
ニューアルバム『黒うさぎ』
全曲レヴューで世界を読み解く
9月9日、lukiの2ndフルアルバムがリリースされた。前作『東京物語』で取り入れたEDMサウンドと、それ以前から彼女の中にあったロックのグルーヴが高い次元で融合した1枚は、『黒うさぎ』と名付けられた。これまでも作品ごとに新たな表現のスタイルを呑み込み、広がり続けてきたlukiの作品世界だが、この『黒うさぎ』は現時点におけるその集大成、究極体ともいえるアルバムである。シンガーソングライターとして、世界を時に冷徹に、同時に巨大な愛をもって見定めるlukiの視線は、人間の業や世の中の闇、愛と憎しみのさまざまなかたちを色鮮やかに浮き彫りにする。果たして、lukiがこのアルバムを通して見つめる世界とはどんなものか。このアルバム全曲レヴューを通して読み解いてほしい。
テキスト=小川智宏
2nd Full Album 『黒うさぎ』

- 2015年09月09日 Release
- RDV-0024 ¥2,000(tax in)
01.ハイエナ
アルバムのオープニングを飾るのは、どこか民族的なリズムが鼓動のように感情を昂らせていく“ハイエナ”だ。サウンドも、メロディも、言葉もシンプルに研ぎ澄まされたこの曲は、『黒うさぎ』というアルバムの何たるかを象徴している。ロックのグルーヴとダンスミュージックの高揚感の融合、筋肉質なアンサンブル、lukiというアーティストの新たな肉体と野性そのもの。ハイエナというモチーフも含め、アルバムの幕開けを猛々しく飾っていくのである。《世界も人もあたしも/もしかして ハイエナ》という冷徹な世界観は、このアルバムにおけるlukiの見る世界そのものである。「ハイエナ」がうようよするこの世界を舞台に、『黒うさぎ』は展開していくのだ。
02.黒うさぎ
《全部食べてあげるって 黒いうさぎ笑う/君の汚いところが 大好物だって》と歌われる「黒うさぎ」とは何か。それは言うまでもなく、人間の抱える闇のメタファーである。誰しもの内側にいるモノの正体を晒し、世界の裏側をあっさりと見せてしまう、詩人lukiの本質がストレートに出た楽曲である。アコースティックギターのループと控えめなブレイクビーツが、冷え切った身体の内側でふつふつと沸騰している感情をかえってヴィヴィッドに描き出していく。これまでの作品でもそうだったが、今作のlukiは今まで以上にいっそう、暗さや痛みや残酷さを暴き出すことに躊躇がない。コンセプチュアルに作り込まれたMVも必見。
03.温室の薔薇
心の奥深くに沈み込んでいくような、ディープで退廃的なサウンド。映像的に淡々と綴られる歌詞。自分自身を「温室の薔薇」にたとえる「あたし」の思いが、切なさと哀しみを帯びて赤裸々に歌われていく。《毒を孕むあたしの全て あなたに見せたかった》というクライマックスの一節は、前曲“黒うさぎ”ともリンクするlukiという表現者の本質を示している。人間の本性、つまり彼女が「黒」や「毒」という言葉で言い表そうとする何かを、これほどまでにドラマティックに、かつエロティックに描けるソングライターはそれほど多くないのではないか。彼女の詞作の出発点は言葉ではなく思い浮かんだ景色やシーンだそうだが、この曲こそまさにその典型かもしれない。
04.都会の漂流者
“ハイエナ”から“温室の薔薇”までのダークな展開から一転、アコースティックギターをフィーチャーした最新型EDMサウンドを搭載したアッパーチューン。荒ぶるビートに背中を押されるように《泳げ 都会の漂流者たちよ/高い波にも 決して溺れるな》とメッセージを発するluki。聴く者の手を取り共に走るような、彼女の新境地である。“ハイエナ”のレヴューでも書いたように、前作『東京物語』で導入したEDMのサウンドに、彼女が元来追求してきたロックの熱量を合わせたサウンドが本作の基調だが、この“都会の漂流者”はその最たる例。生々しい歌とギターサウンドが文字通りEDMに新たな生命を吹き込んでいる。
05.麻酔
抑制の効いたサウンドが爆発する感情を押し殺すように淡々と紡がれていく。どこか夢見心地のようなlukiの歌声は、幻想と現実の狭間で揺らぎながら、思念の海の底へとリスナーを誘っていく。“麻酔”というタイトルが何を意味するのか、歌詞に登場するさまざまなモチーフが何のメタファーなのか、何度聴いてもはっきりとは見えてこない。このアルバムでもとりわけミステリアスな楽曲だが、ここには壮絶な哀しみや切なさを甘く優しい何かに転化する、lukiの不思議な視点がある。この“麻酔”と続く“爪痕”、そして “世界が水玉になる日”の3曲はまったく違う曲調ながら、じつは同じもの――つまり人間にとっての「死」を見つめ歌った曲だと思う。
06.爪痕
