Ken Yokoyama、約3年ぶりのアルバム『Sentimental Trash』にはロックンロールが溢れている。メロディックパンクが半分を占め、あと半分はロカビリー、ブギー、ソウル、ブルース、バラッド、レゲエなど、オールドスタイルなロックンロールの曲が占めている。最初に聴いた時は驚くかもしれない。だが、メロディックパンク世代の代表的アーティストが、その世代の音と違う、でも自分の中にあるルーツの音と向き合った結果でき上がったこの作品は、本当に、最高に楽しいアルバムだ。Ken Yokoyamaはなぜ、今こういうアルバムを作ったのか。このインタヴューではその答えとともに、もうひとつの衝撃的な出来事――地上波初出演となった『ミュージックステーション』のあのライヴで、Ken Yokoyamaは何を背負い、そしてシーンに対して今何を思っているのかを語ってくれた。
インタヴュー・撮影=山崎洋一郎
今までやらなかったこともやって、それでこれから可能性のある子たち、一度諦めてしまった人たちに、また火をつける役割をしたいなあと最近思うんですよね
──まずは『ミュージックステーション』の出演に関して話を訊きたいんだけど、今あれをどう思っていますか?
「出るまでにはものすごい自分の中でも気持ちの闘いがあったんですけれども、でももう、やるなら今しかねえなっていうのがありましたね。バンドの素晴らしさ、楽器の素晴らしさを俺たちがこの3分間で伝えるしかないだろうっていう、僕はその気持ちを持ってもう一発勝負してやろうと思って。勝手にですけど結構いろんなものを背負って出ましたね。で、出させてもらった結果、意外と反響が大きかったんですよ。こんなに褒められたことないぐらい(笑)。やれてすごく良かったけれどもみんながあまりにも褒めてくれるから、これ褒め殺しか?みたいな。しばらく居心地悪かったですね。でもそれぐらいインパクトのある出来事でした」
――賛否両論が起きると思ってたけど、褒めてくれる、賛の反応が多くて意外だったっていうことに関してはどうですか。
「否だってもちろんいるんですよ。否の意見もありましたし僕も目にしたけど。で、普段だったら、たとえば50賛があって50否があったらどうしても否のほうに目が行っちゃいますよね。でも今回、賛のほうが強いんですよ。『よくぞやってくれた』っていう人のほうが多くて、50の否が気にならないというか。で、その50の、半分の賛の熱があまりにも強かったので、『あれ? 俺ほんとだったらもっと悪口言われるはずだけど』っていうふうに思って、しばらく10日間ぐらいはほんとに居心地悪かったですね。『俺ってそんなヒーロー? 違うよぉ』みたいな(笑)。今はだいぶ飲み込めて、良くも悪くも……なんていうんだろうなあ、『僕やって良かったんだ。わ~い』とかっていうんじゃなくて、『僕こういうことをしてみんなにこうやって受け止められたんだ』って、ちゃんと咀嚼できるようにはなりましたけど」
――たとえば、横山健を支持してくれる奴らって、こういうことがあると「ふざけんじゃねえ!」って言うような奴がもっといるんじゃねえのっていう感じも、出る前はあったのかな。
「そうなんです、そうなんです。でもみんな、もしかしたらそういう『ふざけんじゃねえ』って言う人たちすらも辟易するぐらいの現状だったんじゃないですかね」
――今のこのロックの世界が?
