宇多田ヒカル/幕張メッセ国際展示場9〜11ホール

宇多田ヒカル/幕張メッセ国際展示場9〜11ホール - All photo by 岸田哲平All photo by 岸田哲平

●セットリスト
1. あなた
2. 道
3. traveling
4. COLORS
5. Prisoner Of Love
6. Kiss & Cry
7. SAKURAドロップス
8. 光
9. ともだち
10. Too Proud
11. 誓い
12. 真夏の通り雨
13. 花束を君に
14. Forevermore
15. First Love
16. 初恋
17. Play A Love Song
(アンコール)
EN1. 俺の彼女
EN2. Automatic
EN3. Goodbye Happiness


11月から行われてきた全国12公演「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018」のファイナル、幕張メッセ。音楽活動再開後初のツアーでたどり着いた12月9日という日付は、宇多田ヒカルが1998年に『Automatic / time will tell』でデビューしてからちょうど20周年にあたる。来場者の顔ぶれは、世代も、文化背景も実に多様に見える。ファン層の厚さを実感させられる思いだ。

宇多田ヒカル/幕張メッセ国際展示場9〜11ホール
ストリングスセクションを含む総勢13名のバンドメンバーが待ち構えるステージに、黒いドレスを纏った宇多田はステージ下からリフトで登場し、決意を込めた“あなた”を歌い出す。あたかも立派な音楽ホールのように上品かつリッチなステージ上の視界、そして音像である。“道”で率先して手拍子を打ち鳴らしては歌い、アップリフティングなまま“traveling”へと繋ぐ序盤。曲中に「み~んな~♪ メ~ッセ~♪ 今日は最終日だよ!」と呼びかけて沸かせる。“COLORS”の《白い旗はあきらめた時にだけかざすの/今の私はあなたの知らない色》という歌詞の響きは、リリース当時とはまた一味違った印象をもたらしてくれる。

宇多田ヒカル/幕張メッセ国際展示場9〜11ホール
宇多田ヒカル/幕張メッセ国際展示場9〜11ホール
「こんばんは! 今日はいろんなところから来てくれてありがとう。あのー……今日はデビュー20周年記念日なんですけど、そんな日をこんなふうに過ごせて……本当は、誕生日を祝ってもらったりとか、会の主役になるのはすごい苦手なんだけど、今日は素直に、喜んでおきます」。鳴り止まない祝福の拍手喝采には「序盤から泣かせないでよ。メイクが崩れちゃう」と応えていた。「ここ、全校集会みたい。スタンド席がないからね」と告げながら、スマホ撮影が許可されたライブについてマナーを喚起すると「あ、今あたし、本当に校長先生みたいだったね」と笑いを誘うのだった。

宇多田ヒカル/幕張メッセ国際展示場9〜11ホール
親密なムードを増幅させるMCから一転、“Prisoner Of Love”の激しく渦巻くエモーションに没入する姿は、ライブへの高い集中力をうかがわせている。一見シックな空間に見えるステージセットは床も背景もLEDが仕込まれており、無数の光の粒が飛び散る映像演出が美しい。ブレイクビーツのような高精度人力グルーヴで再解釈された“Kiss & Cry”に、宇多田自身も奔放なキーボード演奏で感情表現を膨らませる“SAKURAドロップス”と、往年のシングル曲をアップデートさせたパフォーマンスで驚きをもたらしてくれる。「いいことも悪いこともあると思うし、今日は忘年会気分で! シーズンだしね。よろしくお付き合いください」と呼びかけてからの“光”では、練り上げられたストリングスアレンジの中でハンドウェーブを誘うのだった。

宇多田ヒカル/幕張メッセ国際展示場9〜11ホール
胸の内に秘めたやるせなさが立ち上る“ともだち”では、“Forevermore”MVで宇多田の振り付けを担当したというダンサー=高瀬譜希子がゲストとして登場。優美な躍動感を持ち込みながら、宇多田との絡みを見せる。続く“Too Proud”もプログラミング中心のサウンドの中で2人がセッションする一幕となったが、驚いたのは後半のパートで宇多田がキレッキレの日本語ラップをキックし始めたことだ。オリジナルバージョンとも配信のリミックスバージョンとも異なるカッコよさであった。作品化熱望である。

