ボスは何を思う

ブルース・スプリングスティーン『レッキング・ボール』
2012年03月21日発売
ALBUM
ブルース・スプリングスティーン レッキング・ボール
 本作は様々な議論を呼ぶことになるかもしれない。先行楽曲の“ウィ・テイク・ケア・オブ・アワ・オウン”公開時から、その兆候はあった。グラミー授賞式でも冒頭で披露され、《星条旗がどこで翻っていようと/俺たちは自分たちで支え合う》というコーラスを持つ、ブルースの怒りに満ちた楽曲だが、いわゆる政府に頼らないという市場よりの新自由主義的な解釈もされ、アメリカでは議論を呼ぶことになった。それ自体がいかにもアメリカな話だが、本作の、特に前半に並ぶのは伝統的とも言えるプロテスト・ソングである。「銀行家」「賭博師」「労働者」「盗人」といった直接的な言葉が歌われる。06年発表の『ウィ・シャル・オーバーカム/ピート・シーガー・セッションズ』の影響もあっただろうが、それはともすれば前時代的に捉えかねられない内容とも言える。サウンド面ではダン・アニエッロをプロデューサーに迎えて、モダンなアプローチをしているが、今こうした作品を出すのはなぜなのか。
 もちろん、リーマン・ショック以降のアメリカが背景にあったのは間違いないが、最初に書いた誤解の通り、今のアメリカは非常に危ういイメージのなかで物事が進んでいく部分があるのではないか。言うまでもなく、スプリングスティーンは2000年代も様々な場面で先頭に立ってきた。そのなかで彼が、クラレンス・クレモンズ亡き後、発表したのは、過剰なぐらい誤解のしようがない骨太なフォークだった。こうした作品を出さなければならなかった、それ自体がスプリンススティーンの大きな決意になっている。(古川琢也)


ブルースの辻説法アルバム

 突如のリリースとなったブルース・スプリングスティーンの新作だが、この緊急リリースがまさにこの作品の性格をよく体現している。つまり、ブルース的には今出さないと意味がない作品で全体がリーマン・ショック以降セーフティ・ネットもなく壊されてきた人々の生活と家庭と社会、そしてリーマン・ショックを引き起こした不良債権の転売という犯罪的なビジネスを手がけてきた企業と当時者らが責任を追及されることなく公的資金注入などで逃げおおせたことへの怒りがふつふつと綴られている。したがって近作『マジック』や『ワーキング・オン・ア・ドリーム』とはまるで性格を異にする作品で、今まさに歌わなければならないプロテスト・ソング集となっている。そうした意味で『ザ・シーガー・セッションズ』を彷彿とさせる曲と歌が揃っているが、ピート・シーガーの作品があくまでも大恐慌期の現実から公民権運動までと30年代から60年代にかけてのフォークとプロテスト・ムーヴメントの土台となった歴史的な楽曲であるのに対して、ブルースは同じような音楽を今現在の問題として問い糾しているのだ。その一方でよりモダンなエッジをサウンドとして備えていかにもEストリート・バンド的な響きをかもすファースト・シングルや、超絶ブルース節のタイトル曲、どこまでもシンプルで作品中最も普遍的な“ユーヴ・ガット・イット”なども大きな聴きどころとなっている。ラストでは公民権運動への反発として起きた63年の教会爆破事件の黒人児童の犠牲者の霊を歌い込み、不穏に作品を締め括るところにブルースの覚悟が窺われる。(高見展)
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