シンガーソングライターa子は、宇宙と脳の構造の類似をもとに、脳内に溢れる思考、世界観、音楽、クリエイティブにまつわる人/ものすべてを「惑星」に喩え、「恒星=自身が音楽人生で叶えたい夢」に向けた第一歩となるメジャーデビューシングルで、《叶えるために疲れても/ゆける、ゆける、熱いままよ》と確かに誓った。
サウンドは流行の兆しを見せるUKガラージ的なAメロに、オリヴィア・ロドリゴから着想を得たという肉体的なドラム、90年代からのヒットチャート研究によって生まれたキャッチーなサビ──と、極めてロジカルに作られているが、聴いていると理屈抜きで胸を打たれる。人生にあった様々な別れを思い出してじんとする。
それは、この曲がa子の率いるクリエイティブチーム・londogメンバーとの別れに手向けられた花束でもあるからだろう。大切な仲間が別の軌道を進み始め、公転周期が変わったとしても、ともに宇宙を旅した思い出は変わらずに胸に残る──。この“惑星”は「聴いたことのないジャンルを作る」べくメジャーシーンに飛び込んだa子自身のため、手を振ったチームメンバーのため、そして人生に疲れても諦めることなく未来に向かって走り続けるすべての人のために煌めく、ポップで切ない応援歌である。
インタビュー=畑雄介 撮影=Yonn Lin
──メジャーデビューシングル“惑星”、めちゃくちゃいい曲ですね!“シニスター”から「いろんな人に聴いてもらうには」という意識を曲作りの真ん中に置くようになって。ヒットチャートを90年代から聴いたんですけど、やっぱりJポップってサビがめちゃくちゃキャッチーで聴きやすいと思って
ああ、ありがとうございます!
──昨年12月にリリースされたEP『Steal your heart』がインディーズ集大成のような作品でしたけど、その『Steal your heart』を1曲に凝縮したようなサウンドになっていて。“あたしの全部を愛せない”のロック感、“racy”の打ち込みサウンドやサビのキャッチーさ、“samurai”の生ドラムのグルーヴ──すべてが同居した曲だと感じました。
まさにその感じを意識しました。メジャーデビューシングルですし、もっといろんな人に聴いてもらうにはどういうメロディがいいのかを考えながら、メロディから作り始めて。キャッチーさ、ポップさを意識しつつ、音作りをどうしようかなあと思っていた時にオリヴィア・ロドリゴのアルバム(『GUTS』)が出て、すごくハマったんです。
──あ、ということは、作られたのは去年の秋頃なんですか?
その頃から、ちょっとずつ作ってて。サビはロックにしたかったので、オリヴィア・ロドリゴのあの爆発するようなドラムを叩けるミュージシャンの方を、一緒に曲を作っている中村エイジさんと探していって、マイク・マリントンさんっていうSEKAI NO OWARIのサポートもやっていらっしゃる方にお願いしました。「オリヴィアのアルバムの感じで」と伝えると、「君のウィスパーな感じでロックやるの、いいね!」(グッドサインをしながら)って言われて(笑)。
──フランク(笑)。
そのうえで「ちょっと意味がわからない注文をしちゃうんですけど、Aメロではガラージがやりたくて」とも伝えて。今、UKからガラージが流行り始めていて、ピンクパンサレスやNewJeansもガラージをやっていたりすると思うんですけど、私は流行りも「やりたいな」って思うタイプなんですよね。だから、Aメロにガラージの要素を入れてもらうという無茶なお願いをマイクさんにしつつ、ロックが好きで、ずっとロックをやってるので、歪んだギターも入れて音作りをして。しばらくやってなかったピアノ始まりもやってみたいと思って、中村さんと一緒に最初のリフを考えて……っていう曲作りをしていたら、“あたしの全部を愛せない”のサビのロック感も、“racy”のサビの感じも、“samurai”の生感も全部詰め合わせたような曲になりました。
──それがビシビシ伝わってきます。
「メジャーになって変わった」って思われるのは嫌だから(笑)。ずっとやりたいことにチャレンジし続けて、マインドは変わらずにやってるんですけど、この曲っていきなりポップになったように聴こえるのかなあって思ったり……でも、“愛はいつも”、“あたしの全部を愛せない”あたりから、いろんな人に聴いてもらえるように意識して曲作りをしているので、変な感じにはなってないのかなあと。……ずっと作ってたら、わけわからなくなりました(笑)。
──まず、これまでとの地続きの曲だという印象はちゃんとありますし、お話を聞いていて印象的だったのが、「メロディから作り始めたこと」と「マイクさんのドラムとやりたい」という気持ちが最初にあったことで。それが今までよりさらに突き詰められた「メロディのキャッチーさ」と「リズムのよさ」に繋がっているのかなと思いました。いつもメロディから曲を作られるんですっけ?
