6曲を聴き終えたあとの満足感と充実感がすごい。ある意味、10曲以上収録されているアルバムより満足感がある。それは1曲1曲が素晴らしいからという単純な話ではないすごさが、この6曲入りEPにはあるからだ。その理由がアルバムタイトル『ごはん味噌汁海苔お漬物卵焼き feat. 梅干し』に表現されている。これは桑田佳祐が理想とする日本人の食事のメニューである。このメニューのすごさは、何が好きで何が嫌いといったレベルを超えた究極感というか定番感があるところだ。もはや日本人のDNAがそのまま食事という形になっているといっていいかもしれない。このメニューの食事を食べたあとの満足感、充実感は、いわゆるオイシイご飯を食べたというレベルとは違うものだ。まさに食べるべきものをしっかり食べた安心感、生き物として正しい生命活動を行った充実感といったものである。この日本食6点メニューは、食事としての洗練度において、そのレベルに到達している。
今回のEPに収められた6曲は、その究極の日本食6点セットに相当するものだ。どれもエモーショナルで美しいメロディを持ち、わかり易く、でも深い歌詞で書かれたポップソングばかりだ。これまでのソロアルバムにあった、けれん味や、趣味性といったものは表に出て来ていない。
なんで桑田佳祐は、こんな究極の日本食のようなEPを作ることができたのか。
その核心に迫るインタビューだ。
インタビュー=渋谷陽一 撮影=YAMA 山添雄彦
(本稿は、『ROCKIN'ON JAPAN』2021年10月号からの抜粋で構成しています)
和食とか和ものにやっぱり帰ろうとしている。もちろん年齢があったりして。そこに夢もあるけど、自分に対しての諦めもあったりとかね
――新しいソロ作品、『ごはん味噌汁海苔お漬物卵焼き feat. 梅干し』。これが、すごいんですけど。「いえいえ」
――前回、『がらくた』でインタビューした時も、『がらくた』っていうタイトルがすべてだって言って。今回も、このタイトルがすべてなんですよ。いつぐらいにつけたタイトルなんですか?
「もう、最近」
――じゃあ、どんな感じでつけたのか。
「どんな感じも何もなくって。思いつきだからね。企画会議をやったわけではなくって、ただ、机の前に座ってね、思いついたことをすぐスタッフにLINEしちゃうんだよね。スマホで書いてみて、文字面がいいと、すぐ送っちゃうの。で、決まっちゃうの。まあ、そういうスタッフとのやりとりじゃないけど、絆というかね、スピード感みたいなものを確認するのも文字だし。もちろん言葉もあるんですけど、どうしても、文字に寄せられるっていうか、寄りかかっているようなところがあって、書いてみないと、とか、スマホで打ってみないとね、自分の考えていることが整然と判別しないところはありますから。これもそうですが、打っているうちにおもしろいフォントだなとか、文字面だなっていうか。あとは、あれもやったな、これもやったなっていうかね。そういう歳になったんだと思いますけど。力入っていないのが、やっぱりいちばん自分らしいのかな、っていう」
――なるほど。今回も、ものすごいコンセプチュアルだし、桑田佳祐がなぜこのアルバムを作ったのか、そして、今の音楽シーンをどう思っているのか、そして自分の音楽をどう思っているのか、すべてが込められた、すごいタイトルだと私は思いました。
「すごいかどうかはあれですけど、たしかに、おっしゃる通りかもしれない。まず、和食っていうか、和ものっていうか、そこにやっぱり帰ろうとしているし。もちろんね、年齢があったりして。そこに夢もあるけど、諦めもあったり、自分に対してとかね。あとは、いろいろ、音楽界みたいなものを見渡した時に、違うよなっていうのもありまして。やっぱり自分に言わせりゃ、立ち返るべきはこれじゃないかなっていうようなね。そういう気分があることは事実」
――素晴らしいアルバムで。感動しましたよ。
「6曲しか入っていないですから。EP盤」
――だって、朝ごはんに12品も15品も並ばないじゃないですか。6品並ぶじゃないですか。それだと僕は思いましたね。
「ああ、そっか。ほら、一汁三菜っていう言葉があるじゃないですか。だから、一汁三菜っていうのもちょっと考えたんですけど、一汁三菜って4品かって思ったけど、6品にしちゃったんです」
――いや、ほんとそうだと思う。それが、ごはんと味噌汁と海苔と漬物と卵焼きと、フィーチャリング梅干しっていうところがいいよね(笑)。ここがやっぱり桑田佳祐。
「らしいよね(笑)」
――すごいセンスと、言語能力の高さを感じるけどね。でも、もともと曲数の多い人じゃないですか。今回、6曲で出しちゃっていいのかな、みたいな躊躇は、ありませんでした?