「うん。なんだかんだ言っても、テレビの影響って依然大きくて、僕なんかインターネットが出てきたからさらに威力増してる気がするんですね。みんな見なくなったとは言ってるけれども、前よりももっと特別なメディアになった気がしてるんです。そこがたとえばアイドルだとかヴォーカルグループだとかダンスだとかアニメソングだとかに占領されてたら、ロック好きとしては『あれ? 俺たちって間違ってんの?』っていうような思考になっちゃいますよね、子供だったら。確立された大人だったら『まあ、あれはあれでね』っつってハスにも構えられるけど、でもそうもできない子供たちを僕は引き止めたいんですよ。そうじゃないぜって――もう僕の歳からしたらロックがすべてだったから『ロックだって』って言うことがちょっと悔しいぐらいなんですけど、いやロックだって全然あれだぜ、夢見れるし楽しいんだぜ、いいもんなんだぜって、そうやって引き止めたいですよね」
――だからあんまり否がなかったっていうのは、きっとみんなもその部分を共有してたっていうか。
「かもしれないです、うん」
――あと今回の『Mステ』の出演は、今のロックの状況、パンクの現場をなんとかしなきゃいけないし、したいし、そのためにはロックに対して、あるいはロックに興味がない人に対して、その両方に対してどう出ればいいのかっていうのを考えた出方だったのかなっていうのも思ったんだけど。
「僕ね、あれなんですよ、恩返しをそろそろすべきなんじゃないかと。自分を育ててくれたライヴハウスシーン、音楽業界、あと楽器業界とか、そういったものにもうそろそろ恩返しをできる立場になってきてるなあと。だったら今までやらなかったこともやって、それでこれから可能性のある子たち、一度諦めてしまった人たちにまた火をつける役割をしたいなあと、最近思うんですよね。だからあの、『ROCKIN’ON JAPAN』なんて好きな人が読むわけじゃないですか。じゃあこれがお兄ちゃん、お姉ちゃんの部屋にありました。弟、妹がこっそり読みました。『ああ~! こんなことがあるんだ』っていう、ロック聴いててもいいんだ、ロック聴いてる自分はあながち間違ってねえんだっていうような希望が、こうやって発言することでまだ出てくるというか。で、それが僕のモチベーションになんかつながってるんですよ。うん」
――今の健さんのモードって今の若手世代のパンクバンドの姿勢とか精神性とも違うし、かといって歳を取ってレイドバックしたっていうのとも違う、絶妙な突き抜け方をしてますよね。で、それが今回の『Sentimental Trash』にモロにつながってきてるんだと思うんだけど。アルバムとしてこれまでとはガラッと変わった、これまでのいわゆるメロコア、パンクロックっていうものとは大きく違っていて、いろんなオールドスタイルなロックンロールの曲が半分ぐらい占めている、そういう衝撃的な作品なんですけど。
「ほんと言うとそういうバンドを別で作ろうと思ったんですよ。ロックンロールバンドのカヴァーバンドでも作ろうかなと。でもKen Bandがそろそろ次のアルバムに向かいたいなっていう頃に、『なんでこれをKen Bandでできない?』っていう思考になっていったんですね。わざわざ1個バンド作って、自分がワクワクするアイディアを――それをKen Bandでやっちゃいけないことないよなあっていって取り入れ始めたんですね。で、最初スタジオにセミアコとか――もうすぐにフルアコも手に入れて、それこそグレッチですよ。グレッチとかスタジオに持ってくと、メンバーが馬鹿笑いするんですよ(笑)。『世界一似合わねえな』みたいな」
日本のライヴハウスシーンやパンクロックシーンをランドマーク的に引っ張ってってくれる若い奴が出てこないかなあって思ってます。そういう奴が出てくるとそれも僕のモチベーションにもなるし
――でも「今こういう感じの音楽やりたいな」と思った時に、さっき言ったように、じゃあ別バンドでちょっとやってみようとかさ、そっちのほうがむしろ自然だったりするじゃないですか。でもなんでこれをKen Bandでやれないんだっていうとこまで行った、そこがすごくポイントだと思うんですけど。
「別バンドでやるよりも自分のバンドでちゃんと勝負したいって思うぐらいこのロックンロール、箱もののギター熱が抑えられないほど高まっちゃったっていうのがまずひとつありますよね。あともうひとつは、それがまあ、Ken Bandにとっても大きなチャレンジになるんじゃないかと、今までずうっとこう、自分たちはメロディックパンクのバンドなんだろうなって、自分が仕掛けた罠にハマってったとこもあったんですよ」
――だってKen Bandはメロディックパンクのバンドじゃない?(笑)。
「(笑)そうです。そうなんです。でも、たとえばじゃあ『あなたたちメロディックパンクのバンドだよね』って言われて、『そうですよね、それ以外やっちゃいけないですよね』とはやっぱりなりたくなかった。うん。メロディックパンクのバンドではあるけれども、とっ散らからない程度にいろんな要素――今までだって入れてたつもりだけれども、今までよりももうちょっとわかりやすい形で入れたっていいじゃないかっていうふうに思ったんですね。その辺りが結構大きな要因というか」
――パンクシーンというのは今もどんどん新しい世代の人が参加しながら絶え間なく続いていってるんだけども、日本におけるパンクロック、ロックシーンっていうものに対して、今のKen Yokoyamaとしてどう考えているの?