宇多田ヒカル/幕張メッセ国際展示場9〜11ホール
宇多田ヒカル/幕張メッセ国際展示場9〜11ホール
さて、ここで宇多田ヒカル×又吉直樹の対談映像が映し出される。自身の深刻な病をネタにしたコメディアン、ティグ・ノタロを引き合いに、「ユーモアがあれば、どんなに絶望的な状況でも見方を切り替えられる」と語る宇多田。それに対して又吉は、自身の経験から「笑いは破壊」という持論を熱弁するのだが、宇多田は唐突に又吉の頭を瓶で殴りつけ「こういうことですよね?」と告げる。トイレに篭って拗ねる又吉と和解しかけたところにまた一発、計4発。翌日に持ち越しとなった対談で又吉の手には瓶が握られていたものの、それに相対する宇多田の頭にはクマ顔の兜が。又吉、自らの体を張った渾身の脚本である。

宇多田ヒカル/幕張メッセ国際展示場9〜11ホール
宇多田ヒカル/幕張メッセ国際展示場9〜11ホール
シュールな笑いに気を取られていると、宇多田がフロア中央のサブステージに現れ、オーディエンスを驚かせる。白黒ツートーンの、アシンメトリーなドレスに着替えた彼女は、ここで“誓い”を、さらに“真夏の通り雨”と“花束を君に”という音楽活動再開を告げた2曲を披露する。抑制の効いたアレンジで、楽曲本来の素晴らしさが、そして後半になってさらに調子を上げてくる歌声の素晴らしさが際立つ。途方もなく哀しい歌でありながら、恍惚とさせられた。黒と白の衣装には、もしかすると特別な、弔いの意味が込められていたのかも知れない。

宇多田ヒカル/幕張メッセ国際展示場9〜11ホール
メインステージに戻って“Forevermore”を披露すると、宇多田は音楽活動のブランク期間を経てさらに距離が近く感じられるようになったファン、新しく出会ったファン、そしてサポートし続けてくれたスタッフに感謝の思いを伝える。そして力強い歌い出しから始まる“First Love”は、完璧に整理されたサウンドが支える名演になった。“初恋”を経てたどり着いた本編クライマックスは「気持ちよくなりたくて作った曲」と紹介された“Play A Love Song”。かつて《今はまだ悲しいlove song》と歌った少女は今、《悲しい話はもうたくさん/好きだって言わせてくれよ》とラブソングの尊さを伝えている。

宇多田ヒカル/幕張メッセ国際展示場9〜11ホール
“俺の彼女”で始まったアンコール。アール・ハーヴィン(Dr)、ベン・パーカー(G)、ヴィンセント・タウレル(Piano・Key)、ヘンリー・バウアーズ=ブロードベント(Key・G・Percussion)バンマスでもあるジョディ・ミリナー(B)、四家卯大ストリングスの面々を紹介し、「そしてお歌は、宇多田ヒカルです! よろしくぅー!」と告げるや否や、“Automatic”のイントロが響き渡る。この曲が初めて有線から聴こえてきたときの、痺れるような新しい才能の煌めきを、僕は忘れることがないだろう。リリース時に15歳だった彼女は、学校帰りに友達とCDショップの店頭でシングル盤を見つけたことや、リリース形態の関係もあってチャート1位を逃したこと、当時は“だんご3兄弟”が強かったことなどを振り返った後に「今日言おうか迷ってたんだけど……」と言葉を続ける。

宇多田ヒカル/幕張メッセ国際展示場9〜11ホール
「私を産んで育ててくれた母親と父親に、ありがとうと言いたくて。赤ちゃんのうちに育ててくれなかったら、生きられてないもんね。人としてはもちろん、ミュージシャンとしても、母親の音楽に対する情熱と、私が小さいころから才能を信じてくれた気持ちがなかったら、音楽が好きでもこういう仕事につこうと思わなかったと思います。それと、父親がマネージメントをしてくれたから。家族と仕事すると、いいことも悪いこともいろいろあるけど。なかなか面と向かっては言えないんで、ちょっと贅沢だけど、この場を借りて、20年間ありがとうと言わせてください」。

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そんなふうに語り、この日最大級の温かな拍手に包まれる宇多田ヒカル。「ありったけの力を出して行くんで」という意気込みで放たれた最後のナンバーは“Goodbye Happiness”であった。8年前の、活動休止を発表した後のライブ「WILD LIFE」でオープニングを飾っていた曲。この日、開演前から会場内に何度も飛び交っていた言葉があらためて胸に去来する。おかえり、そしてデビュー20周年おめでとう、宇多田ヒカル。(小池宏和)
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