スチャダラパー @ 赤坂BLITZ

めちゃくちゃ面白かったし、笑ったし、時にはものすごい懐かしさに襲われたりもしたし、つまり、観ているこっちの感情の振れ幅をとてもでっかくしてくれるすばらしいライブだったが、それ以上に「たいしたもんだなあ」とか「偉いなあ」とか「こうあるべきだよなあ」とか「でもなかなかこうはできないよなあ」とか、そういうことを、観ながら強く考えさせられてしまった。

3月25日に出たニュー・アルバム「11」のリリース・ツアー。アンコールも含めて約2時間25分、でよく収まったなあ、と思うほど、曲数多し。そして、濃し。
あと仙台と沖縄が残っているので、具体的な曲名及び曲順には触れられないが(ほんとは触れたい)、あと演出なんかについても触れてはいけないが(ほんとはすごく触れたい)、まずセットリストの中心になっているのは、当然ながら「11」の曲。その次に多いのが、前作「Con10po」の曲。それでセットリストの約半分、あとの約半分は「うわ、懐かしい!」と思わず声が出るような、歴代の代表曲たち。

こういう大ベテランが、そういうセットリストでライブをやるとどうなるか。普通、はっきり言って、最近の曲をやられるとダレるものだ。が、ダレないのだ、スチャダラの場合。「昔の曲はやらない」ではない。そっちもばんばんやる。で、やるとフロアは死ぬほど盛り上がる。盛り上がるが、ムードとしてはなんか、そっちが軸にならない。そっちはオプションというか、おまけというか、ファンサービスというか、そういういわば「あくまで軸は今の曲」というコンセンサスを、ステージ上のBOSE&ANI&SHINCO+ロボ宙(ここ数年ずっと準メンバー状態)と、フロアを埋め尽くしたオーディエンスが、共有している感じなのだ。
オーディエンスがスチャダラに気を遣って、そうなっている感じはゼロ。ただ、自然にそういう空気になっている。逆に言うと、だから平気で昔の曲もやれる、ということなのかもしれない。

1995年前後の数年間、音楽シーンにおいて、誰よりも新しく、誰よりも先端にいて、誰よりもモテていたのは、スチャダラパーだった。というか、LBネイションだった。渋谷系の一部の人たちだった、という言い方もできるかもしれない。
とにかく、そういう時期が確実にあった人たちが、その時期をすぎるとどうなるか。サムくなるものだ。で、その頃の曲を今やると、怒濤の懐メロ感がフロアを包み込んだりするものだ。やってくれてうれしいけど、「ああ、過去だなあ、この人たち……」みたいな、なんともいえない感慨が、オーディエンスそれぞれの胸に去来したりするものだ。
いや、この日だってそういう瞬間は、あった。例えば、他の「トップをとったことのない人たち」の過去の曲を聴く時よりも、明らかにそういうなんとも言えない感慨は大きかったと思う。が、ライブ全体が、それに飲み込まれないのだ。それはあくまで「オプションの時間」であって、ちゃんと「今の」「2009年の」スチャダラパーのライブとして始まり、終わるのだ。

なぜか。あたりまえな答えで申し訳ないが、最近の曲、つまり『Con10po』『11』の曲たちが、すばらしいからだ。セールスや影響力ではかつての曲たちに及んでいないが、曲自体のすばらしさや面白さや新しさや、そして「今な感じ」などなどが、まったくひけをとっていないからだ。
またあたりまえな結論だが、かつての自分たちに負けない、すばらしい作品を常に作り続けていることが、スチャダラパーを、こんな、他の誰にもできないライブ空間を作り上げられる存在たらしめている、という事実。それを見せつけるようなステージだった。

なんか、「そうかあ。俺もがんばらないと」とか、別にトップとったことなんかないのに、思ってしまった。ANIのいっこ下、BOSEと同学年のおっさんとしては、なんだか、とても励まされました。(兵庫慎司)
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