『BIG BEACH FESTIVAL '13』以来となるファットボーイ・スリムの日本でのステージであり、アーティスト名義での来日公演は実に8年ぶり。会場は幕張メッセということで、屋内でのショウも久しぶりだ。今回は世代やジャンルを越え、スティーヴ・アオキ、サカナクション、ザ・トゥー・ベアーズといったスペシャル・ゲストを招いたパーティ。ブレイクビーツの伝道師が今をときめくアーティストたちとどんなふうに渡り合うのかも、興味をそそる内容だ。
開演時間を過ぎて、トップ出演を飾るザ・トゥー・ベアーズが音を鳴らし始めたのは15:30。英バンド、ホット・チップのフロントマン2人の片割れであるジョー・ゴッダードと、その友人であるラフ・ランデルによるデュオがこのザ・トゥー・ベアーズであり、セカンド・アルバム『ザ・ナイト・イズ・ヤング』をリリースしたばかり。なのだが、今回はジョーが急遽来日できなくなったそうで、ラフによる一人舞台となっていた。自らマイクを握って煽り立て、DJスタイルでダンス・チューンを繰り出す。滑らかに、かつ確かなグルーヴのエレクトロ・ファンクで踊らせるさまはホット・チップ譲りなところもある。華やかなゲイ・ディスコのMVも楽しい新作のリード曲“Not This Time”、ザ・トゥー・ベアーズ名義でリミックスしたワイリーのグライム・チューン、クライマックスにはラフ自身が鮮やかなマイク捌きを披露する“Bear Hug”と、いつの間にか濃厚なダンス・タイムへと誘われるステージだ。初っ端から結構な量の汗をかいてしまった。
以降のアクトは概ね30分押しでパフォーマンスが繰り広げられることになり、続いては邦楽枠のサカナクション。まずはメンバーが横並びのエレクトロニック編成で“Ame(B)”のライヴ仕様ミックスを披露し、“ミュージック”がブレイクする一瞬のうちにバンド編成のダイナミズムへと移行するお馴染みの展開だが、いつ触れてもこれは高揚する。幻想的なレーザー演出も、フェス出演でトリを務めたりするのと同様のクオリティであり、ダンス・アクトとして洋楽勢と真っ向勝負を挑むかのような迫力の“インナーワールド”、芸者風ダンサー2名を招き入れての“夜の踊り子”、そして特大シンガロングが広がる“アイデンティティ”に“ルーキー”と、挨拶もそこそこに音にモノ言わせるパフォーマンスが実にカッコ良かった。今回のステージ・サイズは幕張メッセの1ホール分であり、彼らは単独でもこれに倍する規模の公演を成功させてしまうので当然と言えば当然なのだが、洋楽アクトがメインのイヴェントで、こんなふうに邦楽勢ががっつり盛り上げてくれる光景は観ていて嬉しくなる。
3組目は、今年1月の『electrox』以来の来日公演であり、会場とステージ・サイズもほぼ同等、ただし強力な新作『ネオン・フューチャーPart.1』をリリースしたばかりのパーティ馬鹿一代=スティーヴ・アオキである。いきなり音がでかくて大笑いしてしまうほどの、体当たりな現代型エレクトロ・ハウスが次々に投下される。“Neon Future feat. Luke Steele”に始まって“Afroki ft. Bonnie McKee”に繋ぐ新作曲のオープニング、その後もリンキン・パークやワカ・ロッカ・フレイムとのコラボ曲をプレイしまくるという「俺が俺が」な選曲も楽しいDJだ。というか、今回も機材に触れてる時間が異常に少ないし、両腕を掲げてひたすらジャンプしているし、DJブースに乗り上がってフロアに巨大ケーキをブン投げるのはお約束だしで、トラックの数々は(ライヴ仕様に少々いじってはあるけど)ケーキと同じように大きく振りかぶってただブン投げるだけなのだ。
でも、このアオキにしか許されない、突き抜けた享楽性だけが救えるものもある。DJとして技術を競う、そういった既存の物差しでは計れない価値を生み出すのがアートの本質だ。アルバムでは優れた楽曲をズラリと並べているし、あらゆるジャンルの壁を踏み越える現代型EDMの巨大なキャパシティを裏付けているのは、他ならぬアオキの人間性なのである。オアシス“Wonderwall”で音をミュートさせて大合唱させるわ、完全に音をストップさせて「日本の女の子たち、よく顔を見せてくれよ!」と記念撮影を敢行してしまうわ、やること成すことすべてが自由すぎる。世の中のDJがみんなアオキみたいになってしまったら困るけれど、一人いるだけで確実に世の中が愉快になる。スティーヴ・アオキとはそういう存在だ。結果的に、巨大ケーキは10個近くブン投げていたのではないだろうか。
というわけで、いよいよ今回の主役=ファットボーイ・スリムである。“Praise You”か“Right Here Right Now”か、というオープニングは今回は後者で、炎に包まれるスマイリー・マークのVJを背負い、今回の公演タイトルでもある“Eat Sleep Rave Repeat”からエレクトロ・ハウスを次々にミックスしてゆく。PCでのDJスタイルは手元に余裕があるとはいえ、強力なトラックをしっかりディグして、“Star 69”や“Push the Tempo”や“Apache”といったクラシックでフックを描き出しながらフロアを笑顔まみれにしてしまうパフォーマンスは、鉄壁そのもの。用いるサウンドはアップデートされているとしても、ノーマンはやはりオールドスクールなブレイクビーツ・アートの楽しさ/素晴らしさを現代に伝えてくれる。シュールだったりバカバカしかったりするVJはいつもながらに効果的だが、背後から迸る大量のレーザーに包まれたノーマンの姿は美しかった。
最も感動的な一幕だったのは、マーヴィン・ゲイやジョージ・ハリソン、ルー・リードらといった他界したポップ・ミュージックの偉人たちが次々に登場する映像の果てに、今春この世を去った「ハウスの父」フランキー・ナックルズの満面の笑顔が映し出され、そこでノーマンが手を合わせ、深々と頭を垂れた瞬間だった。ひたすらに進化を目指したロックが70年代に飽和し、80年代にはビジネス的側面ばかりが拡大し続けたポップ・ミュージックを救ったのは、ハウスやヒップホップを通して育まれた温故知新のアート・フォーム=ブレイクビーツである。ノーマンはそんな時代を過ごしながらミュージシャンとしてキャリアを重ね、温故知新の楽しさを追求するプロジェクト=ファットボーイ・スリムとして90年代に一世を風靡した。ノーマンがフランキー・ナックルズに頭を垂れた一瞬には、そのドラマティックな物語が込められていたように思う。
終盤には、オーセンティックなサンバ、トーキング・ヘッズ、ナンシー・シナトラと自由闊達な手捌きで温故知新のブレイクビーツを編み上げ、“Right Here Right Now”と“Born Slippy”をマッシュアップする大技で大喝采を浴びる。最後はやはり、念を押すように“Eat Sleep Rave Repeat”という主題を残し、ノーマンは笑顔で去っていった。「食べて、寝て、楽しんで、繰り返せ」。彼が伝えるメッセージもまた、肉体が失われてなお生き続ける、先人たちの想いなのかも知れない。(小池宏和)
ファットボーイ・スリム @ 幕張メッセ
2014.10.19