開演直前のステージ上では、スクリーンに「KREVISION」と題された映像が映し出される。これはフェスなどでよくあるライブでの注意事項を丁寧にまとめたものなのだが、「ライブは出演者だけでは成功しない。皆さん(オーディエンス)の協力があって初めて成功するのです」という部分が強調されていた。MPC4000を操る熊井吾郎の大音量ビートが繰り出され、DJ SHUHOとDJ HAJIによるブレイクス、スクラッチングが加わる。そしていよいよKREVAの登場だ。白いレザーのライダース・ジャケットとサングラスを身に纏った、スタイリッシュなロッカーズ・スタイル。オープニングでキックされるナンバーは最新アルバムから“ACE”だ。Vサインをクイッと下向きに繰り出して「A」に見立てるハンド・サインが一気にフロアに広がっていった。なんかもはや当たり前のようになってしまったけど、これだけの規模の会場でストイックな、迫力のヒップ・ホップ・ビートが響き渡るさまに、改めて驚かされてしまう。KREVAはソロ・キャリアに入ってから、その部分に更にこだわるようになった気がする。
「なんか前の方に押し過ぎて危ないから、全体的にちょっと下がろっか。……大丈夫、そこから観ても50センチ後ろで観ても、俺はかっこいいよ!」と、理性的なアナウンスにも得意のビッグ・マウスを絡めるKREVAであった。「今日は、一緒に、最高の、ショウにしようぜ」という言葉にシンクロして、スクリーンには「“K.I.S.S.”」の文字が踊る。スウィート&メロウに溢れ出す『心臓』印のメロディ。ここからはほとんどメドレーのように、楽曲群が矢継ぎ早に繰り出されていった。作品中では客演を迎えていたナンバーも、KREVAパートだけを披露するようにしてステージが進行してゆく。まるでフェス出演時みたいな時間の使い方である。なんでそんなに急いでいるんだ?確かにKREVAには、5年分にしてはかなり多いと言えるだけのヒット曲がある。もはや一本のライブでは披露し切れないほどに。だが、このスピード感で最後まで走り切ってしまうのだろうか。
本来ならメロウな“生まれてきてありがとう”にバウンシーなビートを効かせて、ダンサブルにアレンジされたユニークな形で聴かせたKREVA。「難しい時代だぜ。音楽の聴き方が変わっちまった。今は好きな音楽だけをダウンロードできるし、なんだったらタダでも聴ける。好きな音楽だけを自由に持ち歩ける。みんながそれぞれに好きな音楽だけを聴いてる。難しい時代だぜ。でも俺は、ここに集まってくれたみんなと、音楽を分かち合いたい。この2009年、いろんなことがあったけど、俺にとって一番思い出深い出来事は、6月にマイケル・ジャクソンが亡くなったことだった。2009年の今日のライブをみんなに覚えておいてもらうために、俺はマイケルと共演します。勝手に。だって、それがヒップ・ホップだから。アメリカ人も忘れちまったオーセンティックなやり方で、ヒップ・ホップを教えてやるぜ」。そう告げて繰り出されたのは、ジャクソン5の“I WANT YOU BACK”、それにマイケルの“スリラー”をサンプリングしたトラックでの“あかさたなはまやらわをん”だ。もちろん大胆なマイケル・ネタも楽しいのだけど、一方でシングル・カットすらされていないはずの“あかさたなはまたらわをん”の名曲ぶり、浸透力って凄いな、と思わされた瞬間だった。だって、マイケル・ネタにまったく押し負けてないんだもの。
今回のステージで披露された曲群は、披露される曲順それ自体にも仕掛けがあったのだけど、まだROUND 2の公演も残されているので、ネタバレにならないように書きます。ときにはサビだけ、ときにはワン・コーラスのみ、というふうに、やはり駆け足で披露されてゆく名曲群。と、唐突にここでちょっとした寸劇が挟まれることになった。いや、ちょっとしてないな。長いな。寸劇というには余りに長い時間をかけて、DJ SHUHO、熊井吾郎、DJ HAJIの3人をひとしきりイジリ倒すKREVAである。「これ、一回もウケたことないけど続けまーす」。なんだよ、これやるために急いでたのかよ! KREVA独特の半笑いイズムと、何だろうととりあえずやりきってから反省するKREVAの肝の座り方が混ざり合って、なんか本当に可笑しくなってきた。まあこれは要するに、ビート・メーカー・チーム3人のセッション・パフォーマンスを披露するための前フリだったわけである。それは“国民的行事”のトラックをカットしてアクロバティックに再構築する、圧巻のパフォーマンスであった。
クライマックスの“Tonight”では、緊張しながらもKREVA自身がヴォコーダー(音声のトーンを鍵盤演奏に即して変換/再生する機材)の見事な生演奏を披露する一幕があった。ソロ・デビュー曲“希望の炎”以降のオートチューン使いにせよ、卓越したラップ・スキルを持つKREVAはしかし一貫して、決して得意ではないはずの「歌もの」にこだわってきた一面がある。それはきっと、彼自身も人生の中で魅了され続けてきたはずの「ポップ・ソングのメロディの魔法」を信じているからだ。優れたポップ・ソングのメロディがもたらす、リスナーとの強い繋がり、絆。それを、彼自身が「難しい時代」と語った今日に、本気で蘇らせようとしているからだ。だから「ライブを成功させるのはオーディエンス」というアナウンスを強調し、ときに自身が生み出したメロディをオーディエンスに丸々預けてしまうのである。今回のステージには、ゲストはおろかお馴染みのサポートMC陣すら立っていなかった。オーディエンスに全力で歌わせ、メロディの魔法を分かち合おうとしていた。それはヒップ・ホップを含めたポップ・ミュージックの未来の光明を指し示すような、真に感動的な一幕であった。
なのだが、アンコールに至り“シンクロ”では、満を持してという感じでゲストの古内東子が招き入れられる。意外かつ贅沢なタイミングでのゲスト出演に、満場のオーディエンスは大喜びであった。うーん、やはり抜け目ないKREVA。ROUND 3のアリーナ公演は一体、どんなステージになるのだろうか。(小池宏和)
セットリスト
1 ACE
2 これがFall in love
3 K.I.S.S.
4 I Wanna Know You
5 キャラメルポップコーン
6 中盤戦
7 生まれてきてありがとう
8 あかさたなはまやらわをん
9 くればいいのに
10 アグレッシ部
11 THE SHOW
12 ストロングスタイル
13 愛•自分博メドレー
14 イッサイガッサイ
15 スタート
16 国民的行事
17 この先どうなる?
18 DAN DA DAN
19 ファンキーグラマラス
20 音色
21 希望の炎
22 Tonight
23 瞬間speechless
24 成功
EN-1-1 シンクロ