【インタビュー】Official髭男dism、新作『Rejoice』のすべて──困難を乗り越えて辿り着いた、ポジティブで揺るぎない大傑作を4人で語る

【インタビュー】Official髭男dism、新作『Rejoice』のすべて──困難を乗り越えて辿り着いた、ポジティブで揺るぎない大傑作を4人で語る
アルバム『Traveler』のときよりも、『Editorial』のときよりも、断然おおらかで笑いの多いアルバムインタビューになった。「感覚で」とか「力が抜けてきた」とか「面白いアルバム、ハッピーなアルバムにしよう」みたいな解放的な言葉がメンバーの口からポンポン飛び出して、このアルバムがいかに今のヒゲダンの自然体そのものから生まれた作品であるかがよく伝わってくる。

急激な環境の変化の緊張感の中で作った『Traveler』とも、自分たちの音楽や自分たち自身と向き合いながらその揺れ動きの中で生まれた『Editorial』とも違う、おおらかなポジティブと揺るぎない強さに包まれたアルバム、それが『Rejoice』だということがよく伝わってくる。本当に、『Rejoice』はそういうアルバムだ。

だが、このアルバムの制作期間が彼らにとってハッピーな時期だったかといえば決してそんなことはない。ボーカルの藤原聡が声帯ポリープを発症し、バンドは3ヶ月間休むことを余儀なくされた。病気と向き合う苦しみも将来への不安も、それは計り知れないほど大きかったはずだ。それを乗り越えてこのアルバムは生まれた。

音楽に向き合うポジティブでおおらかな姿勢と、大きな苦難を乗り越えた強さと潔さと、その両方がポップにダイナミックに炸裂するアルバム『Rejoice』。その誕生の経緯と思いを、4人はすべて語り尽くしてくれた。

また、発売中の『ROCKIN'ON JAPAN』9月号では、さらに多くの撮り下ろし写真とともに、このインタビューの完全版と『Rejoice』完全レビューを収録。藤原の声帯ポリープ療養についての話は本誌でしっかりと丁寧に語ってくれているので、そちらもぜひチェックしてもらえると嬉しい。

インタビュー=山崎洋一郎 撮影=太田好治


コロナ禍でライブができなくなって、声出しライブが解禁されたら自分の声が出なくなって。絶望の淵に立たされると、シンプルな、ポジティブな言葉に助けられる瞬間があった(藤原)

──約3年ぶりのメジャー3rdアルバム『Rejoice』、本当に素晴らしいです。自由奔放なシングル曲たちをよく1枚にしたなと思うし、シングルでリリースされたときに感じた曲の意味合いが、アルバムに収録されると違うものになっていて。すべての曲がポジティブになっているというヒゲダンのマジックを感じました。まず、この『Rejoice』というタイトルやテーマは、どういうふうに生まれたの?

藤原聡(Vo・Pf) 前作の『Editorial』が内面を掘っていくアルバムだったから、次はもう面白い、ハッピーなアルバムにしようっていうみんなの共通認識が3年ぐらい前からあったかな。

楢﨑誠(B・Sax) そうだね。

藤原 『Rejoice』っていう言葉は元々知ってたんですけど、日を重ねるごとにだんだん言葉がこっちに歩み寄ってきたイメージで。おまえ、次のアルバム『Rejoice』にしろよって(笑)。で、『Rejoice』ってどうですか?ってみんなに話したら、一発で「いいね!」って感じでした。今年の2月にロサンゼルスに曲作りに行ったときにゴスペルを観に行ったんですけど、チャーチでゴスペルバンドのセッションを観たら、《Rejoice》って繰り返し歌っていて。そのパワーとかポジティブさに、すごくシンパシーを感じて、このタイトルでよかったなって思いました。でも、『Rejoice』というタイトルになる前から、このアルバムのカラーは決まっていたと思います。

──「喜ぶ」とか「喜び」という意味では、「Rejoice」よりも「Enjoy」とか「Joy」のほうが言葉としてポピュラーじゃないですか。その中で「Rejoice」という言葉を選んだのは、どういうニュアンスにおいてですか?

藤原 「Enjoy」とか「Joy」より、「Rejoice」のほうがかっこいいなって(笑)。

一同 (笑)。

藤原 あと、「Re」がついてるので──本来の意味と違うんですけど──コロナ禍とか僕のポリープで奪われたものを、ここから全部取り返しに行く、明るい未来に「Re」っていうのが、心に染みたのかもしれないです。

──メンバーみんなも、今回のアルバム制作は「Rejoice」というイメージの中で進めてきたの?

