手紙には絶対にその人の抱いている感情が込もっているし、そこを大事にしたいというのはこれからも変わらないと思います
──“バニラ”はミドルテンポの心地よい気だるさがあって、音楽的に新機軸を感じさせる楽曲でした。「アコースティックギターにラップが乗っているような曲を作りたいなと思っていて。夏の曲を作りたいというのがありました。いち音楽ファンとして、夏はやっぱりRIP SLYME聴くよねとか、“サマージャム’95”(スチャダラパー)聴いちゃうよねっていうのもあるので、自分の中でそういうものにトライしたいというか。となったときに“バニラ”というワードが浮かんできました。やっぱり『夏だ! イエイ!』っていうだけじゃなくて、甘い“バニラ”が時間が経ってドロッと溶けていく感じがすごくいいなって。そこから連想的に膨らませていって、若いモラトリアム世代の気持ちというか、『ヤバい、いつか大人になってしまうけど、今はとりあえず楽しもう』みたいな切なさを描きました」
──クボタさんの中ではやはり、今の自分の年齢だから書けるものというのを大切にしている?
「そうですね。もう少し大人になったら書けない言葉もあるだろうし、逆にもう今の時点ですでに書けないこともあるのかもしれないし。なので、今あるものを大切にしようというのはあります。もちろん楽曲である以上『作品』なんですけど、僕はこのアルバムタイトルに込めたように、『手紙』のような感覚が強くて。創造であることに間違いはないんだけど、それをどれだけ聴いてもらえるかっていうのが勝負なので『手紙だ』という感覚が強いのかもしれないですね。手紙には絶対にその人の抱いている感情が込もっているし、そこを大事にしたいというのはこれからも変わらないと思います」
──あと今作で感じたのは歌の表現力。その豊かさが本当に素晴らしいということ。ソウルフルな歌とか、ファルセットの心地よさも格別で、歌に関しては確実に一段ステージが上がったのではないかと。
「わあ、嬉しいです。自分はいろんなタイプの曲を作っているので、それに見合うボーカルというのがそれぞれの曲に必要で、今まで通りにやっているだけでは、曲の良さを活かせない場面もあったんですよね。いい歌だけど僕が歌うべきじゃないのかもっていうことで世に出てない曲もあって、そういうスランプの時期があったんです。でもそれってもったいないことじゃないかと。なのでボイストレーニングに通い、自宅でもボイトレをして。“蝶つがい”も“ふたりぼっち”も、自分の中では歌い上げる曲ですけど、歌の魅力をどれだけ引き出せるかというのはこの2年間の、このアルバムのためのテーマでもありました」
──ああ、やはり進化の裏にはそうした努力の積み重ねがあったんですね。結果としてどこにも無理がないというか、多様な楽曲が並ぶアルバムではあるけれど、とてもナチュラルにそれぞれの歌唱が気持ちよく響く作品になったと思います。
「よかった(笑)。まだリリース前なので、みんなどう感じるんだろうって、ソワソワワクワクしてるところだったので、そう言ってもらえてほんと嬉しいです」
──“ピアス”の制作あたりから、表現力の広がりについてはかなり意識的になっていったのかなと思いますが。
「そうですね。そのあたりからギターで楽曲を作り始めて。今まではトラックが送られてきてそこに乗せる形だったりしたんですけど、ギターで作曲するようになって、コードってこんなに面白いんやっていう発見もあって。そのあたりが制作の転換期でもありました」
──“隣”の歌声も素晴らしいです。映画『サイド バイ サイド 隣にいる人』の主題歌として書き下ろした楽曲ですよね。
「この曲はすごく時間をかけました。映画のネタバレしない程度にお話しすると、これは主人公が『手紙』を書いていて」
──わあ、偶然のシンクロだったんですね。
「ほんと偶然でした。で、主人公が当時の恋人に宛てた手紙があって、それを見たミュージシャンが、その手紙をもとに楽曲を作るというストーリーがあって。その楽曲がこの“隣”なんですけど、行定勲監督が手紙の原文を、作品中には出てこないのにわざわざ書いてくださって。そこから楽曲制作が始まりました。映画の中で活きる曲にしたいし、でも間違いなくクボタカイの曲だというものにもしたかったので、そこのチューニングをしつつ作った1曲でしたね。サウンド的にも自分としてはこれまでにない曲なので、Yaffleさんと相談しながら。この曲の最終レコーディングは宅録なんです。映画の作中のバンドのイメージもあって、なんかきれいすぎないほうがいいというのもあり、いつも使っているオーディオインターフェースではなく、あえて音楽活動を始めて最初に買った、ちょっとチープなインターフェースで録って。でもそれがサウンドにマッチして、ああこれが“隣”だってちゃんと思えるような曲になりました」
過去にはいろいろなことがあって、でもどんな傷があったとしても全部受け入れて、「ありがとう」って言える。それはひとりの人間としての成長でもある
──切なさも痛みも全部受け止める強さを感じられる曲だし、アルバムではそれがラストの“蝶つがい”につながるのもいいですよね。愛をポジティブに感じられるエンディング。曲の並びは結構悩みました?「悩みましたね。でも“ピアス”で始まって“蝶つがい”で終わりたいというのははじめからありました。特に“蝶つがい”は自分にとって、痛みを受け入れたうえで肯定できた1曲だったので、これで終わりたかったんです」
──うん。“蝶つがい”はラストにふさわしい曲だと思います。
「《生き延びてくれてありがとう》っていうのが歌詞にあって、なんか『大好き』とか『ありがとう』って、たぶんその瞬間の感情なんだけど、《生き延びてくれてありがとう》っていうのは、ほんとに愛している言葉なんだろうなと。過去にはいろいろなことがあって、でもどんな傷があったとしても全部受け入れて、『ありがとう』って言える。それはひとりの人間としての成長でもある。そういう強い意味のある一節なので、この曲で終わりたかったです」
──これ以上ない愛の言葉ですよね。なかなか面と向かっては言えないけど、音楽だからこそ伝わるものがあるし。
「今こうしてインタビュー中に解説していて、自分でも恥ずかしくなったんですけど、そのあとの歌詞に《恥ずかしいから、おやすみ》って書いたんですよね。ほんとにそんな気持ちで書いたんだなあって。かっこつけきれないところが、“蝶つがい”の愛しいところです」
──そう書き足してしまうくらい、《生き延びてくれてありがとう》って強い言葉ですよね。
「強いですね。だけど自分の中の気持ちを表すのにいちばん適した言葉だし、これは書かざるを得なかったです。でも、《恥ずかしいから、おやすみ》もやっぱ大事で。“ふたりぼっち”の《きっと「愛しています」の一言に敵わない》もそうなんだけど、ほんとに手紙を書くように書いているなあとあらためて思いますね。実際に自分が思っていることや話していることと歌詞が別物ではなくて、やっぱりそこは密接に絡んでいる。だからこのアルバムタイトルにしてよかったです」
──リリース後にはライブツアーも決まっています。
「ライブって自分の中でいちばん特別なものだと思うので、1曲1曲魂込めて目の前にいる人たちに届けるということをちゃんとしていきたいです。やっぱり顔を見て歌えるっていうのが何よりの幸せなので、『返事はいらない』と言いつつ、皆さんの反応を見られるのは嬉しいです。笑顔だったり涙だったりを、僕が与えられることも嬉しいし、僕もいただきたいなと思っているツアーです。今セトリとか考えているところなんですけど、自分にとってもとても大切なツアーになるんじゃないかと思っています」