いや、メロディから作った曲は“シニスター”と“あたしの全部を愛せない”と“racy”くらいですね。“シニスター”くらいから「いろんな人に聴いてもらうには」という意識を曲作りの真ん中に置くようになってきて。そのためにはメロディのキャッチーさが必要なんじゃないかと思って、ヒットチャートを90年代からいろいろ聴いてみたんですけど、やっぱりJポップってサビがめちゃくちゃキャッチーで聴きやすくて、歌詞もすっごくいいよね、と思って。サビのメロディから作るのが大事だと思って作り始めたのが、“シニスター”、“あたしの全部を愛せない”、“racy”、そして“惑星”です。いつもはトラックからというか、ドラム、ベースを作って、ギターを入れて、ようやくメロディ……みたいな流れで曲を作るんですけど、メロディから作ると今度はトラック作りが難しくなるんですよ。「このメロディだとこのテンポになって、このテンポにハマるジャンルはこれで……」みたいな。“惑星”も、何度もテンポを速めたり遅くしてみたりで試行錯誤しました。キーを変えてみたりしてもなかなかハマらなくてどうしようって思った時に、オリヴィアのアルバムが出て、「ああ、これだわ!」って(笑)。そこからは早かったんですけど、最初はめちゃくちゃ苦労しましたね。
──メロディから作り始めたということですけど、この曲の特殊なところって、音域のレンジがめちゃくちゃ広いですよね。サビの《真っさら》の部分とDメロの《人生はどうだい?》のあたりで2オクターブと少し離れていて。
a子の曲の中でいちばん高いキーになってます。めちゃくちゃ声を張る曲だから、「ライブどうしよう」って後悔してはいるんですけど(笑)。去年、ビョークだったりいろんなアーティストのライブを観て、ボーカルが声を張る曲ってキャッチーに聴こえると思ったんです。自分でも声を張る曲を作ろうと思って、“racy”でもチャレンジしたんですけど、まだもうちょっと行けるなと。“惑星”のキーを調整する中で、中村さんに「ここまで出せるっしょ」って決められて、「いやあ……」みたいな(笑)。でも、ドラムを激しくしたかったから、キーが高いほうが声が抜けると思ってチャレンジしてみました。
──前回お話しした時に、「もう少しわかりやすい歌詞を書きたい」と仰っていましたけど、“惑星”の詞は、a子さんの詞世界に通底する抽象的なイメージの美しさがありつつも、言葉はすごくわかりやすくなってますよね。歌詞はいつ頃書かれたものなんですか?メジャーデビューって「今までやってきたこと」と「これからやりたいこと」の分岐点だなと思って。「今までやってきたことをこれからも妥協せずに、情熱を持ってやり続けます」っていう意志をファンの皆さんに伝えたい
歌詞は結構遅くて。いつも曲ができてから歌詞を書くんですけど、“惑星”は書き直したんですよね。“シニスター”あたりから中村さんに歌詞を見せるようになったんですけど、1回バーッて書いたものを中村さんに見せたら、わかりにくいって言われて(笑)。アーティストの友達と飲みに行った時に意見を聞いたら、「“あたしの全部を愛せない”はサビ始まりだし、タイトルをふまえた《あたしの空虚も愛せない》っていう歌詞から始まるのがわかりやすくてキャッチーだなと思った」って言われて、なるほどと。“惑星”ってタイトルだけど、《惑星》って言葉も歌詞に入ってなかったし、何が惑星なのかわかりにくいと思って、2番の最初の部分を丸々変えました。