「いや、そもそもEPって僕、知らなくてですね。昔のシングル盤で4曲入っているのをEPって言うんだと思っていたから。今の時代(こういう形式が)あるんだって知ったんですよ。で、タイアップ曲がいくつかできたので、まとめて出せないかなって話をしたんです。最後に1曲“鬼灯”と書いて“ほおずき”と読む曲ができたんですけど。まあ、半分ぐらいだけど、アルバムの。これでまとめて出せたらいいなっていうことでね、出させていただきました」
最初は「1曲目」を作ろうとは思っていなかったんだけど。でもやっぱり、この曲ができたから、今回のEPははじまったんじゃないかな
――まず1曲目、“Soulコブラツイスト~魂の悶絶”からはじまるんだけど。この最初の一音が鳴った時に、全然違うソロアルバム作っちゃったんだって思った。「まあ、アルバムじゃないけども」
――アルバムだと俺は思った。まあEPでもいいけども、いや、いい意味でも悪い意味でも、桑田佳祐のソロって、サザンと差別化されていたり、あるいはサザンと差別化しようとして、それはいい意味でディープであったり、パーソナルであったり、マニアックであったりしていたじゃないですか。でも、この1曲目、ポップ、王道、正面突破みたいな。
「(笑)やっぱりパソコン、コンピューターで打ち込みでやるのがいいのか、生でやるのがいいのか、未だに悩んでて。で、これは、生で音を録ったんですよね。そのこだわりが成功したんだろうなあと思うんですけど。だから、レコーディングでもライブでもそうなんですけど、デジタルとの共存っていうのを、やっぱり自分は……まあ、機械のことはあまりよく知らないんだけど、しっくりこなかった部分もずっとあってね。その感じとの戦いだったんですけど。やっぱり、サザンじゃないけど、デビューの時は、いちばんある意味ピークだったって感じているんですよ。それは人間同士の生音の良さだろうと思うんだけど。まあ、これを1曲目に持ってくるつもりは、最初はなかったんですけどね」
――ああ、そうなの?
「ええ。『1曲目』を作ろうとは思っていなかった。でも、やっぱり、この曲ができたから、今回のEPは、はじまったんじゃないかなと思います。音楽っていうのは不思議なもんで、時々ね、“いとしのエリー”とか“真夏の果実”とか、人生の中で何をやってもハマるっていう感触でレコーディングできる曲があってね。そういう意味でこれは、なんかこう、持ってる曲っていう。何をやってもハマる曲の1曲になったかもしれないですよね。外れないようには気をつけるんですよ、自分で。この曲は持ってるかもしれないと思って、土台もしっかり作って、いい素材で上物を作って、最後きれいな壁紙を貼ってやろうっていうね。そのくらいの慈しみ方をした曲かもしれない。そういう意味で、今回のEPには、そういう6曲が並べられたかなっていう」
――そして2曲目の“さすらいのRIDER”で、一瞬、ああやっぱり昔のまんまのソロだなあって思うんです。でも、Cメロから変わって、サビ、こう来るんだ!って。今までのソロだったら、こんなにポップに広がんないじゃんっていう。
「それは、ここに来て学習したんだと思うんですよね」
――というか、解放されたんだと思うんですよね。昔なら、んー、こういくといつもの桑田って言われるかもな、みたいに考えていたんじゃない?
「そう、2017年にソロで、ロック・イン・ジャパンに出してもらった時の選曲とか今見るんですよ。絶対に自信を持って選曲したんだけど、こんな曲やってたの?っていうのがあって。そこに、たぶん齟齬があるんですよ」
――お客さんとの?
「お客さんとの。だけど当時は、意地とか齟齬を良しとしていたんでしょうね。今の俺だったらこれ、選ばないなっていう。その時のお客さんの反応とか、もしかしたら渋谷さんの顔色もあったのかもしれないけど」
――(笑)。
「いろんな人のリアクションを覚えているんですよね。それを揉んで揉んで、転がして転がして、行き着いたのが今だと思いたいんですけど。だけど、これも生でみんなで演奏したっていうのが大きいんですよね。もちろん歌詞はなかったけど、セッション感みたいなのって……セッション、しなくなったんですよ。だから、ちょっとしなきゃって思って。生でやるとね、ダイナミクスみたいなものが、そう来る?と思うんですよね。じゃあ僕もこうしよう、歌詞はこうしようとか。そのダイナミクスや、倍音とかを求めたんじゃないかな。それの成功例かもしれない」