エミネムの12枚目となる新作『ザ・デス・オブ・スリム・シェイディ(クー・ドゥ・グラス)』が見事全米チャート1位を獲得した。ヒップホップ作としては、2024年最高の売り上げで、年間通しても現時点ではテイラー・スウィフトに次ぐ2位の記録だ。またこれはエミネム11作目の1位で、ブルース・スプリングスティーンなどと並び史上5位の成果。ラッパーの寿命が常に問われる中で、エミネムはキャリア30年を目前としてまるで衰えない人気と実力を発揮したのだ。
タイトル通り“スリム・シェイディを殺す”というコンセプト作だった今作の発売後に、米メディアのComplexでスリム・シェイディとマーシャル・マザーズが対決する動画を発表して面白かった。新作と重なる自らの心の葛藤を開陳するような内容だったから。AIを駆使した若いままのシェイディに、51歳のマーシャルが、「俺は成長した。ファンも成長したし、世界は変わった。みんなより敏感になった」。だからシェイディの態度では「キャンセルされる」と打ち明ける。しかし、シェイディはエミネムが一番売れていたのは「俺がいた時代」と言い切るのだ。娘のヘイリー誕生後に切羽詰まってトイレに座り「どうだっていいや」と思ってシェイディが誕生したと語り、しかし最後はマーシャルとして自分の中で心の平和を見つけていく。新作を要約しているとすら言えるので必見だ。
新作の中でも最も感動的な“Somebody Save Me”のMVも発表された。コラボしているジェリー・ロールは“Save Me”がサンプルされたことについてインスタにコメント。「もし悪魔に乗っ取られていたらどうなっていたかを語った曲を彼が使いたいということ自体に泣けた」と。このMVでは、なんと娘さん3人のホームビデオが使われている。ラップされているヘイリーの初のギターリサイタル映像もある。これまで娘さんの姿はほとんど公にしてこなかったので驚くし、いかに彼の人生が脆く、紙一重だったのかが伝わる悲痛な内容なのだ。しかし、エミネムはその反対側に辿り着き、娘さん達の結婚式などにも無事出席している。だから、彼なりの祝福なのかもしれない。
エミネムは、ツアーは“リラプス”(=中毒依存の再発)のきっかけとなると長年避けてきたが、今作の発売時に単発ライブはいくつか行っている。来年のグラストンベリーにヘッドラインで出るという気の早い噂もあるくらいだ。過去と折り合いを付けたエミネムの新境地を今後も期待したい。(中村明美)
エミネムの記事は、現在発売中の『ロッキング・オン』10月号に掲載中です。ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。
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