【インタビュー】『ルックバック』の音楽を手掛けたharuka nakamuraが語る、作品と自身のシンクロ、北国の共感覚──ドルビーシネマ上映記念、ロングインタビュー

【インタビュー】『ルックバック』の音楽を手掛けたharuka nakamuraが語る、作品と自身のシンクロ、北国の共感覚──ドルビーシネマ上映記念、ロングインタビュー - © 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会
6月28日に公開された映画『ルックバック』のあまりの素晴らしさにひれ伏した人は多いだろう。藤本タツキによる同名コミックをアニメーション映画化したのが本作だが、そもそも原作が付け入る隙のない大名作なだけに、個人的には正直、「わざわざアニメ化する必要があるのか?」と思っている節もあった。だが、スクリーンでこの映画を観た瞬間──夜空に浮かぶ月から徐々にとある家へとフォーカスされ、同時に美しいピアノの旋律が流れ出したあの瞬間だ──ああ、これはとても幸福なアニメ化だ、とすぐに思えた。マンガをアニメーションにする時、原作と寸分違わずそのままの流れで作れば良いアニメになるかといえば、決してそういうものではない。いかにしてコマとコマの間を想像し、風景の色を感じ取り、流れる音に耳を澄ませるか。そういう解釈の深さがアニメ化の明暗を分けるわけだが、押山清高監督を始めとしたこの映画の制作陣は、誰もが唸る精度でそれをやってのけた。単行本1冊で描かれた、ふたりの女の子の人生や心の機微や街の風景、彼女たちの創作の中身に至るまで、すべてが確かにここに詰まっていた。もう一度言うが、こんなに幸福なアニメ化はないと思った。
そんな大傑作において、非常に重要な役割を果たしたのが音楽である。劇伴・主題歌を手掛けたのは、青森県出身の音楽家、haruka nakamura。これまでもドラマ、映画、CMなどの音楽をいくつも手掛けてきたが、劇場アニメーションの音楽制作は今回が初。運命的なめぐり合わせから始まった『ルックバック』での制作について、そして、本作とシンクロするその人生について、一つひとつ丁寧に語ってくれたインタビューをお届けする。
9月13日からは、より鮮やかでリアルな映像やサウンドが楽しめるドルビーシネマ/ドルビーアトモスでの上映もスタートした。以下のテキストでその音楽の背景に触れたなら、きっともう一度、より良い環境で映画『ルックバック』を体験したくなるはずだ。

インタビュー=安田季那子


僕は長い間、旅をしながら音楽を作ってきていて。よく風景から音楽が聴こえてくるようなことが多かったのですが、僕はそれを「音楽のある風景」と呼んでいて。まさに『ルックバック』は音楽がハッキリと聴こえてくる物語でした

──『ルックバック』の公開から3ヶ月ほどが経ちますが、作品の反響はharukaさんのもとにはどんなふうに届いていますか? 本作が大きな感動を生んでいることについて、今、どのようなお気持ちでいらっしゃいますか?

映画の制作チーム全員で真摯に作品に取り組んできた日々がみなさんに届き、口コミでロングランとなり、こうしてドルビーシネマ、ドルビーアトモス上映だったりと広がっていくことは、近年では珍しいことだと伺っています。とてもありがたいです。藤本タツキ先生の原作『ルックバック』を読んだ時に、僕も深く感動した読者のひとりでしたので、僕ら制作チームの本作に懸けた創作の情熱というか、振動が、今こうして波紋のように広がっていってくれてることを本当に嬉しく感じています。周りのクリエイターからも感想をいただくことがとても多いですね。画家や料理家、写真家さんなど、音楽以外の方からも。

──確かに本作は、創作に懸けたことのある方にこそ正面から突き刺さる物語でもあるので、各種クリエイターさんから感想が来るというのも納得です。完成した作品に対しては、harukaさんは率直にどんな感想を抱きましたか?

