ついに登場した継父殺し! エミネム・カタルシス完全復活

エミネム『ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ』
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ALBUM
エミネム ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ

前作『カミカゼ』以来、1年半ぶりとなるエミネムのこの新作、今回もまたまったく予告なしの電撃リリース。エミネムについては、00年代後半からのスランプとリハビリがかなり長く続いた感があるが、その時期、特徴的だったのは気負いと自意識がどこまでも過剰に働いてしまったことだった。もともとエミネムは自由に俯瞰しながら、道化を演じたり毒を吐いたりするところが最大の魅力で、だからこそ、自分の実母のあまりにもひどい生活ぶりや最下層としての生い立ちなどを辛辣にラップに乗せても、それが痛快に感じるパフォーマンスとして成立していた。もともとヒップホップではこういう私小説的な手法はエミネムの登場までは前代未聞で、それは、そんなものは誰も聴きたくないはずだという先入観があったからだ。しかし、エミネムのこうしたラップが強く支持されたのは、彼が自分の生い立ちその他を、ラップのネタとしてどこまでも突き放してしまうことができていたからなのだ。

その後の彼のスランプについては処方薬依存症などが原因になったとされているが、それよりも大きかったのはおそらく娘ヘイリーの存在だったはず。彼女が思春期を迎えるにしたがって、おそらくエミネムは、自身の思春期以降の経験を突き放していくことが難しくなってしまったのだ。

09年の復帰以降も今ひとつキレが戻らない感じがもどかしかったのもそのせいだ。しかし、その様相が一変したのが『リバイバル』と前作『カミカゼ』で、特に後者では「このジャケット(ビースティ・ボーイズのファーストのパクリ)にこのタイトルってあほかよ」と思わせる、エミネムらしい自分を突き放した自虐ユーモアと洒落心が完全復活したことを告げていたのだ。アルバムの内容もまたそうで、『リバイバル』を軒並み低く評価した評論家への逆ギレ的怒りをぶちまけたものだったが、それを自虐的なコミカル・パフォーマンスとして自身の壮絶なスキルもみせつけながら叩きつけていったことで、エミネム本来の魅力が十二分に発揮されることになった。おかげで、より告白的な楽曲についても素直に感情移入できるものになっていたのだ。

というわけで、今回のこの新作。アルバム・タイトルは「殺される時のための音楽」とやたら説明的だが、これはホラー映画の巨匠、ヒッチコックがかつて発表した音楽アルバムと同名のもので、エミネムのアホ・キャラ、スリム・シェイディならではの駄洒落だ。けれども『リカヴァリー』などといった説明的なタイトルよりはよっぽどエミネムらしい。

内容は彼の魅力が炸裂しながら、楽曲もサウンドもテンポよく移り変わっていく展開。どの曲についても没頭してしまうだけの摑みとパフォーマンスと聴きやすさを備えていて、エミネムのアルバムがこれほどするする身体に入ってくるのは本当に久しぶりだといえるほどの出来栄えで素晴らしい。

なかでも注目されるのは昨年末に急逝したジュース・ワールドとの共演曲“ゴジラ”で、自分たちはどうしてこうもモンスターなのかということを綴るものだ。興味深いのはジュースはどちらかというとSoundCloudラップ勢に近く、エミネムは『カミカゼ』でSoundCloud勢を始めとする若手を機銃掃射の勢いでディスしまくっていたことだ。ただ、ジュースは自身でも鼻歌ラップと同時にフリースタイルも綴れる同世代では唯一のMCと自負していて、影響としてエミネムを挙げていたので共演が実現したのだろう。残念ながらジュースの急死のため、彼の出番はコーラスだけで終わっている。その弔いのためか、エミネムはおそらくヒップホップ史上最強の早口スピード・ラップを披露し、ここまでやるかというパフォーマンスになっている。でも、これがエミネム流の追悼なのだ。

一転して、これに続く“ダークネス”はラップも音もすべて抑制を利かせたトラックで、実はエミネムはこの曲で58人の犠牲者を出した17年のラスベガス乱射事件の犯人に成り代わってみせている。これまでエミネムはこうした試みをかなりしてきたと思うが、作品としてここまで鬼気迫る内容になったのはこれが初めてだ。つまり、今のエミネムは完全に自身の資質を自在に発露できるようになっていてただ素晴らしい。

またファンとしては家族ものが復活しているのも嬉しいところ。それが“ステップダッド”、つまり「継父」だ。ここで少年エミネムはついに継父殺害を遂行するのだ。もちろんこれは実体験をベースにした創作だが、スランプ期以来、ようやくこの領域が解禁になって嬉しいし、これでこそエミネムなのだ。 (高見展)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』3月号に掲載中です。
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エミネム ミュージック・トゥ・ビー・マーダード・バイ - 『rockin'on』2020年3月号『rockin'on』2020年3月号
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