売れることに唾を吐くぐらいの考え方もあるけど、そこに向かってのレースの中で何ができるか?っていうのが、僕のやりたいことですね
──PK shampooの楽曲って、細部に至るまで緻密に構成したものを「緻密な工芸品」として提示するんじゃなくて、最終的にそれがロックとしてドシャーンと響いた時にどうなるか?っていう、壊しの視点が一回入りますよね。
そうですね。アルペジオの音の構成とか、和音の積み方とか、めちゃめちゃ時間かけて考えるんですけど、最終的にマスタリングでバコーン!っていう音にするので、何も聴こえないっていう(笑)。でも、それは僕の中でガッツポーズで。「何も聴こえねえ!」って爆笑してる時間がいちばん好きですね。
──《なんか手を伸ばせば/届きそうな距離に感じたのは/あの星のとんでもない大きさのこと/僕が知らなかっただけ》っていう歌詞は、夢を追うことの難しさにも思えるし、大切な存在のことのようにも思えますよね。
まあ、さっきは「ロックスターに憧れはしない」みたいなことを言ったんですけど──辿り着けるかどうかは別として、目指す方角にそういう島の影が見えないわけではないわけですよ。そういう中で、そこに向かって漕ぎ出さないといけないんだろうなっていう。そこを目指してやらないと面白くないですからね。最初からアングラ志向というか、なんなら売れることに唾を吐くぐらいの考え方もあるじゃないですか。でも、一応はそこに向かってのレースというか航海があって、その中で何ができるか?っていうのが、わりと僕のやりたいことですね。「売れたい」っていう縛りがあったほうが面白いので。
──“Viva la fake star”はかなり展開の激しい曲ですよね。
これは僕自身というよりは、今の時代のTikTokとか、YouTubeショートとか、Instagramのリールとか──1分未満ぐらいで曲が流れていって、バズったりバズらなかったり、バズったと思ったらまた別の曲がすぐバズって古くなっていったり、っていうことがずっとスクロールされてスワイプされていく時代になって。僕は1曲もバズったことないですし、“還らざる光”1曲とってみても、どこを切り取ってバズるんだ?っていう話ですけど──。
──いやいやいや。
「おまえはバズりたくないのか!?」って、内なる自分が言ってきたりすることもあるし。だからと言って、そういう中で「あいつらしょせん一発屋だよ」とか陰口を叩くような人間にもなりたくないし。どちらかと言うと僕は、「一発屋だろお前」とか言われてる人間のほうにシンパシーを抱くんですよね、バズったこともないのに(笑)。流れ星みたいにヒューンと一瞬光って消えてっちゃう人もいるかもしれないけど、それだって星は星なわけだし。数秒でも世界を騙せたらそれでいいじゃないの、偽物の星バンザイ!っていう。僕自身、偽物の星なわけだし。今、褒めそやされたり炎上したりしてる人たちも、10年後、20年後には「あんなもん偽物だったな」って言われるかもしれないですけど、それでも星は星だったんじゃない?っていう考え方もあるし、そういうのを肯定したいなと思ったし。タイトルとか僕自身の話で言うと、さっき言ったクリスマスツリーのてっぺんの星──「静」の偽物だったんですけど。この曲はBPMをバーンと上げて「動」の偽物を描いた感じですね(笑)。
まあ、全部自分でやってることなので、結局自分っぽいものしか出てこないんですけど(笑)
──先行リリースされていた“Bad Boys Blue”は、美麗ハーモニーをフィーチャーした曲で。
書き始めたのが1年近く前で、僕がまたしても曲を全然書き始められなくて。地元の関西のビジネスホテルに1週間ぐらいカンヅメになってたんですよ。僕、大阪の北摂エリアっていう、京都との県境のところで生まれ育ったんですけど、そのあたりもウロウロしながら「何歌おうかなあ」ってテーマを探してて。そこで思い出したのが──中学の時に僕がよく行ってた、バラック小屋みたいな作りのたこ焼き屋さんがあったんですよね。周りにはスーパーかコンビニか公園ぐらいしかないので、昼休みとか授業を抜け出して、友達何人かとそのたこ焼き屋さんに行って、たこ焼きとかたこせんとか食べてたりして。おばあちゃんがひとりでやってる、昔ながらの関西っぽい店だったんですよね。僕らはグレるほどの根性もないし、スポーツも勉強もできなかったし、っていう感じなのを見て、おばあちゃんはいっつも「あんたらはほんと中途半端でもう、グレるやグレんやわからんで……」とか言ってきて、僕らも「うるせえババア!」とか言いながら。
──(笑)。