原作に深く感動していたので、映画になった時に一体どんな作品になるのだろうかと、音楽依頼を受けた時からいろいろ想像してはいましたが、押山(清高)監督はこちらの想像なんかを遥かに超える素晴らしいアニメーションを完成させてくれました。押山監督はギリギリ試写の前日くらいまで描いていたという話を舞台挨拶でも話されていましたが、本当にその、創作に対する熱意は鬼気迫るものでしたね。深く深く掘り下げていく。音楽も「フィルムスコアリング」という手法で、コンマ単位で監督のアニメーションに沿うようにテンポ、リズムを合わせて修正を繰り返しましたし、創作と創作のぶつかり合い、混ざり合いによってこそ生まれる調和というか。その熱量がスクリーンから伝わってくれていると嬉しいです。


──原作に感動されていたとのことですが、harukaさんが劇場アニメの劇伴を手掛けられるのは『ルックバック』が初めてだったかと存じます。『ルックバック』とのコラボレーションが決まった際、率直にどのように感じましたか?

これはサントラアルバムのライナーノーツにも書かせていただいたエピソードなのですが、僕は故郷が青森で、帰省した時に幼馴染のバンド仲間がやっているカレー屋に行ったところ、そこに『チェンソーマン』が全巻揃って置いてあったんですね。その時、僕はまだ読んだことがなくて。興味を示していたら「こんなに面白いマンガを、まだ読んでないのか?」と、そのカレー屋の友達に笑われてしまって(笑)。なんだかとても気になったので、それからすぐ読んでみたら止まらなくなり、あっという間に読み終えてしまって。なんだろうこの衝撃は、と。他の藤本タツキ先生の作品も気になって、夢中になって読み漁っていたところに、映画『ルックバック』のお話が来たのです。それは青森のカレー屋で『チェンソーマン』に出会ってから、まだ1週間ほどのことでした。

──すごいタイミングですね! 具体的に、『ルックバック』あるいは藤本タツキ先生のマンガのどんな部分に魅力を感じられたのでしょうか。

幼馴染のカレー屋で『チェンソーマン』に出会ってから、ほぼ一気に藤本先生のすべての作品を読みましたが、中でも『ルックバック』は強烈な印象でした。創作者としても胸を打たれましたし、主人公たちに共感することも多くて。読んでいる最中から、マンガから音楽が聴こえてきていました。僕は長い間、旅をしながら音楽を作ってきていて。よく風景から音楽が聴こえてくるようなことが多かったのですが、僕はそれを「音楽のある風景」と呼んでいて。まさに『ルックバック』は音楽がハッキリと聴こえてくる物語でした。

【インタビュー】『ルックバック』の音楽を手掛けたharuka nakamuraが語る、作品と自身のシンクロ、北国の共感覚──ドルビーシネマ上映記念、ロングインタビュー - 今回掲載したのはドルビーシネマ版の場面カット。より繊細な表現を可能にするドルビービジョンの映像で作品をさらに楽しめる今回掲載したのはドルビーシネマ版の場面カット。より繊細な表現を可能にするドルビービジョンの映像で作品をさらに楽しめる

マンガを読んだ時に聴こえてきていた音を大切にすること。頭の中で鳴っていた音楽を、なるべく濾過せずに、降りてきた音を素直に、ストレートに音楽に落とし込むこと。絵コンテを観ながら即興的にピアノを弾いたファーストテイクを大切にしました

──そもそも、harukaさんの音楽家人生において、映画やアニメーションの劇伴を手掛ける、というのは想像していたことだったのでしょうか?