松浦匡希(Dr) そうですね。でも、言葉に引っ張られるというより──。

藤原 「タイトルがこれだからこうしよう」というムーブが、みんなにあったかというとそうでもなくて。「こっちのほうが踊れるね」とかはあったんですけど、タイトルが『Rejoice』じゃなくても、そうしてた気がするよね。

小笹大輔(G) 収録曲を選ぶときには考えるけど、曲を作ってる最中は、曲単体のことだけを考えているような気がする。

楢﨑 でも、大きな動きとして「タイトルがこんな感じ」ってなったら、バンドのマインドはそっちになるものなんじゃないかな。バンドとしてなんとなく今度はこっちに行きたいよねっていう感じが、そのままじんわりプレイに出たり、ジャッジに出たりするのはあるかも。

藤原 サブリミナルな感じだよね。

──“Anarchy (Rejoice ver.)”は明確にそれが出ている曲だよね。この曲のアレンジは、「Rejoice ver.」だから生まれたという気がするけど。

藤原 “Anarchy”は一昨年のツアー(「Official髭男dism one-man tour 2021-2022 -Editorial-」)でああいうアレンジにしてたんです。このほうがテンション上がるね、っていう理由で。でも、このバージョンをアルバムに入れたいと思ったのは、『Rejoice』という箱の中に曲を入れるうえで持ち上がった話でもあるのかもしれないです。

楢﨑 それこそサブリミナルというか。ライブでやるときは元々の“Anarchy”よりドーン!って来るようにしたいって思ったのが、「Rejoice」というイメージにも近かったという。言葉とアレンジ、どちらが先だったかと言われると、実際は“Anarchy (Rejoice ver.)”のほうが先なんですけど、それこそが「バンドがこっちに行きたい」という概念を表してると思うんです。

松浦 「Rejoice」という言葉があったから、そういう曲が生まれることもあると思うんですけど、僕は曲単位で、瞬間的に生きています。風の向くまま、気の向くままみたいな感じで。だから、なるべくして「Rejoice」になったというか、偶発的だけど運命だったのかなという捉え方です。


──藤原くんってどの曲でも、ものすごく大きなものに向き合ってる感じがするんだけど、今回のアルバムは、ものすごく大きなものの全体をマクロな視点で全部おさめて、しかもポジティブなほうに持ち上げようとする力強さ、頼もしさ、そしてある種の無責任さみたいなものを感じて。そこが、このアルバムのものすごいところだなと思うんです。

藤原 コロナ禍以降、散々な目に遭ってきたんです。コロナ禍でライブができなくなったのはみんなもそうですけど、それプラス、僕は声出しライブが解禁されたタイミングで自分の声が出なくなって、いっぱい嫌な思いをしてきたんですよね。『Editorial』のときも、嫌な思いに半分やられながら曲を作っていたんですけど、当時は自分の心の中にポジティブな言葉を嫌う部分があった。でも、絶望の淵に立たされると、シンプルな、ポジティブな言葉に助けられる瞬間があって。「無責任さ」というのは、そこにあるのかもしれないですね。僕が、無責任かもしれない言葉や音楽に奮い立たされてここまでやってこられたというのがあるのかなと思いました。ただ、かなり直感的に作ったアルバムなので、「こういう思いでやってきたからこういうふうにしよう」という思いが明確にあったわけではないです。特にアルバム曲は、直感的に作ることを大事にしましたね。

【インタビュー】Official髭男dism、新作『Rejoice』のすべて──困難を乗り越えて辿り着いた、ポジティブで揺るぎない大傑作を4人で語る

“Chessboard”みたいなスタジアムで鳴らせる音も作れるし、“TATTOO”みたいな休符がいっぱいあるサウンドも楽しめる。ひとつのバンドでこれだけ楽しめるのは、非常に幸せです(藤原)

──コロナ禍や藤原くんの声帯ポリープ発症という厳しい現実と向き合った3年間だったと思うんだけど、バンドも藤原くんもその時期を乗り越えられた。それが、アルバムにもいい形で出ているなと思います。特にアルバムの1曲目の“Finder”では、再び音楽の世界に入っていく瞬間を歌っているし、“Get Back To 人生”では人生に戻ったと歌っている。めちゃくちゃストレートな曲だなと。この2曲は、いつ作ったの?

