インタビュー=矢島由佳子 撮影=金本凜太朗
──昨年10月にリリースした2ndアルバム『返事はいらない』を経て、さらにポップスとして質を上げた2曲が完成したと感じたんですが、そういった手応えはありますか?結果としては失敗でも、自分の全力を出し切っていたら「後悔」は生まれなくて。「もうちょっとやれたな」っていうのが「後悔」だから
『返事はいらない』の制作で学んだことを、ドラマのタイアップという枠組みの中でも活かせたかなと思います。2曲とも曲調が違うんですけど、音楽性の幅が広いことを見せたかったのではなく、1曲1曲に向き合う意識で作った結果としてそうなりましたね。
──それぞれの曲が、そこにあるべき音、メロディ、言葉だけを丁寧に厳選して構築したポップスだという印象を持ちました。なぜその音を入れるのか、なぜこのメロディにするのか、意味や意志が通っているものしか鳴っていない。そういう曲だと思ったんです。
嬉しいです、ありがとうございます。
──具体的にはアルバム制作でどんなことを得て、この2曲に活かすことができたと実感していますか?
最初ヒップホップから音楽を作り始めて、徐々に歌モノやバンドサウンドにも取り組んできて。“gear5”は、今までだったらDTMでトラックを作っていたような曲調なんですけど、生音で、ギターが鳴ってて、ベースが跳ねてて……ということをある程度想像したうえで作ることができて。それはアルバムを経て「こうしたい」という想いがあったからできたことだと思いますね。
──“gear5”は、ドラマ『ハコビヤ』からオファーをもらって書いた曲ですよね。どんなことを考えて曲を書き始めたのでしょう。
ドラマの主人公が「運び屋」なんですけど、物を運ぶだけじゃなくて、人の想いも運んでいて──「後悔」というキーワードが僕の中から出てきました。結果としては失敗でも、自分の全力を出し切っていたら「後悔」は生まれなくて。「全力を出し切れてなかったな」「もうちょっとやれたな」っていうのが「後悔」だから。「後悔」は──車の喩えでいうと、6速ではない「5速」に当てはまると思って、“gear5”というタイトルを思いついて曲を書き始めました。疾走感がある曲なんですけど、歌詞には後ろめたさや影もありますね。
──運び屋に依頼する人、運ばれてきたものを受け取る人の想いを描きつつ、ドラマの主人公の白鳥さんも投影されているなと。白鳥さんの「何かありそうな感じ」がちゃんと音で表現されていると感じました。
どちらかと言うと依頼人のほうの気持ちをイメージして作っていったんですけど、確かに白鳥さんのあの掴めない感じというか……白鳥さんが登場するオープニングにかっこよく映える主題歌にしたいとは思っていて。音色は、ちょっとミステリアスな雰囲気にしたくて選びましたね。この曲、実はフューチャーファンクをリファレンスにしていて。そういうジャンルを生音でやりたいという話から、「じゃあ、主メロはこういうネタをサンプリングしようか」みたいな。僕がやっていたヒップホップやトラック系の音楽もちゃんと活きているという意味においても、今の自分らしい曲です。
──今までやってきたことが全部繋がってこの曲を生み出すことができているんですね。メロディに関して言うと、たとえばAメロでは《さよならを思い出して》《ため息をふっと吐いて捨てた》という下から上がっていく音符の動きがあって、そこから《例えば あの日あの時あの場所で あなたが欲しかったんは》で早口になる。一速ずつギアを上げて、そこから一気に駆け抜けていく様をメロディで描いているようだと思いました。
今よりもラップをしていた頃だったら、Aメロから速いラップをぶっこみたくなっていたんですけど、「ギアがどんどん上がっていく」というテーマにあわせて、サビの後半にいちばん速いラップの部分がくるように持ってきました。あと、メロディの頭にくる言葉をすごく考えるようになって。いちばんキャッチーなところだから、ここで聴くか聴かないかが決まるような気がするので、《さよならを》を駆け上がりのメロディにしましたね。
──そうやってギアを上げていく描写を歌詞だけでなく、メロディでも描き切っているのがこの曲の肝なんじゃないかなと思いました。
そうですね。あと、縦のリズムが強い曲だから、歌詞にもリズムと連動した休符を意識しました。たとえば《ため息をふっと吐いて捨てた》のところも、♪ふっと吐いて〜みたいになめらかに運ぶのではなく、「ふっ」「と」「吐い」「て」とするみたいな。そういう音と歌詞のリンクにも遊び心を持たせました。
──“gear5”の歌詞は、クボタさんらしい楽しく韻を踏んだものでありながら、ワンフレーズでバッと想像が広がる部分も多くて。人それぞれの職業や立場があるけど、熱中している時は全員《命を賭して》る気持ちだと思う
「6速じゃない」「“gear6”じゃない」というのが裏テーマであって、だからサビの入りの歌詞が《ろくでもない》なんです。
