ミニアルバム『Unbreakable』に込められたラックライフがバンドを続ける理由とは?

ミニアルバム『Unbreakable』に込められたラックライフがバンドを続ける理由とは?  - 撮影=MASANORI FUJIKAWA撮影=MASANORI FUJIKAWA

「(バンドを続ける)体力と情熱、君にあります?」みたいなことすごい考えてて……あるし!って


――バラードの“朝が来る前に”は《君のほんとうを聞かせてくれ》と言いつつ、自分にも何か大きなものが戻ってきて、お互い鼓舞されるような関係が歌われています。

「これ自分自身のことなんですけど、2019年の8月に事務所を移籍して。そのタイミングで、1回バンドを続けるか続けないかっていうのがよぎって。僕うじうじ悩むタイプなんで、すごい考えてて、『ほんまはどうしたいんやろな』『惰性で続けてるんちゃうか? いい歳して、この先ほんまにいけると思てる?』って。30歳って結構でかいなって。こっからもうひと踏ん張りどころかもう八踏ん張りくらいしなきゃいけないと思うのに、『その体力と情熱、君にあります?』みたいなことすごい考えてて……あるし!ってなった曲です(笑)。でもその後も、また行ったり来たりして。でも結局、自分の曲だからとか関係なく、僕は歌うこと自体が好きなんです。ラックライフ結成して曲書くメンバーおらんかったから最初書き始めて。それでずっと心削ってしんどい思いしながら曲作ってるのなんでやろって。僕、音楽聴いて初めて涙出たのが、高校生か19歳の時、高槻RASPBERRYであるシンガーソングライターの人のライブ観てて。すごいパワー感じて、ぶわーって涙出てきて。『これが歌のパワーなの?』って思って。最初賑やかなバンド観て、ああいう人気者になりたいって思って、高校2年生の時に今の4人でふざけたバンドやり始めて、次そのシンガーソングライターの人のライブ観て、『俺もああやって歌でドキドキさせたい』って思ったのが、今の根っこにあるんです。で、僕そのシンガーソングライターの人に懐いて、お兄ちゃんみたいな存在なんですけど、バンド続けるか続けないかで悩んでた時、『PONはPONだから、そのまんま思ってたこと歌ってたら大丈夫や』って言われて。それが支えになってて。その初期衝動とそれをくれた人の『大丈夫』って言葉を、30にもなってバンドやるかやらないかって人生せめぎ合いの時に思い出して、『できる気すんなあ』って調子乗っちゃって、またバンドをやってます(笑)」

―― ということは、“朝が来る前に”の歌詞に出てくる「僕」と「君」との会話は自問自答ですか?

「そうですね。“けんけんぱ”と一緒で、またアコギ持って近所の川行って、でも弾かずに、アコギ抱きながらずっとどうしようか考えてて。自分がもうひとりいる感じで。それが結構続いて。それでできた曲なんですけど、病んでますよね(笑)。月明かりの下の真っ暗な川辺で(笑)。でも僕、そういう落ち込んだ時に曲が書けるんですよね。なんもない時、落ち込むこと探してるくらいで。幸せになりたいんですけどね(笑)」

ライブでは、一生懸命用意してた言葉をぶっと飛ばしたい。全部どうでもよくなる瞬間をたくさん作りたい


「最初はめちゃふざけてバンドやってたのに、いろんなツアーしていくうちに友達もできて。ただ目立ちたいだけでバンド始めたけど、『めっちゃおもしろいやん!』って感じになってて。同級生のバンドは大学受験で軒並み解散していったんですけど、僕らあまり賢くなかったんで進学しなくて、辞める理由もないんでなんとなく続いてきた。でもそれはやっぱおもしろいからで。僕らメンバーみんな音楽あんま好きじゃないと思うですよ。ミュージシャン肌とかアーティスト気質とかじゃなくて、ほんまにただのお調子者軍団で、人が好きで続いてきたバンドだと思うんです。人に会うためにツアーやってたし。RASPBERRYの先輩バンドに、『ツアーはひたすら回るもんや』みたいな洗脳を受けて。19、20歳ぐらいの時、しっかりしたCD作ってツアーやろうってなった時、初めてのツアーで3ヶ月40本ぐらい回ったんです。お客さん全然いないのに。でもそれで各地のライブハウスのスタッフの方に『おもしろいやつ来た』って感じで気に入ってもらって、『はい! また来ます』って。その後もすぐ、お金ないのに1年で九州に5回くらい行って。家から炊飯器とお米持ってきて。全員実家住まいだったからどうにかなって。『また来いよ』って言われると、『行かなあかん』ってなる。もうそういう感じで続いてきたんですよ。だからラックライフ始めて5年間くらい、年間120本ペースでライブやってて、おかしくなりそうなくらいで(笑)。でも『曲作りも頑張らなあかん。1年に1枚はアルバム作ろう』って決めて。結局音楽は僕らにとって、誰かと会う手段、繋がっている方法というか。それがたまたま歌とギターとドラムとベースってパートと合致して、たまたま続いてて、今となってはあとに引けなくなったって感じですかね(笑)。辞めたいと思ったことは2万回くらいあったけど、辞めたら会えなくなる人が多すぎて。昔から知ってるお客さんとも友達みたいになってるし。今でもライブハウスで、名前知らないけど、『あの人よう見るな、よう泣いてるな』って思い出す人がたくさんいて。それで踏ん張れてきた。これから先も、規模とかは関係なく、結局その人たちに支えられているというか」

――『Unbreakable』のリリースツアーが20年1月から始まって、そのツアーファイナルはLINE CUBE SHIBUYAという初のホールワンマン。しかも今までで一番キャパが大きく、バンド結成日という。

「そうなんです。またそのツアーで人に会いにいって。ライブの演出とかすごい練って考えるけど、結局それがどうでもよくなる瞬間がある。ライブって、瞬発力というか閃きやから。考えてた MC と真逆のこと喋ったりするし。その瞬間にならないとわからんのが正直なところ。ちゃんと顔を思い浮かべて、一生懸命準備するけど、用意してた言葉をぶっと飛ばしたいなって思います。全部どうでもよくなる瞬間をたくさん作りたいって思います。『PONよう笑ってたなあ。こっちまでおもろくなったわ』って瞬間をたくさん作りたいですね」

次のページMV・リリース・ライブ情報
公式SNSアカウントをフォローする

人気記事

最新ブログ

フォローする