「バンドの質は上がってきてると思うんですけども、だいぶ中堅どころが続けるのが難しい状況になってきてるんですよね。それが、事実だけど悲しいなあっていうところがあって。で、その下の世代、たとえばWANIMAであったりとか、そういう新感覚の連中が出てきてるのは非常に頼もしくて。自分にない言葉の感覚、楽曲のアプローチを持ってる連中が出てきてくれてるのはすごく嬉しいです。で、彼らが変に迷うことなく、迷ったらアドバイスできるような立ち位置にいたいなあと僕は思ってますね。あとまあ、一口にパンクシーンとは言っても――たとえばPIZZA OF DEATHみたいなレーベルがあって、メロディックパンクの連中がいますよね。それとは別でジャパコアの人たちがいる。それとは別でラフィン(・ノーズ)とかSAみたいな、ああいった流れの人たちもいる。もっとその人たちがごっちゃになれる場所を作りたいなあっていうふうには思ってます。やっぱりなんだかんだ離れてるんですよ。だからPIZZA OF DEATHでSLANGをリリースし続けたいし、西のニューヨークハードコアスタイルのSANDとかもPIZZA OF DEATHからリリースし続けたいし、同時にWANIMAみたいな新感覚な連中もリリースしたいし、もっとごちゃごちゃにしたいですね」
――そんななかでKen Yokoyamaっていうパンクロックアーティストはどういうポジション、あるいはどういう役割を担っていこうと思う?
「う~ん、意外とKen Yokoyamaとしては考えてなかったなあ(笑)。今のはPIZZA OF DEATHとしてのヴィジョンであって、Ken Yokoyamaはサクッとそこに呼んでもらえればいいんじゃないですかねえ(笑)。『Mステ』に出たのも、日本のライヴハウスシーン、パンクロックシーン背負って立つんだっていうのを可視化させるつもりでやったんで。だから、できる限り自分が引っ張っていけるんだったら引っ張っていきたいなあとは思います。うん。ただなんかそこがねえ、あんまり僕である必要はないと思うんですよね」
――俺はそれが本音かなっていう気がちょっとするんですけど。
「うんうんうん」
――そのことを誰よりも考えてると思うし、誰よりもそのことを理解してると思うし、現場のこと、それからもっと広い音楽業界、音楽の世界全体のなかでパンクシーンのことなんかに客観性もあるし、考えてるんだけど、その考えた答えを自分が先陣切って実践するっていう主人公とは違うのかなっていう気がするんですよ。前はそこで考えたことがイコール音楽性とか歌詞の内容にダイレクトに出ていたけど、今回のアルバムはそういうことを考えてるし、わかってるなかで、それを体現した作品を作りますっていうんじゃなくて、そのなかで「俺はこういう作品を作ります」ってちょっとこう――。
「1歩引くというか、うんうん。そうなんですよねえ。だからきっと僕よりも熱量が高かったり、まあもちろん才能もあったり、そういう奴が出てくるんじゃないかっていう期待をしてるんですよね、若い奴で。もうほんとにランドマーク的に引っ張ってってくれる奴が出てこないかなあって思ってます。そういう奴が出てくるとそれも僕のモチベーションにもなるし」
――答えづらいかもしれないけど、あえてなぜそれは自分じゃないんですか。
「もう歳だからじゃないですかね、いいも悪いもなく単純に。そういうのはもう若者の役割で。いつまでも40半ばの人が『俺がリーダーだ』ってやってる、まあ、シーンというとよくわかんないですけど、そういうのって不健康じゃないですか?(笑)。やっぱいつだって若い奴がゴンゴン出てきて、もう先輩はケツかかれてっていうのが一番かっこいいというか。そう、だから早く引きずり下ろしてほしいですよ(笑)、ほんとに」
――その微妙な感じがすごく、悪い意味での微妙じゃなくて、文字通り微妙な感じっていうのは作品にも出てるし、さっきの『Mステ』の出方にもやっぱり出ているなあと思うんですね。4番バッターとしてバッターボックスで絶対ホームラン打ってやるっていう、そういうのとは違う、でも絶対勝利に導く、誰よりもこのゲームをわかっているキャッチャーとしてのKen Yokoyamaっていうのがすごく見え始めたなっていう感じがしますけど、深読みでしょうかね。
「いや、その通りだと思います(笑)」