焚吐 次世代作家陣との交わりが生んだ最新作『トーキョーカオス e.p.』を語る(2)
救いようがないぐらいコミュニケーションが取れなくて。自分の存在がひとり分にも満たない、0.3人ぐらいなのかなって
――それで、自作曲ではなくNeruさんの曲がリードトラックになるという冒険も。自作の“四捨五入”は前からライブで歌っている曲ですが、人間関係がテーマなのかなと。
「大学に入ったばかりの頃、新歓コンパに参加したんですよ。そこで、自分が高校3年間、全く人と会話してなかったというのもあるんですけど……」
――ええっそうなんですか?
「3年間、同級生の友達もいないですし、家族もほとんど会話がなかったし、ネット上でチャットするぐらいしかなかったので。コミュニケーション難民というか、救いようがないぐらいコミュニケーションが取れなくて。自分がうなずいていいのか、この場にいてもいいのか、みたいな。だからその新歓コンパで勝手がわからなすぎて、大学生ってどんなテンション感で話をするのかとか、流行ってるものが何かとか、全く事前資料がなかったもので、かなり浮いたというか馴染めずにいて。帰り道で、自分の存在がひとり分にも満たない、0.3人ぐらいなのかなって。0.3って四捨五入すれば0じゃないですか。ムードメイカーの人はひとり3役ぐらいで場を盛り上げたりとか、本当にみんなに必要とされてるなと思うんですけど、その頃の自分は本当に0.3人ぐらいじゃないかと思って、この曲を書きました」
――高校3年間は、引きこもっていたわけじゃないんでしょう?
「一応学校には行ってました。学校は友達を作る場じゃないところと考えて、過ごしてましたね」
――クラスで変わり者という感じでしょうか。
「そうですね、かなり浮いてましたね。学園祭で初めて音楽を披露したんです。人と話せないならステージに立つしかないと思って、それで『しゃべらないけど歌う時は声おっきいぞ』みたいな。いい意味でも悪い意味でも一目置かれていて。でも全く人と交流はないまま、大学に進学しました」
――それは自分で他人をシャットアウトしていたんですか?
「最初の自己紹介の時点から馴染めずにいて」
――そういう思いを歌にしてきたというのが、音楽との関わり合いになるわけですか。
「そうですね、負の感情を吐き出すというか」
――シンガーソングライターとして自分の思いを楽曲にして発表するのが焚吐さんのアーティストとしてのスタンスとすれば、今回Neruさんの楽曲を歌うのは別のスタンスを獲得することになると思うんですけど、あえて今そうした理由があるんでしょうか。
「デビュー前からNeruさんのファンだったし、結局自分が納得する曲なら自分が歌っていいという信念があって。例えば100%ハッピーなラブソングを提供されたら歌えないんですけど、Neruさんの楽曲は自分に通じる部分がとても多いので、歌っていてしっくりきますし、これからも機会があれば楽曲提供していただきたいと思いますね」
――Neruさんは、あるインタビューで自分の言いたいことをボーカロイドやほかの人に歌わせる痛快さがあると言っています。そこに焚吐さんは呼応しているんでしょうか。彼の代弁者として自分を置いているというか。
「Neruさんは、やはりあるインタビューで楽曲提供する時に、ほかの歌手が使わないような汚い言葉とかを歌わせるのが楽しいみたいなことをおっしゃっていて、すごく変わった方だなと思ったんです。僕自身、自分の殻を破りたいという気持ちがありますし、そこが合致してるんじゃないかなと思います」
――歌詞だけではなくて、本来ボーカロイドが歌う曲を、リアルな人間である焚吐さんが歌う面白さというものもあるのかと思います。
「そうですね、ボカロを聴いて育ったので、こういう早口とかアップテンポを歌うのは抵抗ないんですけど、ほかの方がやってない挑戦だと思いますね。人には人の良さがあると思うので、そこは意識して歌いました。ボカロにもボカロの良さは絶対あって。Neruさんが言っているように、自分では絶対歌えないような汚ない言葉とか、嫌なこと言ってもボカロって許されると思うんですよ、例えば失恋ソング、ふられたっていう歌は誰でも歌うと思うんですけど、ふった側の曲とか、彼は普通に出してるんで。それはボーカロイドにしかできないことだと思うんです。人間はいい意味でも感情を入れて、その時だけしか出せない声の質感が絶対あると思うし、投げやり感とかパンチとか、人間にしか出せないと思いますね」
過去の自分と、今のファンの方たち、支持をしてくださる方たちを引っ張っていけるような楽曲を書けたらと思います
――もうひとつの自作曲“クライマックス”は新曲ですね。
「はい。このEPに書き下ろした曲です」
――テーマは何でしょう。
「ビジュアルイメージとしてはゲームという着想を得て、そこからどんどん広がっていった感じですね」
――PVにもゲームが出てきますね。ゲームはお好きですか?
「中高生時代はずっとゲームをやっていて。歌詞にもあるんですけど、レーティングマッチをやってたりとか。あれって自分がもともと1500というレート値を持っているとすると、相手に負けると1400のレートになって。でもそこから格上に勝つと1600になるとか、相対的なデータが現れるんですけど、それと中高生当時に自分が抱えてた悩みみたいなものがピタッと合ってて。自分の価値って絶対的じゃないし、相対的に周りと比べて自分は落ちぶれたり、とかそういうことを考えていたので、過去の面も強く出た楽曲じゃないかなあと思います」
――歌詞の中に《「どうやって歌うんだっけ?」》と出てくるので、今のリアルな自分のことかと思ったんですけど。
「そうですね、過去のことを受けて、この夏たくさんの方と触れ合って。割と内向的なお客さんが多くて、自分の過去と少し重なったんですよ。それもあって、過去の自分と、今のファンの方達、支持をしてくださる方たちを引っ張っていけるような楽曲を書けたらなあと思って、作りました」
――“人生は名状し難い”は、限定シングルとバージョン違いですね。
「はい。限定盤のほうは、去年の3月ぐらい、1stシングル『オールカテゴライズ』より前に録ってるんですが、このバージョンは、7月~8月の60公演の、全部の回で歌ったので、その集大成になるような仕上がりにならないといけないということで、全公演終わった後に頼んでレコーディングの日程を入れていただいて。その時に感じたことを、そのままぶつけましたね。歌い方も感情が入っていて、かなりいいものになったと思います」
――コミュニケーション難民だった学生時代から見ると、今は相当明るい日々を過ごしているのではないかと思いますが、未来は明るいですか。
「何かしら不安はずっと抱えてますし。自分が報われる未来予想図みたいなのが、未だに完全に描けないというか。これからの努力次第だと思うし、自分の気の持ちようだと思うんですけど。それもどんどん曲にしていきたいと思います。スタッフの方も仰ってるんですけど、焚吐が完全にハッピーになったらどうなのかって」
――今はまだ100%ハッピーではない?
「まだ10%ぐらいですね。完全にハッピーになったら今までみたいな曲も作れないし、完全にハッピーになったら、それはそれでポップな曲も作れないんじゃないかと。曲を作るという原動力も、ずっと負の感情が原動力になっていたので、それを失ってしまったら、焚吐とは全く別の何かになってしまう気がして。欲深いんですかね。ひとつ手に入れてもまたひとつなくすみたいな感情があって。音楽活動をしていることで失っているものがないかとか、その先のその先のことをずっと考えてしまう癖があるので、完全にハッピーになることはないかもしれないですけど、それでも前に進んでいかなきゃいけないと思いますね」