クボタカイというアーティストには、その出自としてフリースタイルラップというイメージが強くありながら、近年は他アーティストへの提供曲も含め、彼の書く楽曲からはより「ポップス」の色合いを強く感じるようになってきている。ラッパーとしてのスキルやリリックの文学性はより研ぎ澄まされていきながら、昨年リリースした1stフルアルバム『来光』以降、メロディや歌詞を重要視する、いわゆるシンガーソングライター的な楽曲が増えているのだ。この5月にリリースされた、初めてバンドメンバーとのセッションで制作したという“ひらめき”ではより有機的なファンキーサウンドで新機軸を見せ、さらにリリースされたばかりの新曲“ピアス”はまさにJ-POPシーンを揺るがすような切ないラブソング。歌詞の抒情性は細部にまで貫かれ、クボタカイならではの見事な「ポップス」が完成した。クボタカイのこのポップスへのモードはいかにして起こったのか。その背景をひもといていく。
インタビュー=杉浦美恵
率直に「なりたいものになってみたい」、「やりたいことをやってみたい」っていうのを、そのままやっちゃうタイプなので(笑)
──昨年あたりから、クボタさんはラッパーというよりシンガーソングライターとして、よりポップミュージックへとシフトしているような気がしています。「そうですね。『来光』くらいからじわじわと、いろんな人に聴いてもらえるということは実はかっこいいことなんだなと思い始めて。ポップスの魅力に少しずつ吸い寄せられて今に至るという感じです」
──ラップ、ヒップホップというジャンルを突き詰めていくのも面白いと思うんですが、それ以上にもっと広く届けたいという想いで?
「音楽を突き詰めるのは僕も大好きだし、すごくかっこいいなと思うんですけど、たとえばロックとかヒップホップとか、いわゆるポップス以外のジャンルってすごく専門的なものだなと思っていて。それぞれの特色を突き詰めていき、そこに自分の解釈を加えていくっていうので成り立っているし、それが年月を重ねてカルチャーになってると思うんですけど、ポップスってそれとは別な気がしていて。わかりやすさっていうのがもちろん重要なんですけど、芯のかっこよさとかブレないものはちゃんとありつつ、それをどう噛み砕いて、歌詞としてメロディとして伝えていけるかっていうのを、この数年間はすごく意識しています。まだ途上ですが」
──今年の3月には、初めてバンド編成でのライブ「シン・クボタ 〜初のクボタカイバンド、東京に現る!〜」を行っていますよね。それも、そういう意識があってのこと?
「そうですね。ポップスもそうですし、結構好奇心というか、率直に『なりたいものになってみたい』、『やりたいことをやってみたい』っていうのを、そのままやっちゃうタイプなので(笑)。ただ、今までやったことのないバンドセットでやるっていうことだけじゃなくて、自分がこれまでリリースした曲とバンドサウンドとの親和性って、意外と高いんじゃないかなと思っていたのもあって、これからクボタカイを知ってくださる方に、別のアプローチで届くんじゃないかとも思ったんです。これはやってみない手はないなって」
──そのあとにリリースした“ナイトイーター”はまさにポップミュージックとしての解釈が広がった1曲だったと思います。新機軸でした。
「はい。とてつもなくテンポの速いやつをやってみたいなって(笑)。それまでは“MIDNIGHT DANCING”っていう曲がいちばん速かったんですけど、テンポの速さだけじゃなく、“ナイトイーター”はいろんなジャンルの音楽を感じることができる曲にしたかったんです。そして歌詞はアッパーなBPMのわりに明るくないぞっていう(笑)。アウトロのギターリフなんかは『なんだこれは? パンクなのか?』っていう雰囲気もありつつで」
ポップスは、削りに削って本質を届ける難しさはあります。それを試行錯誤しつつ、その状況を楽しんでいる
──次にリリースした“ひらめき”はバンドメンバーとのセッションで制作した楽曲でしたよね。「それこそ『シン・クボタ』のリハーサルの前、バンドメンバーに会った時に、『今こういう曲を作っているんですけど、頭の中ではこの曲はバンドの音で鳴っているので、ぜひバンドで作りたいです』っていう話をして」
──セッションで作り上げるという経験は、どんな気づきをもたらしましたか?
「ひとりじゃないんだなっていうか。それまで音楽は自分が発信するものっていう感じだったんですけど、そこにいろんな人のエッセンスが入って、それに頼ることもできるんだという気づきがありました。この先にリリースしていく曲の選択肢が増えた気がします」
──たとえば初期の、“せいかつ”とか“春に微熱”も、ポップミュージックとしての良さ、メロディの良さに意識的な楽曲だったと思うんですよね。でもそこからさらに、聴き手に広く届くような音楽をと考えるようになったのは、どういう変化からだったんですか?
「変化というより延長線上だと思っていて。もともとフリースタイルをやったのも、ラップをやったのも、『これをやったら自分ってどうなるんだろう』っていうところからだったわけで。今度は『じっくり一つひとつの言葉に取り組んで曲にしたらどうなるんだろう』っていう。だからラップが軸ではあるんですけど、いろんな人にちゃんと届けたいなって思って作ってみたらどうだろう、ポップスの世界に自分がいたらどうなるんだろうって、その延長線上です。変化というよりは興味がそっちに向いたというか。まあ、見たことない自分になる楽しさっていうのは純粋にありますね。それに加えて僕自身23年間生きてきて、音楽に救われたっていう経験がやっぱりあるし、誰かにとって僕がそういう存在になれたらすごく嬉しい。それはすごく幸せなこと。それこそなりたいものになるっていうことだから」
──そうしたこの1〜2年の活動があり、クボタさんの中でポップスというものへの認識も少し変化したんじゃないかと思うのですが。
「そうですね。より言語化能力が求められると思いました。ラップってリズムの音楽なので、必然的に文字数が多くなりますよね。ポップスは、何がポップスかっていう定義は難しいですけど、文字数が少なくても、それでも心に届ける──最小限、削りに削って本質を届けるというイメージがあります。単純に嬉しいとか辛いとかっていう叫びだけでもダメですし。よりシンプルにシンプルにっていう難しさはあります。それを試行錯誤しつつ、その状況を楽しんでいる自分がいますね」