これからの10代に託される思春期の傑作

テイラー・スウィフト『フィアレス(テイラーズ・ヴァージョン)[デラックス・エディション]』
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ALBUM
テイラー・スウィフト フィアレス(テイラーズ・ヴァージョン)[デラックス・エディション]

2008年にリリースされた2ndアルバム『フィアレス』は、テイラーに史上最年少でのグラミーをもたらした大ブレイク作であり、全世界で1200万枚超えのセールスというのは今なお彼女の自己最多記録だ。デビュー・アルバムから『レピュテーション』までの6作品のリイシューを予定しているテイラーが、リイシューの第1弾として『フィアレス』を選んだのは、本作がセールス的にも評価的にも、そして彼女自身の思い入れ的にも、あらゆる意味で最も象徴的なアルバムであるからだろう。

本作はもちろん彼女にとって初めてのリイシュー・アルバムであり、オリジナル盤収録の全20曲(バージョン別の追加曲含む)の再録に加えて、当時未発表のままとなっていた6曲も新バージョンとなって収録されている。全26曲、総時間100分以上に及ぶ大作なわけだが、テイラーはジャック・アントノフ、アーロン・デスナーらと共に昨年12月から今年1月にかけてそのレコーディングを行ったというから、とんでもないスケジュールだ。

何しろ彼女は昨年7月から12月まで前作『エヴァーモア』をレコーディングしていたし、さらには昨年4月から7月にかけて『フォークロア』をレコーディングしていたのだ。つまり約10ヶ月をノンストップで走り抜け、『フォークロア』から本作まで一気に作ってしまったということになるし、その3枚のアルバム全てが彼女のベストワークと呼ぶに相応しいクオリティで完徹され、しかも3作品すべてが全米1位を獲っているのだから、まさに「とんでもない」としか言いようがないのだ。

テイラーが今回のリイシュー企画に踏み切った背景にあるのは、過去のライブ音源を勝手にリリースした古巣のビッグ・マシン・レコードとの確執であり、『レピュテーション』までの原盤権を買い叩いた(そして投資ファンドに売り払った)スクーター・ブラウンへの反撃だった。彼女が本作を『テイラーズ・ヴァージョン』と題したのは、「彼らが原盤と称しているものに代わり、以降はこれがオリジナルになります」という強烈な意思表示であるのは言うまでもない。だから本作が『フォークロア』/『エヴァーモア』の二部作と地続きのアルバムとして制作されることになったのは結果論であって、前提ではない。しかしそうであっても、両者の因果関係は本
作のサウンドに克明に刻まれている。

“フィフティーン”の中で《自分が何者になるのかわからない、それが15歳》だと歌ったように、『フィアレス』がリリースされた当時18歳だったテイラーにとって、同作のほぼ全ては彼女自身の思春期の投影だった。恋に憧れ、恋に傷つき、無鉄砲で、直感的で、その一方で洞察力に優れた繊細な一人の少女の複雑な心象を、当事者がこれほどまでに鮮やかに描ききった作品は滅多にない。「『フィアレス』は青春の幸福と荒廃についてのアルバムだった」というテイラーは、今回のリイシューに際して次のようにコメントしている。「(ファンに対して)みんなと一緒にティーンエイジャーになれたことは、本当に光栄だった。(新しいファンに対して)近い将来、その感覚を一緒に味わえることを楽しみにしている」と。

つまり本作には、10代の懐かしい記憶をかつての仲間たちと一緒に反芻しているテイラーと、その懐かしい記憶をいつの時代の少女たちにも重なりうる普遍的な思春期の「フィクション」として再構築しようとしている、現在31歳のテイラーがいると言っていい。そしてだからこそ、『フォークロア』/『エヴァーモア』の二部作で彼女が培った豊かな想像力、自分以外の誰かに思いを馳せる共感性そしてフィクションの語り部としての成長が大きな意味を持つのだ。

アコースティックな『フォークロア』/『エヴァーモア』の作風がテイラーの原点回帰、まさに『フィアレス』期の彼女との相似形として語られたように、今現在の彼女の方向性はそもそも『フィアレス』のサウンドに近いものがある。だからオリジナル盤に参加したアーティストも起用した本作の再録が、オリジナルのテイストから大きく逸脱したものにはなっていないのは当然なのかもしれない。そして基本が同じであることで、物語の世界へと誘うサウンドの奥行き、アコギはもちろんフィドルやマンドリンも巧みに織り込んで得た温かくも幻想的な響き、そしてマチュアなテイラーの歌声など、13年を経て彼女が獲得したテクニカルな部分や表現力の部分での飛躍がより鮮明に感じられる。

こうして聴くと、リイシュー企画の第1弾をデビュー・アルバムではなく本作としたテイラーの意図もますます納得がいくし、答え合わせのような感覚を覚えるリスニング体験でもある。今後のリイシューでは『1989』のような現在のテイラーのモードからかけ離れた作品がどう生まれ変わるのか、楽しみでならない。(粉川しの)



ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』6月号に掲載中です。
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テイラー・スウィフト フィアレス(テイラーズ・ヴァージョン)[デラックス・エディション] - 『rockin'on』2021年6月号『rockin'on』2021年6月号
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