名古屋出身のボーカリスト・猪﨑宙生(いざきそらい)のソロプロジェクト・
Ciely。ロックシーンの20年史を余さず血肉としたようなアグレッシブなサウンドに踊る、鋭利なラップとヒロイックなメロディラインは、今年に入ってリリースされたアルバム『M.H.W』、そして最新楽曲“DEFIANCE”とリリースを重ねるごとに冴えを増し、多くのリスナーを取り込みつつある。
Cielyとしての活動は間もなく4周年というタイミングではあるものの、そのオルタナティブにしてポップなミクスチャーサウンドを確立するまでの道のりには、10年近いバンドキャリアや多くのトライ&エラーが存在する。初登場となる本インタビューでは表現者としての出発点から振り返るとともに、新曲に込めた反骨心と感謝のメッセージ、この先に向けて目指すべきビジョンなど、その胸中を赤裸々に明かしてくれた。
インタビュー=風間大洋 撮影=Takeshi Yao
中3くらいにアニメの主題歌でたまたまUVERworldやSPYAIRが流れた時、「俺はこれになる!」って思っちゃった(笑)
──Ciely名義での活動は2022年からですが、それ以前にも音楽活動はしてたんですよね?そうですね。曲を書いて歌うことを始めてからは11、12年になります。18、19の頃からライブハウスで出会った人たちと組んだバンドをプロジェクトみたいなテンションでやっていたので、そのスタイルがたぶんソロプロジェクトに踏み出すきっかけにもなったのかなと思ったりするんですけど。
──もう少し遡ると、幼少期や学生時代はどんな音楽に影響を受けてきたんですか?両親がもともとバンドをやっていたのもあって、音楽自体に触れる機会もあったしずっと好きだったんですけど、自分で本当にやりたいと思ったのは……というかステージに立ちたいと思ったのは中学1年生の時で、それはダンスだったんですよ。
──ダンス?ダンス。とにかく男性アイドルが好きすぎて、自分でも習ってみたり文化祭で踊ったりしてた時期があって。それは音楽をやるという自我ではなかったと思うんですけど、目立つということにたぶん──
──チヤホヤされる快感?はい(笑)。そこから好きになっていったんだと思います。で、中3くらいで急にロックバンドというものに切り替わって。観ていたアニメの主題歌でたまたま
UVERworldや
SPYAIRが流れた時に、こんなに攻撃的なことを叫びながらライブをする人がいるんだ!?ってなったんですよ。そこで「俺はこれになる!」って思っちゃった(笑)。
──そこにラップの要素が加わったのはどういう経緯だったんですか?ラップに関してはバンド時代は全く触れてこなくて、自分の中でソロを始めるぞとなったタイミングで……自分に武器がないような気がしたんですよね。バンド時代には「うちのギターはこういうことができる」「ベースはこんなことができる」みたいな部分で自分を保っていた節があったけど、それをすべて背負わなきゃならないとなった時に、自己評価的にはボーカルでギターソロやスラップベースのような見せ場を作れないと思ってしまって。
──なるほど。ルーツに立ち返ったら、アイドルやダンスボーカルグループのJ-POPを聴いていた時も、好きだったのはラップだったんですよ。当時はそれを「早口な曲」という認識で聴いていたことを思い出して。その辺の曲を聴き返してたタイミングで、今のサポートギターの(服部)匠真って奴から「カラオケでHilcrhymeとか歌ってる時の声、似てるよな」みたいなことを言われて。そこから
SKY-HIとかも聴くようになって、「高ラ」(高校生RAP選手権)とか「フリースタイルダンジョン」の映像もめちゃくちゃ観たり、気づいたらみるみるそっちのシーンにどハマりしていってました。そこで気づいたのが、いわゆるヘッズたちがワーッと上がる瞬間ってバンドでいうギターソロや!ってことで、「これだ!」「これをやれるようになろう」と練習し始めたのがきっかけでした。
──歌で勝負できる感覚が湧かなくても、他の楽器を弾くとかには行かなかったんですね。振り返ると、初期衝動としてのUVERworldやSPYAIRに関しても、ボーカルに衝撃を受けてるんですよ。「これになる」の「これ」はバンドじゃなく、バンドのボーカルだったんだろうなと思います。
──ああ。スタート地点に文化祭で踊って脚光を浴びた経験があるから、やっぱりフロントマンに惹かれるのは自然な流れかも。そうですね、今振り返ると(笑)。
ソロになっていろいろなことを経験していく中で、どこかで夢を捨ててたかもって思った
──そうしてラップという武器を手に入れて、ソロになってからの活動はどう変わりましたか?いちばん変わったと思うのは、バンドをやってた時は「これをやろう」と言った時にメンバーが出してくれる答えがイエスでもノーでも、誰かが判断してくれるから迷いがなかったんですよね。だから、自分しかゴーサインを出せないソロの環境に苦しんでた時期はありました。めっちゃ簡単な話、誰にも褒められないんですよ(笑)。ライブでやってみて対バン相手やPAさんに「よかったよ」って言われてやっと「ああ、よかったんだ」って思える。それを繰り返してた気がします。
──ソロだと必ずしもバンド界隈とだけ対バンするわけじゃないだろうし、迷いはついて回りますよね。いやもう、ひとりになってからはラッパーとかダンスボーカルグループもいるようなシーンに飛び込むことになって、ペンライト振ってるお客さんの前で「オラァ!」って言ってる、みたいな日も全然ありました(笑)。Cielyのライブは今でも結構オラオラしてるんですけど、余計にオラオラしてたというか、誰にでも噛み付くようなスイッチが入ってたので……当時は嫌な奴だったと思います、僕(笑)。
──そこから今に至る転機は何かあったんですか?2024年に初めて応募したオーディションで優勝させてもらって、オープニングアクトとして「TREASURE05X 2024」に出た時のサポートメンバーが今もやってくれているんですけど。まず、最終審査の日に主催の方から「出るならバンドで出れる?」って聞かれたんですよ。全然誰のスケジュールも確認してないのに「出れます!」って答えて(笑)。……初めての野外ステージでお客さんもたくさんいる状態で、明確に覚えてるのが「俺はこれをやりたくて、これを目指してたのに、なんで今こんな感じなんだろう?」ってライブ中に思っちゃったんですよ。
──こんな感じっていうのは?当時のマインドですね。なんでいろんなことに迷ってて、なんで普段はバンド体制じゃないんだろう?とか。ソロになっていろいろなことを経験していく中で、どこかで夢を捨ててたかもって思ったのがまさに転機で。絶対にもう一度あそこに戻ってやるっていう気持ちになって、次の日にはチームの人にも「バンドセットだけでライブをやりたいです」って話をしました。ロックシーンに帰って、Cielyという名前をそこで轟かせられるようにしたいって。