──ああ、そういうことか! 「6ではない」から《ろくでもない》になっている。
《ろくでもない夜》《1,2,3,4,5 とギアが上がるよ》《ロックでもない》とか。僕は、歌詞を書いている内に意識が飛び飛びになるというか、話がどんどん横にズレていくことがあるんですけど、それがトンチとして歌詞になっていたりするというか。ただ、言葉遊びとか韻のリズムも音楽的にはすごく大事なことだけど、やっぱり内容がいちばん大事で。Aメロって、情景が浮かんで感情が見えてくるような部分だと思うんですけど、聴いてくださる方それぞれに当てはめてほしいと思えるようなAメロが書けましたね。車をモチーフにした曲ですけど、車に乗ってない人でも聴けるように、車を縛りにはしたくないなと思って。その塩梅を探りました。最初はもっと車の要素が強かった気がする(笑)。
──結果的に、車をテーマにしながらも、本当にいろんな人の人生に重なり得る曲になっていると思う。《人が運命を運んでいく 命を賭して》とか、めちゃくちゃいいフレーズですよね。
わあ、嬉しいです。人それぞれの職業や立場があると思うんですけど、熱中している時は全員《命を賭して》る気持ちだと思うんです。僕も最初は趣味で音楽を始めて、「勉強の息抜きに音楽するか」みたいな感じだったけど、今はこうやって音楽でお仕事させてもらって、その中でいろんな心情が生まれていて。それって、自分だけではないと思って──みんな頑張ってるし。それを《人が運命を運んでいく》《人は運命に逆らっていく》というふうに──首都高の行きと帰りみたいな気持ちで(笑)、書きました。
──どんな仕事をしていてもある種「誰かの運命を運んでいる」というふうにも捉えられるし、クボタさん自身も自分の音楽を通して誰かの運命を動かしていると思うし。
そうでありたいという願いも込めつつ、ですね。
──《秒針を刻むように バラバラになったあのストーリーは》という詞も、様々な想像が広がるいい1行です。日常の「これ、ちょっと面白いかも」とか、くだらないことをあまり無下にしちゃいけないような気がして。「人」が見えるものが大事なんだなって気づきだした
これは締切が近くなった時に、《秒針》ってワードを入れようと思って(笑)。ふざけ半分、スピード感がテーマの曲なので合うと思って使った言葉です。
──切羽詰まったところから来てたとは(笑)。ドラマのストーリーから浮かんだ言葉もあれば、制作中のリアルな自分から落とし込まれた言葉もあるんですね。
はい。僕の主観ですけど、日常の「これ、ちょっと面白いかも」とか、くだらないことをあまり無下にしちゃいけないような気がしていて。もちろん真面目なのがいちばんいいんですけど、「人」が見えるものが大事なんだなって最近改めて気づきだして。そういうものも捨てずに曲作りにトライできたことが、僕の中ですごく意味があったと思います。
──今の話は、ポップスとは何かという話でもあるし、クボタさんにとっても大切な話だと思うからもう少し聞いてみたいんですけど、そう思うようになったきっかけはあるんですか。
うーん、なんでしょうね……歌モノにトライした数年間だったんですけど、ちょっとふざけていたりドラマがあったりしたほうが、曲を愛せるし、自分の話になるというか。言葉選びが難しいんですけど……よりクボタカイらしいというか。「その人らしい」って大事だと思っていて。どの職業においてもそうだけど、音楽ってよりそうで、しかも自分の名前で活動している以上、いちばん大事なところかなと思ってます。もちろん「いい作品を作る」という軸はブレないんですけど、自分から出たものとか「これが僕だ」と思うものを、いいところも悪いところも含めて落とし込んだり、日常のちょっとした「ふざけ」を入れたりするのが大事だなって。振り返れば、昔から僕の音楽はそういうものからできていたなとも思ったんですよね。失恋して自転車を立ち漕ぎして帰って、そのまま作っちゃった……っていう物語も、バカバカしいけどピュアだなと思うし。“Wakakusa Night.”で曲名にピリオドをつけたのは「あの夜に終止符を打ちたかったから」っていう理由で、すげえ中二病臭いけど(笑)、そういうのもなんかいいなと思って。そういうふざけ、ひねくれ、ひねりとかは、これから制作するうえでもっと比率を増やしていこうと思いました。ありがたいことにそれをドラマのタイアップの作品でできたことに、意味があったと思ってます。
──続く“フラッシュバックメモリーズ”は、ドラマ『マイストロベリーフィルム』への書き下ろしですが、これはドラマの台本からどんな着想を得て書き始めたのでしょう。やっぱり「楽しい」っていうグルーヴは伝わると思うんですよ。「楽しい」は作るものじゃなく、もともとあるもので、それをそのまま出すということだから
