アイナ・ジ・エンドの表現の多様性は、日本のポップスの多様性そのものだった

アイナ・ジ・エンドの表現の多様性は、日本のポップスの多様性そのものだった
アイナ・ジ・エンド初のアジアツアー「PICNIC」。

全公演ソールドアウトという事実は、“革命道中”以降の破竹の勢いをそのまま物語っている。しかし、その熱狂の理由は、単に「海外にも届いている」ということだけではない。この日のステージを観て強く感じたのは、アイナが持つ表現の振れ幅そのものが、今まさに世界へ飛び出していくための強度になっているということだった。

J-POPの歌メロのよさと、成熟したアレンジ。アニソンが持つキャッチーさとカオス。DIVAとしての堂々たるステージングに、シンガーソングライターとしての深い内省。そして、BiSH時代のコント精神を引き継ぐかのような(?)寸劇まで──アイナはすべてを手放しはしない。活動初期の痛みを抉り出すような歌も、近年の聴く人すべてを大きく包み込むようなおおらかな歌も、すべてを「アイナ・ジ・エンドの表現」として歌い踊り切っていて、最高にかっこよかった。

ポップで、混沌としていて、繊細でいて、過剰。それは、日本の音楽が持つ多様性そのもののようだった。しかもアイナは、そのすべてを借り物のジャンルとしてではなく、自分の身体と声を通して、身ひとつで魅せ尽くしてしまう。だからこそ、アイナは世界のAiNAになれるのだと、確信させられたライブだった。

全編がハイライトと言える内容だったけれど、特にポエトリーリーディングとコンテンポラリーダンスが溶け合った“粧し込んだ日にかぎって”と、アニメ『ONE PIECE』のオープニング“ルミナス – Luminous”で見せた、視界が一気に広がるような多幸感のあるアンサンブルの余韻がいつまでも消えない。(畑雄介)
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