2020年に本格的にアーティスト活動を開始したシンガーソングライター・a子。「a子」と書いて、そのまま「えーこ」と読む。
極めて匿名的なアーティストネームを冠しながらも、アーティスト写真に浮かび上がるのはアイコニックな真紅の髪、見るものすべてを射抜く鋭い目つき。ミュージックビデオはアニメーションだったり実写だったりで、「a子」というアノニマスな名前に様々なイメージを付与していく。
a子を最も特徴づけるのは、そのウィスパーボイスだ。空気成分を多く含んだ歌唱スタイルであるウィスパーボイスは、妙に生々しい親密さで聴き手に擦り寄ってきたり、反対に無機質な透明感で聴き手と距離を取ったりするものだけれど、a子のそれはそのどちらにも偏ることなく、喩えるなら雨上がりのコンクリートのようななんとも言えない湿っぽさと硬さを持つ。
その囁きに耳をそばだててみると、《お金じゃないのよ/罪が謳うのは/愛を振りまくと/陽気に無礼よ》(“天使”)、《愛をひっかける眼差しに甘えて/今散々に乾く》(“暴く春”)、《あたしの空虚も愛せない/あなたを独り占めにしたいの》(“あたしの全部を愛せない”)といつも愛への渇望を歌っている。
クリエイティブチーム「londog」も率いており、MVはそのlondogが手掛けたものも多い。ドラムのシンコペーションにあわせてトイレの個室のドアが開き、便座の上に美しく腰掛けながらサビを歌い始める“あたしの全部を愛せない”でも、
象徴的なギターリフにあわせてガラスケースを叩き割る最新曲“trank”でも、歌と映像が気持ちよくデザインされていて、a子のトータルプロデュース能力の高さが窺える。
12月には3枚目となるEP『Steal your heart』をリリース、梅田 Shangri-Laと渋谷 CLUB QUATTROで東阪ツアー「l'm crazy now, over you」を開催(両日ともにソールドアウト!)。最新曲“trank”ではついに《愛だけで、愛だけで歌えたらいい》と言い切ったa子が、ウィスパーボイスで歌う「愛」はどこへ向かってゆくのか――。そのゆくえに注目したい。(畑雄介)
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“あたしの全部を愛せない”のMVが100万回再生超え。アンニュイなウィスパーボイスでじっとりとした愛を歌う「a子」って知ってる?
2023.11.03 12:00