藤原 “Finder”のアイデア──『Editorial』の最後の曲(“Lost In My Room”)のアウトロを次のアルバムの1曲目に繋げるというアイデアは、『Editorial』を作り終わったときからありました。でも、いつメロディを作ったかは、あんまり覚えていなくて。歌詞も覚えてないですけど、ずいぶん前に作りましたね。

──この《孤独と我慢の日々は終わった/僕らの未来がまたここから 始まる》は、すごくストレートな歌詞だと思った。

藤原 僕自身もそうですけど、みんなコロナ禍以降で我慢してきたものをちょっとずつ取り返していると思いますし、多くの人が生きていく中でそういうものにぶち当たって奮闘してるんだなと思って。ライブでは顔を合わせて楽しい時間を過ごしてますけど、一人ひとりにフォーカスしていくと、前日に仕事ですっげえ大変なことがあったかもしれないし、なるべくそういうところまで届いてくれたら嬉しいなと思ってます。僕は僕のリアルを書くしかないので、わかったふりをするつもりはないけど、まったく一緒じゃなくても、共通する熱や辛さ、同じ色味のものはあるだろうという思いで、曲を作っているので。

──このアルバムは、シングル曲も含めて1曲1曲に音楽の可能性の無限さと自由さとダイナミズムがあるんだけど、それと同時に、聴き手の近くに寄り添うような安心感もあって。そして後半に行くにつれて、普遍的で大きなテーマもしっかりと見えてくる、すごくよくできているアルバムだと思うんです。既発のシングル群に加えて収録された新曲がその効果をすごく生んでいると思うし、曲順もお見事です。

楢﨑 おおー、よかった! 実はギリギリで「やべえ、曲順決めないと」ってなって、みんなで……直感的にやったんですよ(笑)。

一同 (笑)。

藤原 でも、始めたらすぐに決まった。楽しかったですね。

──このアルバムの曲順を解説すると、1曲目“Finder”から4曲目“SOULSOUP”までは、音楽のリミット解除というか、音楽の自由を提示する、高揚感に満ちたパート。で、5曲目“キャッチボール”から“日常”、“Iʼm home (interlude)”、“Sharon”、“濁点”──“Subtitle”までかな。このあたりは、そこまでダイナミックになれない僕たち一人ひとりの心に寄り添うような視点で書かれた曲だし、そういう聴き方ができる曲になっているなと。

楢﨑 ほんとですね。

──そして、後半の“Anarchy (Rejoice ver.)”“ホワイトノイズ”、“うらみつらみきわみ”までは、もうひと暴れするぞ、という流れ。で、“Chessboard”、“TATTOO”は、この3年間でヒゲダンが掴んだ大きなテーマと普遍的な世界観が描かれている感じがします。そして最後、“B-Side Blues”で、30歳を越えたひとりの人間の人生観みたいなものにスッと戻る。個々人が癒やされるような作品性でありながら、最後にリアルな実感も味わえる作りになっている。

藤原 『Rejoice』と題するからには、「その曲がなんの喜びか」はなんとなく脳裏にあって。おっしゃる通り、曲のカラーでいうと、1曲目から4曲目までは、長きにわたるプロジェクトが終わって「お疲れ様でした、乾杯!」っていう感じなんです。そこから先、“Subtitle”までは、ちょっとシリアスな喜びというか、仕事帰りに家で飲む1本の缶ビール、みたいな喜びで。手放しでスーパーハッピーというものではなく、堕落していく自分を呪うのではなく、堕落できる喜びを感じているというか。そういうふうに1曲1曲に喜びがあるのかなと思いますし、この曲順は必然だったのかもしれませんね。すごくわかりやすい解説をしていただいて、ありがとうございます。

──“TATTOO”はこの位置に置かれると、こんなに大きなテーマを歌ってたんだ!と改めて伝わってきた。

藤原 ここに置かれるのが、“TATTOO”の妙ですね。

──人間同士の曖昧な関係の大切さや、かけがえのなさを、すごくうまく表現している。

藤原 僕たちって、あんまりSNSやらないんですよ。でも、SNSで公になってないところに、すっげえ楽しい日常がいっぱい詰まってるんですよ。人からは見えていないけど、自分の心には日々の思い出がタトゥーばりに刻まれてる。それが、自分と、自分の大事な仲間には見えている。その絆をこの曲では大事にしたかったし、それが生きていくうえでのひとつの自分の答えだなと思ってます。


──一方“Chessboard”では、大きなテーマを大きく歌っていて。“Chessboard”だけだと大きなテーマで終わるんだけど、一見日常を歌ってると思わせながら真実が落とし込まれた“TATTOO”と並んでいるのが素晴らしいと思います。

藤原 この力の抜き加減だと思うんですよ。僕、自分のバンドですげえいいなと思うのは、“Chessboard”みたいなスタジアムでバーンって鳴らしても遜色ない規模の音も作れるし、“TATTOO”みたいな休符がいっぱいあるようなサウンドも楽しめるところで。ひとつのバンドでこれだけ楽しめるのは、非常に幸せです。

次のページ“TATTOO”から“B-Side Blues”への流れが、『Rejoice』にある喜びの中でも、自分の中にある何かにグッと帰結して終わってて、めちゃめちゃきれいだなって(小笹)
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