これまで作ってきた音楽にはゲストボーカルを招いた歌の曲も多いのですが、基本的にはピアノやギター、アンビエントなどが主体のインストを作ってきていて。昔からアルバムを作る時は、「架空の映画のサウンドトラック」的なイメージを持っていたりしました。物語や風景を想像できるシネマティックな音というか。3年前に東京から北海道に移住したのですが、それまではずっとライブをしながら旅を続ける生活だったので、なかなか、じっくりと制作する時間を持てていませんでした。今は北海道で制作と向き合える日々が始まっていて、そんな良きタイミングで映画のお話が来てくれたのです。映画は昔からとても好きですし、幼少からマンガやアニメーションで育ちましたから、ごく自然に慣れ親しんでいて。映画に携わることを想像していなかったわけではなく、ありがたいタイミングが訪れてくれた感覚です。

──『ルックバック』に携わることが決まってからは、どんなことを大切にしながら制作を進めていったのでしょうか。 

マンガを読んだ時に聴こえてきていた音を大切にすること。頭の中で鳴っていた音楽を、なるべく濾過せずに、いろんな情報や、自我のフィルターを通さずに、降りてきた音を素直に、ストレートに音楽に落とし込むこと。事前に作曲や複雑なアレンジを行わずに、たとえ音楽的にはやや素直すぎたとしても、絵コンテを観ながら即興的にピアノを弾いたファーストテイクを大切にしました。僕の音楽は、そこからすべてが始まります。押山監督からも、物語から受けた直球の、素直なエモーショナルな部分を大切にしてほしいとリクエストを受けていたので。

──なるほど。

そして、なるべく物語の順序に沿って作っていきました。映画で言えば順撮りというのでしょうか。サントラの1曲目から順番に。ですから映画の冒頭のイントロのピアノから、制作は始まっていきました。コラボレーションでは向き合う相手へのリスペクトと感動から生まれてくるメロディを大切にしたいと思います。うまく言えませんが、音だけではなく、相手から発せられている想い、熱量のようなものを「聴く」というイメージでしょうか。

──先ほど、『ルックバック』では「フィルムスコアリング」という形で制作されたとおっしゃっていましたよね。サントラの1曲目から制作を始め、かつフィルムスコアリングだったからこそ、物語と音楽とのあの一体感が生まれたのだなと感じますが、制作過程で苦労した点、あるいは楽しかった点はどんなところでしたか?

「フィルムスコアリング」は映像に音楽を合わせていく制作方法なので、できあがっていくアニメーションに合わせて音を細かく修正する作業は重要でした。音楽制作スタートの段階ではまだアニメーションは絵コンテの状態。押山監督の描かれる絵を想像しながら、だんだんと完成に近づいていくにつれ、音楽もテンポやリズムを合わせて併走していくような作り方です。音楽制作として参加してくれた、マネージャーも務めているone cushionの山口響子さんとの二人三脚の共同作業で、細かくコンマ単位での修正や音楽の入りのタイミングなど調整を繰り返しました。確かに苦労はしましたが、押山監督の絵が完成に近づく度に想像を超えて刺激され、こんなに素晴らしい映像作品なのだから、とことん向き合って合わせたいと。静かに燃えるような、根気が必要でしたが愉しい作業でもありました。

【インタビュー】『ルックバック』の音楽を手掛けたharuka nakamuraが語る、作品と自身のシンクロ、北国の共感覚──ドルビーシネマ上映記念、ロングインタビュー

──そんなふうにして作られた劇伴全15曲の中で、アニメーションと一体になった際に特に感動した楽曲というと?

原作を読んだ時から、藤野が雨の中で踊り出してしまい、駆け抜けていくシーンからは頭の中で、しっかりと音楽が聴こえてきていて。映画のサントラでの曲名は“Rainy Dance”としましたが、あのシーンはマンガを読んだ時に鳴っていた音楽が、わりとそのまま録音できたように思います。押山監督の最高のアニメーションと合致した時の喜びを言葉にするのは難しいですが、その親和性にはとても、感慨深い思いがしました。

次のページ『ルックバック』と重なる部分は人生観的にもとても多くて。内省の井戸に潜り、もう一度見つめるようなきっかけにもなりました
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