バンドというのは本当に不思議なコミュニティであり、生命体である。ここに届けられた板歯目の新アルバム『遺伝子レベルのNO!!!』を聴くと、特にそう思う。ここには、一見して整合性なんて持たない楽曲たちが、まるで「ここにいることが生まれ持った使命である」と言わんばかりの表情で並んでいる。ポップなロックソングがあり、獰猛なファンクがあり、壮大なバラードもある。1曲の中でも曲はコロコロと表情を変えていく。たとえば1曲目の“オルゴール”。一見爽快でポップな曲だが、中盤には驚くような展開が用意されている。歌詞には、鋭利な叫びがあり、大胆な空想世界があり、ロマンがあり、ナンセンスがある。多様な表現の在りようが、多様な命の在りようが、ひとえに「バンド」という生命の中で許され、爆発している。
バンドは受け入れる。そこにいるひとりの人間の弱さを、破綻を、無意味を、怒りを、祈りを。『遺伝子レベルのNO!!!』は、改めてそういうことを伝えてくれるアルバムである。
インタビュー=天野史彬
怒りを込めたり、どういう人に届けたいかを考えたり、真剣に、ちゃんと歌詞を書いてきたなと思うんですけど。でも1回、考えるのをやめようかなと思って(笑)(千乂)
――3rdアルバムは、『遺伝子レベルのNO!!!』というタイトルからして強烈ですね。根っからの否定の意志を感じます。庵原大和(Dr) 今回のアルバムは、3人それぞれに「もっとこういうことができるんじゃないか」とか、「こういうことを試してみたい」というものがあって。それはサウンド面でもそうだし、普段使っていなかった楽器を使ったところにも表れているんですけど。そういう面で、今までやってきたことのいい意味での反対のことをやっている。そういうところから出てきた『遺伝子レベルのNO!!!』です。
千乂詞音(Vo・G) 今回は、「ジャンルとかは決めずに、3人のルーツとか、やってみたいことを、好きなように出してみよう」というのが、まずあったんです。2枚目のアルバム(『鄙、天国』)はロックバンド感を重視してレコーディングしたんですけど、3枚目はもっとグチャっとしたアルバムでいいんじゃないか?という話になって。「まとまっていなくてもいいんじゃない?」って。それで、曲によってはテルミンを入れてみたり、フレットレスベースを使ってみたり、変なコーラスを入れてみたり。言ってしまえば、遊びながら作った曲たちです(笑)。
――「NO」というのは、これまでの板歯目のスタイルに対してのNOなんですね。
千乂 あと、「NO」は、「脳」とも掛かっています。
庵原 今回は、あえて、頭を使わずに作った感じがします(笑)。
――「3人それぞれが好きなことをやる」というのは、今回のアルバムの制作においてそれぞれが「今やりたいこと」に向き合ったということですよね。どのようなことを考えながら制作に臨まれたのか、おひとりずつ伺いたいです。
千乂 私は、「とにかく遊ぶ!」って感じでした(笑)。私は今まで結構真剣にバンドをやってきたと思うんです。意味を持ちながらやってきたというか。特に歌詞の面で、怒りを込めたり、どういう人に届けたいかを考えたり、真剣に、ちゃんと歌詞を書いてきたなと思うんですけど。でも1回、考えるのをやめようかなと思って(笑)。「もっと遊んでもいいかな」と思ったんですよね。音楽が好きだからやっているだけだし、その「楽しいからやっている」という部分を、もっと前に出してもいいのかなって。そういうことを考えていました。なので、今回、私が歌詞を書いた曲は、歌詞めちゃくちゃ適当です(笑)。パッとその場で浮かんだフレーズを書いて終わり(笑)。前までの真剣さとは違う、真剣に楽しんでみた感じがします。
ゆーへー(B) 僕はベーシストとして、「ベースとどう向き合うか?」みたいなことを考えていて。自分がベースを好きになったルーツを考えてみると、「やっぱり、スラップが好きだな」と思ったんです。レッチリのフリーやKenKen、ハマ・オカモト、そういう人たちのスラップを見て、ベースのヤバさを全開に感じてきたので。なので、今回は結構、スラップを多用しています。
バンドをやりたい気持ちがあれば、どんな曲をやってもバンドになるんじゃないか?と思ったところがあって(庵原)
――庵原さんは今回、最も多く作詞作曲を担当されていますが、今作には個人としてどのように向き合いましたか?庵原 さっき千乂さんが言ったように、前作はロックバンド然としたアルバムだったけど、今回は作り出す段階で、いわゆるジャンルとしての「ロック」だけがバンドの音楽ではないよなと思ったんです。ジャンルがどうこうというより、気持ち。バンドをやりたい気持ちがあれば、どんな曲をやってもバンドになるんじゃないか?と思ったところがあって。なので、これまでは「これは合わないかも」と思ってナシにしてしまってたところも、「いや、これもアリだろ」としていく。そうやってアリな部分を増やしていければ、今後の板歯目はもっとよくなるんじゃないか。そういうことを考えていました。
――庵原さん的に今作の中で、これまでナシだったものがアリになっているという点で顕著な曲というと?
庵原 2曲目の“ピアノロール”は特にそうかもしれないです。前作までは、ライブの感じのままで音源を作っていたんです。でも、“ピアノロール”にはまさにピアノも入れているし、ライブではやらないであろうハモりも入っているし。1曲目の“オルゴール”もそうなんですよね。ハモりを3つくらい入れている。タンバリンの音も入っているし。こういう曲たちは特に、「これもアリだろ」感は出ている気がします。
――そもそもの曲作りの感じも、これまでと変化はありましたか?
庵原 前までは3人で一緒に合わせながら作る曲が多かったんですけど、今回はそれぞれで作る曲が増えた気がします。録る前の音作りもじっくりやるようになりました。いろいろ試しながら、「これは違うな」とか、試行錯誤を繰り返して。ワンコーラスを何回も録り直したり。
千乂 そのぶん、その場のアイデアでやってみることも増えたよね。「ここに他の音、いろいろ入れてみようよ」とか、そういうことを事前に考えないで、その場でやってみる。それは、今回のアルバムだからこそ多かったかもしれないです。
――ちなみに昨日(取材日前日)、アルバムの曲順が変わったんですよね。最初に僕がもらった資料では、“オルゴール”は最後の13曲目だったんですけど、結果的に、“オルゴール”は1曲目に収録されることになったようで。他の曲順に変化はなかったですけど、“オルゴール”が1曲目にあるか最後にあるかでは、アルバムの印象はかなり違いますね。
庵原 そこは、めちゃくちゃ悩みました。“オルゴール”は、このアルバムの中でも特に大事な、このアルバムの雰囲気を決める曲だなと作っている時から思っていて。当初は最後に入れる予定だったんですけど、一昨日の夜に僕からふたりに電話して、「1曲目にしていいですか」と相談しました。やっぱり、この大事な曲でアルバムが始まったほうがいいなと思ったんです。
――庵原さん的に、“オルゴール”がこのアルバムにおいて大事な曲であるポイントはどこにあるんですか?
庵原 アルバムの「あらすじ」みたいな曲だなと思ったんです。「このアルバムを1曲にしたら、こうなるよね」という曲なんですよね、“オルゴール”は。コーラスも新しい感じだし、BPMも途中で3回も変わる(笑)。そういう、自分たちにとっての新しい要素が1曲に詰まっている曲なんです。