ドラマが高校生の青春を描いた物語で。主人公の光と千花が学校で8mmフィルムを見つけて、その映像を再生するんですけど、映像の中に美しい少女がいて、光がその子に恋しちゃうんですよ。フィルムを軸にいろんな物語が展開されるというドラマで、映像の奥にいる大切な人を描きたいなと思って書いた曲です。たとえば、もう会えない人とか全然会ってない人がスマホの写真フォルダの中にいて、見返した時に「懐かしいな」「あの時好きだったな」ってなることがあると思うんですけど、それをこの音に合うような温かい歌詞で書きましたね。
──確かにありますよね、昔の写真が急に目に入って胸がグーッとなる瞬間。
そうそう。その感覚がちょうどあったので。ドラマではそれが8mmフィルムで描かれていて、現代ではスマホで起こることだと思うけど、そのどちらにも寄らないように書きましたね。
──この曲も自分から出てくるものを入れることを意識していたんですね。この曲も一つひとつの音に、そこで鳴らなきゃいけない意味が明確にあるような作りになっていると思いました。サビ前にジリジリというアナログ的な音を入れて、サビでキラキラした音が入ってくるのも、ドラマの内容や「記憶」というテーマから必然的なことだったんだろうし、メロディにおいても、たとえばサビの後半で同じメロがリフレインするところは記憶が巻き戻っていく描写をそのまま表現しているように感じて。
これは歌モノでラップはないんですけど、やっぱり韻を踏みたくなっちゃうというか。《君がいない》《僕もいない》《知らない》《会いたい》《まだ痛い》とか、韻とリフレインが生むグルーヴが好きで。昔の曲でいうと“せいかつ”のような。そういうグルーヴを作りたいなと思っていたんですけど、「巻き戻す」「フィルムを巻く」というテーマの曲でそれができたのは、偶然の産物だから嬉しいですね。ドラマにMIDIコントローラーを持ち歩く、音楽を作っているキャラクターがいるんですけど──自分も高校生になったような気持ちで、あまり作り込みすぎずに、音数をシンプルにしました。キーボードの(中村)圭作さんが、2サビ終わりとかアウトロのキーボードのエフェクトを「これ違うな……」ってずっと研究していたのが面白くて(笑)。それこそドラマのキャラクターみたいに、圭作さんが音楽少年になっていたのがめっちゃ面白かったです。キーボードの音、めちゃくちゃかわいくて。
──そうやってミュージシャン同士で笑い合いながら作っていったような雰囲気が音に出てますよね。
それがすごく大事だなと思っていて。さっきの話の通りなんですけど、やっぱり「楽しい」っていうグルーヴは伝わると思うんですよ。それはSNSにおいても、何においてもそうだと思う。自分が美味しいと思ったものじゃないと提供しちゃいけないと思うし──「楽しい」というグルーヴは作るものじゃなく、もともとあるもので、それをそのまま出すということだから。今回の2曲は特に楽しかったですね。「楽しい」は絶対に伝わる……「楽しい」というより、「面白い」かな。「面白い」って伝わるから、その嗅覚を研ぎ澄ませたり、ちゃんと信じたりすることが今年の目標ですね。
──今回はまったく違う曲調の2作が連続リリースされましたけど、「何をやってもクボタカイになる」みたいな、クボタカイのポップスとしてできるサウンドの範囲が広がっている実感もありますか?
そうですね。その中でも、今は「ギターの音が全部聴こえるようにしよう」みたいな縦の軸をちゃんと決めているので、バラバラなサウンドにはなっていないのかなと。(サウンドの)横幅よりも、「その1曲がどれだけ刺さるか」ということを考えてます。ラップもできて、歌も歌えて……みたいなことは重要ではなくて。それはただの手法だから、そのラップで感動させられるか、どういう歌を歌うか、それがひとりの人にどれだけ刺さるのか、何人に刺さるのか──そういうことにこだわりたいですね。
──取材前にクボタさんの曲を初期から振り返って聴いていたんですけど、良質なポップスを作るということにおいて、どこかで明らかにギアが変わってる気がしました。その意識として、大きなターニングポイントとなった時期や作品は何かありますか?
それはまさに今だと思いますね。それこそ車で喩えると、ギアを上げる時期やハンドリングを上手くする時期みたいなものがあって、今はその両方というか。「歌モノと向き合ってみる」とか、いろんなチャレンジをやったうえで、「今の自分が出せる最高の曲ってなんだろうな」というところから、改めて原点に立ち返っている時期で。だから……うん、いい曲を作りたいですね。そのうえで、毎回「今が転換期だ」って思えるような気持ちで頑張ります。嗅覚鋭めで曲を作っていきたいです。
スタイリング=渕上カン
●MV
“gear5” MV
●リリース情報
配信シングル『gear5』
配信シングル『フラッシュバックメモリーズ』
提供:ワーナーミュージック・ジャパン
企画・制作:ROCKIN'ON JAPAN編集部