アルバム全11曲のちょうど真ん中に位置するこの“爪痕”は、力強いビートとそれに呼応するようにたくましく響くlukiのヴォーカルがぐいぐいと曲を引っ張っていく、じつに勇壮な楽曲だ。《生まれ落ちた日から始まった/死へのカウントダウン》という歌詞は厭世観の表れでも諦念の提示でもなく、生への意思そのものだと思う。相手を傷つけ、自分も傷つくことで自分の存在を刻んでいく、そんな愛の形を歌いながら、その爪痕すらも《すぐに消えて行く》とこの世界の儚さを思う――lukiにとって世界とは常に傷だらけであり、愛もまた傷だらけである。それはこれまでの作品においても一貫してそうだったが、このアルバムはより直接的に、そんな世界と向き合っている。
07.世界が水玉になる日
たゆたうようなサウンドの中で描かれる、「カプセル」や「光合成」などといったイメージ。「水玉」というファンシーなモチーフ、《実った葡萄に きつねは手が届かない》というイソップ寓話の引用など、どこか不思議なかわいらしさのある楽曲だが、lukiの歌はどこまでもおおらかに広がり、そして丁寧に言葉を紡いでいく。タイトルの“世界が水玉になる日”とはどういうことなのか、直接的な言及はどこにもないが、《重力を捨てて 軽くなろう》《酷いことした世界 上から眺めよう》といったフレーズからは、やはり「死」の匂いが漂ってくる。ときにディープに、ときにポップに、生と死それぞれに向き合いながら『黒うさぎ』は進んでいく。
08.イコール
ある意味で、このアルバムのクライマックスはこの楽曲ではないか。個人的には、本作『黒うさぎ』は、この“イコール”の《もう大丈夫 そう君なら/夢 信じた そのままで》という言葉のために作られたのではないかとすら感じる。前作『東京物語』の流れを汲む、ドラマチックなEDMチューンだが、そこに込められたメッセージはこれまでのどの曲にもなかった、タフで確信的なものだ。『東京物語』の最後に収められていた“100年後のあなたへ”では現実を直視しながら遠い未来に希望を託していたlukiだが、“イコール”ではその希望を一気に自分の側に引き寄せる。《不安と希望がイコールになる日がきっと来る》――あらゆる二面性を見つめるlukiだからこそ歌える言葉だ。
09.解けないパズル
緊迫感のあるリフとタイトなビートが気持ちを急き立て、サビで炸裂するギターサウンドが一気に感情を爆発させるダンサブルロックナンバー。ハードなギターソロも聴くことができる。メロディの歌謡性、演奏のアグレッシヴさ、歌の存在感、歌詞の明快さ、そのすべてにおいて、現時点でlukiが鳴らすロックの理想型といってもいいかもしれない。どこか90年代のJ-POPにも通じるサビの展開は何度聴いてもしびれる。そんなダイナミックな音に乗せて、届きそうで届かない愛、ギリギリの状態で走り続ける思い、そのヒリヒリとした情熱と焦燥感を赤裸々に歌うlukiのエモーショナルなヴォーカルには、前作にはなかったリアリティが宿っている。
10.熱気球
《生臭い潮風》《サンダルは砂まみれ》《繋いだ手の平 熱く湿る》など、小説的な情景描写が重なり、どこかエキゾチックな景色が浮かび上がってくる。歌とギターによるシンプルなアレンジに、どっしりとしたドラムが入ってきて、サビとともに一気にスケールが広がっていく。空に昇っていく「熱気球」にあらゆる思いを込め、《全部燃やし尽くして 波に落ちるその日まで》と歌うこの曲において、「熱気球」とはそのまま「人間」、もっといえば「女」のメタファーなのではないかと思う。《愛も夢も衝動も》燃え尽きるまで天を目指して上昇し続ける、そしてすべてを燃やして堕ちていく、そんな愛のありようをまっすぐに描いたラブソングである。
11.銀の星
この曲は《食べてはまた戻す》という歌詞からも明らかなとおり、摂食障害、いわゆる過食症の女性の姿である。床に散乱したチョコレートの包み紙を「銀の星」にたとえ、軽やかなボサノヴァ調のサウンドに乗せてポップに歌う、これこそlukiならではのスタイルだろう。生も死も、善も悪も、光も闇も、すべてを受け入れて世界を肯定するアルバム――『黒うさぎ』はそんなアルバムだと考えているが、この軽妙な楽曲は、アルバムを貫くそんな態度を実は何よりも如実に物語っている。食べても食べても満たされない欲望と撒き散らされるゴミという残酷な風景すら世界の一部であり、人間の本質である。“銀の星”が伝えてくるのは、そんな真実だ。

ミュージック・ビデオ
黒うさぎ
ハイエナ
ライヴ情報
スリーマンイベント@TSUTAYA O-nest
- 出演: 小南泰葉/Lyu:Lyu/luki
- 日程: 2015年9月30日(水)
- 会場: TSUTAYA O-nest
- 時間: 開場 18:30/開演19:00
「黒うさぎ」レコ発ワンマンライブ@TSUTAYA O-nest
- 日程: 2015年10月29日(木)
- 会場: TSUTAYA O-nest
- 時間: 開場 19:00/開演19:30
提供:ランデブーレコーズ
企画・制作:RO69編集部