「#Aviciiは実在します」。6/4に大阪・舞洲公演が行われ、SNS上にはそんなハッシュタグが飛び交った。待望感と皮肉が入り混じった、秀逸なフレーズだ。体調の問題などを理由に、SPRINGROOVE 2013をはじめその後2度のヘッドライナー公演をキャンセルしてきたアヴィーチーである。2015年の来日がキャンセルされたとき、スケジュールの再調整を約束するコメントが報じられたが、今年3月に正式な公演日程が発表された直後、彼は公式ホームページ上で今回のツアーを最後にライヴ活動から距離を置くことを明らかにした。そこに綴られた彼の言葉は「人としての人生を見つめ直す」といった婉曲なニュアンスだったが、やはり過酷なツアー生活は身体への負担が大きかったようだ。彼が音楽から離れることはないけれど、日本のステージに立つ姿を観るのは今回が最初で最後かもしれない。複雑な心境を抱きながら、こういうときは音楽そのものに集中するに限る、という思いで、来日公演2日目となる千葉・幕張のQVCマリンフィールドに向かった。
タイムテーブルは、オープニングDJにBABY-Tとbanvoxの2組、続いてYAMATOという、今をときめく邦人 DJたちが開場時間の15時からリレーする形。17時を回ると、アヴィーチーと同郷ストックホルムの幼馴染であり、旧くから共作も行ってきているDJ/プロデューサー、オットー・ノウズが登場。メロディの抑揚を活かしたハウスDJは、アヴィーチーとの共通点を感じさせる。オアシス“Wonderwall”にメジャー・レイザー“Lean On”を被せるというDJスネークのマッシュアップで沸かせ、いよいよアヴィーチーに繋ぐぞ、という挨拶と共に最後に繰り出されたのは“Back Where I Belong feat. Avicii”だ。6/3に配信リリースされたばかりのコラボ曲で、アヴィーチーのツアー引退に捧げられた、美しく華やかなナンバーである。
18時30分、アリーナもスタンドも一杯のオーディエンスで埋まり、ステージ袖にアヴィーチーを目視した人々を中心にどよめきが、そして喝采が伝播する。背景も巨大な卓状ブースもLEDパネルに覆われたステージの中央に彼が収まると、無数の小惑星が浮かぶCG映像とコズミックなサウンドがシンクロするようにして、パフォーマンスがスタートした。先に書いてしまうと、選曲はまさにアヴィーチーのプロデューサーとしてのキャリアを走馬灯のように振り返る内容だ。つまり、“Wake Me Up”やアルバム『トゥルー』で世界的な大ブレイクを果たすよりも以前に遡り、年代ごとにリミックスやコラボ・ワークも散りばめながらプレイが進むのである。ディジー・ラスカルのグライムや、トニ・ブラクストンのディスコ風ナンバー、そしてコールドプレイ“Every Teardrop Is A Waterfall”リミックスと、繋ぎにはさほど拘ることもなく自然な手捌きで、ただし最も有機的なミックスを施しながら、オーディエンスを躍らせていった。
多彩な楽曲を並べながらも、アヴィーチーの肩肘張らないDJは、知らず知らずのうちに音楽のピュアな陶酔感の中へと誘い込む。こちらが「音楽に集中しよう」と決意するまでもなく、最初からそのための環境が用意されていたのである。ラスベガスやイビサやドバイで、最も華やかなパーティをリードしてきた彼の音像は、決してドぎつい刺激に満ちたものではなく、音楽本来の魅惑的な力を引き出すものだった。人工衛星やロボットのCGアニメーションや水泡などをモチーフとした映像演出も、モノトーン、或いは光と影のコントラストを基調とした色彩で美しい。薄暮の時間帯に見事嵌る名曲“Fade Into Darkness”とザ・フー“Baba O’Riley”のマッシュアップ、そしてレニー・クラヴィッツとの“Superlove”を繰り出す頃には、いつしか会場全域が魔法にかけられたように、スタンド席まで総立ちのダンスが広がっていた。近年のヒット曲連打へと辿り着く前に、既に勝負は決まっていたようなものだった。
ニッキー・ロメロとのコラボ曲“I Could Be the One”で沸騰した直後、いよいよダン・ティミンスキーの渋い歌声を乗せた“Hey Brother”へ。スタジアムを揺るがすような大合唱を、強烈なエレクトロサウンドが後押しする。稲光の映像を背負った“You Make Me”の後にも次々にトラックを繋ぎ、“Addicted To You”、そして“The Days”に“The Nights”の連打と、ひたすらロマンチックな時間が続く。フォークにカントリー、ソウル、そして歌心たっぷりなロックと、EDMの中で天啓を受けたかのようにポップ・ミュージックを俯瞰してみせたアヴィーチーの功績が浮かび上がる。アカペラのミックスでスタートした“Wake Me Up”には紙吹雪が舞い、映像の中に再び現れた小惑星群は、灼熱の隕石と化して地表に降り注ぎ高層ビル群を破壊するのだった。創造主であり破壊者でもある、そんなアヴィーチーの凄味を見るクライマックスだ。
ここで公演中、たった一度だけマイクを通してオーディエンスに語りかけたアヴィーチーは、「こんなふうに歓迎されたことはないよ」と丁寧に感謝の思いを伝え、エタ・ジェイムス“Something’s Got A Hold On Me”のベタ使いで更に感情に揺さぶりをかける。ということは、それに連なるのはやはり“Levels”だ。スクリレックスによるリミックス・ヴァージョンへと繋ぐ形で最後の熱狂を生み出し、正味2時間のロング・セットを駆け抜けてみせた。幸福な時間だった。このパフォーマンスを目の当たりにしてしまったからこそ、思う。やはり彼には、いつの日か日本のステージに帰ってきてほしい。それを待つ価値は、十分過ぎるほどにある。(小池宏和)