桑田佳祐/Blue Note Tokyo

桑田佳祐/Blue Note Tokyo - All photo by 岡田貴之All photo by 岡田貴之

●セットリスト
01. ソバカスのある少女
02. 孤独の太陽
03. 若い広場
04. DEAR MY FRIEND
05. こんな僕で良かったら
06. 愛のささくれ〜Nobody loves me
07. 簪 / かんざし
08. SO WHAT?
09. 東京ジプシー・ローズ
10. グッバイ・ワルツ
11. 月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)
12. かもめ
13. 灰色の瞳
14. 東京
15. SMILE〜晴れ渡る空のように〜
16. 明日へのマーチ
17. 大河の一滴
18. スキップ・ビート (SKIPPED BEAT)
19. 真夜中のダンディー
(アンコール)
EN01〜2. Iko Iko〜ヨシ子さん
EN03〜4. 君をのせて〜悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)
EN05. 明日晴れるかな


桑田佳祐/Blue Note Tokyo
年明け早々に発出された新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言も首都圏1都3県では延長が決定し、多くの人々がさまざまな思いを抱えながら静かに迎えざるを得ない2021年の春。「桑田佳祐『静かな春の戯れ 〜Live in Blue Note Tokyo〜』」の配信ライブが行われた3月7日は、当初の予定では緊急事態宣言下最後の日となるはずだった。ライブ/エンターテインメントが未曾有の困難に直面して丸一年。桑田は初めて立つBlue Note Tokyoのステージから、人々と音楽を分かち合おうとした。サザンオールスターズでもソロでも、アリーナやドームといった大規模会場を沸かす彼だからこそ、苦境に置かれたキャパシティの小さなライブ会場からその大切な存在意義を伝えたい、という思いが募っていたのだろう。

桑田は今回、この名門ジャズクラブで、静かに上品に、音楽を奏で歌った……のではなかった。いや、ステージ上は彼自身を含めて椅子に腰掛けたスタイルだったし、派手な演出も皆無の、繊細で味わい深い演奏が交錯を繰り広げるパフォーマンスにもなっていたのだが、まさかのカバー曲披露やスペシャルなアレンジ、さらに驚愕のメドレーなど、あたかもBlue Note Tokyoという場所に染み付いたジャズのスピリットを吸い上げるかのように、培われた知識・技術をフルに活かした独自解釈や変奏といった音楽の冒険を繰り広げていた。予断を許さない現実と全力で格闘しつつ、真に一期一会のライブ体験をもたらしてみせたのである。

客席にグラスキャンドルが置かれた、光量控えめで落ち着いたムードの場内。桑田の軽やかなアコギ弾き語りで始まるオープニング曲からして、なんとティン・パン・アレーの名曲“ソバカスのある少女”をカバーする。伝説のポップ・ジャイアンツがアルバム『キャラメル・ママ』をリリースした1975年、まだサザンオールスターズはデビュー前で、桑田らはBlue Note Tokyoの立地にほど近い青山学院大学に在籍していた。そんな時代の記憶を辿る選曲なのかもしれない。バンドメンバーは斎藤誠(G)、河村“カースケ”智康(Dr)、角田俊介(B)、片山敦夫(Piano)、深町栄(Key)、山本拓夫(Sax)、TIGER(Cho)、田中雪子(Cho)という顔ぶれで、次第にサウンドが折り重なりリッチな響きをもたらしていった。

桑田佳祐/Blue Note Tokyo
桑田佳祐/Blue Note Tokyo

バンドメンバーの楽しいコーラスが弾けて、会場スタッフも手を打ち鳴らしながら身を揺らすのは“若い広場”。現在はストリーミングでも聴くこともできる“DEAR MY FRIEND”や、シングルのカップリング曲“こんな僕で良かったら”といったあたりはレアな選曲だが、骨太なソングライティングや雄弁な演奏のおかげで、ジャズのスタンダードソングのような響き方をしている。桑田がソウルシャウターとしての顔を覗かせた“SO WHAT?”以降はバンドの演奏も一層熱くパワフルになり、マイクを握りしめてザ・ビートルズ来日時の衝撃を伝える“月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)”までを一気に駆け抜けていった。

医療従事者たちへの感謝の念を交えた挨拶を経ると、さらにディープなカバー曲コーナーへ。浅川マキの“かもめ”は、こうしてあらためて向き合ってみると、昨年桑田が坂本冬美に提供した“ブッダのように私は死んだ”にも通ずる情念のストーリーが横たわっている。加藤登紀子と長谷川きよしによる“灰色の瞳”のカバーはTIGERとのデュエットで披露され、ラテン音楽と日本の歌謡曲のエモーショナルな関係性をなぞるようだ。山本のフルートによる、フォルクローレ風の旋律が並走するさまも素晴らしい。

桑田佳祐/Blue Note Tokyo

念願のライブ初披露となった“SMILE〜晴れ渡る空のように〜”は、ドラマティックに膨らむバンド演奏の中で、平和と敬愛の機会であるべきオリンピック/パラリンピックへの思いが伝い、背筋が正される思いがする。「ジャカルタで熱唱しています!」というメッセージや、入院中の病室からというメッセージが次々に届けられる熱いチャット欄の光景は、配信ライブだからこそ味わうことのできる貴重な感動の共有だろう。本編終盤は、“明日へのマーチ”やKUWATA BANDの“スキップ・ビート (SKIPPED BEAT)”、“真夜中のダンディー”といった人気曲で、これぞBlue Note Tokyoの桑田佳祐、というアレンジのパフォーマンスを畳みかける。

桑田は無観客の会場で「Blue Noteの神様は寂しいだろうな」と漏らしながらも、大きく拡張するばかりではない、触れ合える距離感の配信ライブを目指した意図を説明する。そしてアンコールでは、さらに驚くべきパフォーマンスが用意されていた。ボ・ディドリー・ビートの手拍子からドクター・ジョンの“Iko Iko”をカバーし始めたのだが、そのニューオーリンズ風のアレンジを活かしたまま、あの“ヨシ子さん”に繋いでいったのだ。これぞ現代のガンボミュージックである。沢田研二“君をのせて”のカバーから連なる“悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)”では、日本のポップスの中に脈々と流れてきたモータウンソウルの息遣いに、目眩を起こしそうになる。

フィナーレは万感の、強い願いを込めるような“明日晴れるかな”だ。桑田は「素晴らしい春をお迎えください。体に気をつけてね。また、Blue Note Tokyoで待ってます!」と告げて、今回の配信ライブは幕を閉じた。海を越え時代を越え、人から人へ手渡される音楽の生命力。ステージ上の全員が、卓越した技術と情熱をもってそれを体現してみせた、渾身のライブであった。(小池宏和)

桑田佳祐/Blue Note Tokyo



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