エミネムのラップ・スキルの高さとリリシストとしての語彙の豊富さと語り口の巧さ、ハードなメッセージをドラマティックでポップな曲に仕上げる手際が鮮やかすぎる。全16曲+20曲の計36曲、最後まで耳が離せない。すごい。(小野島大)



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エミネム ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ – サイド B (デラックス・エディション) - 『rockin'on』2021年3月号『rockin'on』2021年3月号
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