泣いている人がいるぞっていう。そうじゃないと今、世の中とバランス取れないですよ。ミュージカルみたいな曲が作りたいですよ、僕だって
――次は一種のハイライトなんだけど、“SMILE~晴れ渡る空のように~”っていう、オリンピックの「民放共同企画“一緒にやろう”応援ソング」で。これがねえ、すごくリアルなオリンピックで流れる曲っていう気がしたんですね。「まあ、これを作ったのは、一昨年ですけどね」
――一昨年でも、コロナがあろうとなかろうと、もはやオリンピックは、そんな額面通りの、美しい世界の反映じゃないわけじゃないですか。
「そうなんだよね。なんでもそうなんですよね。これね、民放5系列が協力して、オリンピックに向かう日本とか社会を盛り上げようっていうために書いた曲で、ダイレクトなオリンピックソングではなかったんですよ。でも、それはいいことだと思って。なんでもいいから、バンザーイ!みたいなのは、やっぱりないでしょう。オリンピックの応援歌を作ってくださいよ、バーンと!っていうんじゃなかったと思うんです。そのへんのアプローチが、逆におもしろかったっていうか。だから、あんなにオリンピックの曲みたいな感じで流れるとは思っていなかったんだけど。そもそも、日本社会を応援する曲だったんですよ。やっぱり、渋谷さんの言うように、グラデーションなしには、なんでも物事を見るわけにはいかないし。なんでも陽気にポジティブにものを考えたら失敗するし」
――だから、そういう奥行きのある立体的な発想が、この曲を――僕はオリンピックソングだと思っていたんだけど、非常に正しいオリンピック中継のテーマにしたなあっていう。要するに、コロナが来て、すっかりオリンピックのキャラが変わったわけじゃないですか。そしたら、普通は2年前に作った曲は通用しないんですよ。ところが……。
「だけど、その前に、オリンピック開催にあたってすべてアンダーコントロールだって言ってたんだよ。そりゃ、ねじれますよ。能天気な曲を献上したりしませんよ。やっぱり、悲しみっていう言葉を書きたくなるし。泣いている人がいるぞっていうのはね。そうじゃないと、今、世の中とバランス取れないですよ。ほんとだったら、ミュージカルみたいな曲が作りたいですよ、僕だって」
――“金目鯛の煮つけ”も、2曲目と似ていて、従来のソロアルバムふうな味つけから入ってくるんだけど、後半の盛り上がりがものすごくって、どんどんどんどんポップになっていくっていう。桑田さん的にはどうなんですかね?
「これもCM(SOMPOグループ)曲なんですけど、原由子はじめ、サポートメンバーの斎藤(誠)くんとかの助けがあってできた感じですね。どちらかというと、初期のサザン的な構築かな。なんか78年、79年ぐらいのね。そのぐらい、サザンっていうのは自由だった時代があって。平気で洋楽を、まあ言い方悪いけどパクるとか。とにかく、洋楽に近づけるのが楽しいっていう時代で。そういうのを、懐かしく思ったのかもしれないです。これも生音でやっているんだけど、どっかで時々初期のサザンに戻りたくなる時もあるんですね。歌詞はちょっと中年っぽいんだけど」
――次の“炎の聖歌隊 [Choir(クワイア)]”は、いちばんポップで、コマーシャルで。こういう曲を作るとすごいですよね。どうだ!っていう。
「これも、クライアントさんのおかげ、SUBARUさんのCMで。やっぱりね、職業作家じゃないんですけど、クライアントさんがいて、依頼されて、締め切りここまでねって言われるのは、私のような下世話な職業ポップ歌手にはありがたいことだって最近は思うんです。心理的にもね。30秒だけ作ってとか言われると、なんか違うところに火が点くんですよね」
お葬式ではロックがいいかな? それとも三味線がいいかな?とか。そのへんの、自分の色っていうか自分のサイズ感みたいなものがわかってきた
――で、最後に、クロージングナンバーとして完璧な“鬼灯(ほおずき)”という。やっぱり、桑田佳祐の、特にソロには、常に彼岸が見えるんですよね。それがここで登場するっていう。これは僕のこじつけかもしれないけれど、大きな病気をしたことによって桑田佳祐っていう人は、ものすごく死を身近に感じたと思うし、それと常に向き合っているっていう。「いや、死を覚悟しているわけじゃないんですね。もちろん、病気をしたっていうのはあって、それが近づいて来るのが、逆に言うと怖いんですよね。そういう恐れだとは思うんですけど。それは大事にしなきゃっていうことかもしれない。けどねえ、もう、俺なんか達観しちゃって、死の先までわかってるよ、みたいな、覚悟したよっていうことでは、決してないんですよね」
――で、この6曲は、これしかないという曲の集合体なんですよ。いい表現がわからないけれど、これまでの桑田佳祐のソロアルバムは、この6品に、ちょっと変わった味の、干物のなんとかとか、サラダとか、デザートがあった。今回は、それはありません、僕はこれだけ作りましたっていう。それが、このアルバムタイトルだと思ったんですよね。
「ああ、ありがとうございます。だから、彼岸っておっしゃられたけど、最後の晩餐じゃないんだけどね、究極のメシっていうか、そうやって考えたほうが楽しいかなとか、思ったんですよ。いちばん好きなものは何?って言われた時に、ちょっとワクワクする感じっていうんですか? 死ぬ前に食べたいもの、塩むすびかなとか、ハンバーグもう1回食べたいとか、いろいろあったんですけど、ちょっと冷静に考えると、自分はやっぱり、こういうものを食べたいなとか。自分のお葬式では、ロックがいいかな? それとも三味線がいいかな?とかいろいろ考える時があるんですけど、まあ、死んじゃったらどうでもいいんだけど。そのへんの、自分の色っていうか、自分のサイズ感みたいなものがわかってきたっていうんですかね。あんまり自分はマッチョな人生を歩んでいるとは思わないし、ねえ、あるじゃないですか。このぐらいなんだろうなあっていうのは、ちょっとこんな感じでね、表現したんですけど。好きなものっていう」
――いや、ほんとに、究極の朝食。
「朝食じゃないんですよ。もしかしたら夜食かもしれない(笑)」
――それは別にどちらでもいいんですけどね。これが究極のごはんですよ、作りましたよ、食べてくださいっていう。相当な自信ですけどね。
「もちろん、自信っていうか、そういう裏づけがないとね、出せないんだけど」
――秋のツアーも楽しみです。
「ねえ、大丈夫かな?(笑)」
――いやいやいや、絶対にやってほしいし。
「やるべきでしょう?」
――やるべきですよ。このEPは、まさにね、肉体によって作られたってことを桑田さんは説明してくれましたけど、だったらやっぱり、ミュージシャンの身体で鳴らさないとまずいですよね。
「ああ、なるほどね。いい話だなあ。そうかもしれないね」
――それで初めて成立するアルバムですよね。
「なるほど、おもしろい。それ、いただきます(笑)」