二つの価値を綱渡りする歌

鬼束ちひろ『ONE OF PILLARS ~BEST OF CHIHIRO ONITSUKA 2000-2010~』
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ALBUM
鬼束ちひろ ONE OF PILLARS ~BEST OF CHIHIRO ONITSUKA 2000-2010~
デビューから10年の軌跡をまとめたベスト盤。全曲を通して息を呑むような緊張感が持続する。鬼束ちひろの特異な歌世界に触れるには最適な一枚だ。

彼女の音楽には、二つの相反する面が同居している。一つは聴き手を包み込むかのような温かさであり、それは多彩なメロディラインと奥行きのあるアレンジが作り出したものだ。もう一つは、聴き手の面前にナイフを突きつけるような鋭さであり、それは言うまでもなく、収まることのない不安や悲しみを包み隠さず描き出す歌詞から生まれている。

そして、鬼束ちひろの画期性とは、そうした二つの面を決して和解させなかったことにあるのではないか。彼女の歌においては「愛と憎しみ」「光と影」といった二項が溶け合うことはない。強烈なコントラストを維持したまま、綱渡りをするように歌われるのが“月光”であり、“Sign”であり、“帰り路をなくして”といった楽曲なのだ。私はそうした名曲群から、ユーミンの曲に感じる豊かさと、ジョイ・ディヴィジョンの曲に感じる出口の無さを同時に受け取る。彼女のようなシンガーは他にいない。(神谷弘一)
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