そのたこ焼き小屋のおばあちゃんが「将来何をしたいねん? これ見てみい!」って毎回言ってくるのは──僕が中学生だったその年に、金光大阪っていう近所の私立高が初めて甲子園に出場したんですけど、その時の地方紙の切り抜きが壁に貼ってあって。そのおばあちゃんの孫だか親戚の子だかが、そのチームにいるらしいんですよ。その話がしたいだけなんですよ。「知らんわ!」っていう話なんですけど(笑)。で、カンヅメの最中に、そのたこ焼き屋を探しに行ったんですけど、もう更地の駐車場になってて。食べログとかもなかった時代だし、ググっても出てこないし、もうおばあちゃんも亡くなったんだろうなと思うんですけど。でも、あのおばあちゃんが言ってた「あんたら、将来何をすんねん?」ってガーガー言われたことを思い出して。「俺は何をしたいんや?」と。今まで生きてきて「あの時、もっと素直にわかりやすく歌っとけばよかった」みたいな後悔ばっかりなんで。それをちょうど去年の夏頃に思い出して。自分のことが情けなくもあるけど、これたぶん、下手したら一生やるような気もするなって。それはそれで肯定したい自分もいるし。「今年の夏は俺、どうしたいんやろ?」っていう自問自答から歌詞を書き始めましたね。「自分で間違えたんだから、その先は自分で決めろ」と。
──その、肯定してあげたい気持ちの表れが、あのコーラスだったのかもしれないですね。
そうですね。今までのいろんな夏をレイヤーにして、透かし絵みたいに、今年の夏、あるいは来年の夏に借景させていく、っていうことをやろうと思ったら、そういうコーラスから入るのがいいかなと思って。テーマとも沿ってるのかなって。
──最後は“天王寺減衰曲線”、インディーズ時代の1stアルバム『PK shampoo.wav』に収録されていた曲の再録ですね。
21歳でギターを持って歌い始めて、それこそ10曲目ぐらいに書いた曲で。前のバージョンは稚拙なところもあったりして、ちょっとつけ足したり、差し引きしてみたりして、再録しました。ずっとライブではやってたんで、ちゃんとやっておこうかなと思いつつ。前のバンドで大阪のいろんなライブハウスに出てた時──今よりもっとひねくれてたんで、売れたいとか全然思ってなくて。ただ大きい音を出して暴れてただけなんですけど(笑)。でも、たまに1曲2曲歌ったりすると、ライブハウスの人に「メロディとかいいよね」とか「意外とちゃんとしたこと言ってんじゃないの?」とか言ってもらえて。「意外とちゃんと歌ってるんだから、恥ずかしがらずに歌えばいいのに」って──ちょっと見透かされてたんだと思うんですよね。逆張りしてるだけだって、自分でもわかってはいるんですけど、他人から言われるとギクリとするし、ムカついてくるし。で、今日買ったばかりのギターをへし折ったり、ドラムセットをバーカウンターに投げつけて出禁になったりとか──。
──(笑)。
そんなことばっかりしてて。天王寺Fireloop(現・寺田町Fireloop)っていうライブハウスでの打ち上げの時に、ライブハウスの人に「そんなんやってないで、おまえも4つ打ちのダンスロックの曲とか書けよ」みたいなノリで言われて、「じゃあ書いてきてやりますよ」って。飛び跳ねるような、踊れるような曲を書けばいいんだと思って。減衰する波形のグラフみたいな──「俺が一瞬飛び跳ねても、どうせこんなムーブメントすぐ終わるから!」っていう曲なんですよ(笑)。いじけてるだけですよ、今思うと。字面はちょっとかっこいい感じになってるんですけど、ひねくれすぎてて、タイトルの意味が全然伝わってないと思うんですよね(笑)。自分の中に《海が見えるまではこのまま真っ直ぐ》みたいなピュアな部分はあるんですけど、それを素直に出すのが恥ずかしい、みたいなところが今以上にあったんだと思いますね。でも、それをコミックソングみたいな歌詞とか、あるあるネタみたいにするギミックは、自分の中の自分が許さなくて。そういうひねくれ方ではないんだなあって」
──PK shampooの音楽には、ノイズが音楽になる瞬間みたいなスリルが常にあって。それは、積み上げたアレンジを音の渦に叩き込むサウンド面でのリアルさと同時に、自分を批評しつつ自分を紡ぎ出す詞世界のリアルの表れでもあると思うんですよね。それがよくわかるEP作品だと思います。
そうですね。ずーっと同じようなことを歌ってるなっていうところも正直あるんですけど。“天王寺減衰曲線”と“Bad Boys Blue”の歌詞を並べてみた時に、《どうせここから先まだ/長そうな道なんだし》(“Bad Boys Blue”)とか、《海が見えるまではこのまま真っ直ぐ/先は長そう》(“天王寺減衰曲線”)とか、ニュアンスは似てるところもあって。これを自己模倣と取るのか、注ぎ足し続けた秘伝のタレと取るのか(笑)。10年前から同じツボに──僕という容れ物に注ぎ足し続けてるわけですけど、ただ注ぎ足してるだけではダメだと思うので。それがどんどん美味しいタレになっているのであれば、嬉しいですね。まあ、全部自分でやってることなので、結局自分っぽいものしか出てこないんですけど(笑)。