──『ANTI BLUE』の頃までは「生きることとは?」みたいな生命に対する根源的な疑問が歌われていて、それが昨年末の『Steal your heart』で目の前にいる人との関係性を歌ったものに変わって。“惑星”は、関係が終わってしまったあとの歌だと感じたんですけど、《叶えるために疲れても/ゆける、ゆける、熱いままよ》みたいな、自分に対しての鼓舞を強く感じました。
もう、まさにその通りです(笑)。メジャーデビューって「今までやってきたこと」と「これからやりたいこと」の分岐点だなと思って、「今までやってきたことをこれからも妥協せずに、情熱を持ってやり続けます」っていう意志をファンの皆さんに伝えたくて。あと、ちょうどlondog(a子が率いるクリエイティブチーム)のメンバーのひとり──ギターの齊藤真純がこの時に抜けたんですけど、私は自分のやりたいことを叶えるために変わらずにやっていくし、真純も同じように自分の夢を叶えていくはずで、自分と真純を重ねながらも書きましたね。ほんとに伝えたいのは《人生はどうだい? 愛も夢もなんてはないでしょう/友達に借りた金も返せないままでいられるの?》っていうDメロの歌詞で、ここは最初からありました。友達に借りた金を返せないふたりで、ダメなところが似てるんです。
──今までの曲も、a子さんと同じ想いを抱えた人が深いところで繋がれる歌詞だったと思うんですけど、この歌詞はどんな境遇の人にも届くというか。友達に借りた金を返せない人はもちろん(笑)。
ははは。
──そうじゃない人も、「よっしゃ、自分の人生頑張っていこう!」って思える応援歌になってるのが、メジャーデビューシングルとしていいなと思います。
お金を返せないっていうのはリアルなエピソードですけど、人それぞれのダメだなあと思ってるところに当てはめていただけたらいいなあって。『潜在的MISTY』や『ANTI BLUE』の頃は、「成長して、大人になってこういう答えが自分なりに出たけどどうでしょう?」みたいな、学生の時の自分へのアンサーソングというか、当時の自分を助けるための歌詞を書いてたんですけど、“惑星”も今までやってきたこととこれからの未来のことに対する自分なりの答えを詰め込んでますね。
──前のインタビューで「学生時代は周囲に不信感を抱えていた」と言っていたのが印象的だったんですけど、当時はどんな子どもだったんですか?
友達や家族との人間関係において、たぶん繊細だったのかな──すごく神経質というか、いろいろ感じることが多かったですね。そういう不信感とか生きづらさ、「どうやってこれから生きてくんだろう」って考えてる時に、(エリック・)クラプトンやソフト・マシーンの暗い曲を聴いて、「しんどいでしょ、人生って」「これだけ疲れるものですよね」みたいなものを表現する音楽があるんだと知って。
──今までの曲にはその「人生ってそういうものだよね」っていう諦念がうっすらと全体に滲んでいましたけど、今回は《愛も夢もなんてはないでしょう》と諦めながらも《悪い未来もいいでしょう》と言っていて、一歩進んだメッセージを感じました。
真純と自分に対して、これからお互い音楽を頑張っていくけど、うまくいっても悪くなっちゃっても、その過程が──もともと結果主義なところがあって、結果がよければすべてよしみたいなタイプだったんですけど──londogのチームと一緒にやっていく中で、作品ができた時の喜びとか、作りながらチームで一緒にしゃべることが大事だな、楽しいなって気づいて。《悪い未来もいいでしょう》っていうのは、結果よりも過程の楽しさをわかってきた自分なりの答えですね。