今年5月にはメジャーデビュー後、初のアルバム『just a moment』がオリコン初登場4位、アルバムのリリースツアーに自主企画イベント『トキニ雨』、『SUMMER SONIC 09』への出演、ZAZEN BOYSとの対バン――と、1年を振り返るにはまだ早いのかもしれないが、ともかく、凛として時雨のワンマンとしては今年ラストである。『TOUR 2009 “Tornado Z”』のツアーファイナル、会場はZepp Tokyo。
TK(Vo/G)も345(Vo/B)もピエール中野(Dr)も、そして超満員のオーディエンスもフルスロットルで突っ走ったトータル1時間半。いつも通りアンコールはなし。セットリストを先に書きます。
1.mib126
2.TK in the 夕景
3.想像のSecurity
4.テレキャスターの真実
5.DISCO FLIGHT
6.Tremolo+A
7.秋の気配のアルペジオ
8.knife vacation
9.moment A rhythm
10.鮮やかな殺人
11.ハカイヨノユメ
12.Sadistic Summer
13.replica(新曲)
14.JPOP Xfile
15.感覚UFO
16.Telecastic fake show
17.nakano kill you
ご覧の通り、ここ1年のツアーで演奏されてきたセットなので大きな変化はないが、今回のツアーで初披露している新曲“replica”は、実験的要素の強い楽曲だった。時雨のどの曲にも言えることだけど、一回聞いただけで全貌をつかむのは非常に難しい。その中でも印象的だったのは、いつもの執拗なまでの転調やリズム・チェンジはなく、ピエールの乱れ打ちドラムソロ→345のファルセット→TKのギターリフというリレーワークの反復で緩急をつける序盤。楽器の「テクニック」じゃなくて、楽器の「鳴り」で曲を展開していく方法論は『just a moment』の軸上にあるけど、全体の包む質感としては過去の“赤い誘惑”にも似ている。ただ、“レプリカ”という借り物のような名前が示しているように、これが完成形ではなく、これからも変化を続ける楽曲のように感じられた。
凛として時雨の音楽を言葉にする時、どうしても「轟音」とか「狂気」とか「悲鳴」みたいな言葉を目にするし、事実、悲鳴や明らかに常軌を逸した轟音が確かに鳴っている。だけど、それらに傾けば傾くほど、彼らの繊細な部分が浮き彫りになっていくように感じられるのはなぜなのだろう。
その自己の繊細な部分だけを取り出したような“mib126”や“moment A rhythm”の2曲は、ダブ的な空間処理や宙を舞うギターがふんだんに使われている。そこに「轟音」や「狂気」はなく、「孤独」や「喪失」が転がっている。そうした時雨が鳴らす虚無感の塊みたいなものは、実は、彼らが好んで聴いていたというフィッシュマンズが空間を浮遊しながら描いた喪失感にとても近接している気がする。それは音楽のルーツというよりは、もっと無意識的で感覚的なものなのかもしれない。
とはいえ、彼らがそういう閉じた世界に向けての音楽を鳴らしているわけではないし、仮にそうであったとしても、俗世に引きずり戻される瞬間がやっぱり訪れる。お待ちかねのピエール中野のMCである。「ヴァイブス、ビンビンじゃないですかー、申し送れました私、押尾学と申します!」(開演前の場内アナウンスもピエール担当で同じことを言っていた)その後は、ホットペッパーの歌に、下ネタな歌詞をのっけてのコール&レスポンスやXジャンプ、上島竜兵ネタと続くのだが、もうこれらはある種の様式美といっても差し支えないレベル。ホットペッパーの歌を下ネタ乱用したことについては「CM狙ってるけど、木村カエラには嫌われるな」と言っておられました。知らない人がみたらとことん下品極まりないピエール中野のMCなのだけど、時雨の場合は別。そこからマキシマムにブーストしていくための儀式のようなもので、彼が連呼する「ヴァイブス」そのものなのである。
そして、MC中には、今日のライブを何よりも特別な夜にした発表があった。それは言うまでもなく、TKの口から発せられた2010年4月17日(土)さいたまスーパーアリーナにて単独公演の開催である。発表後のフロアは、怒号を通りこして地割れが起こりそうなくらい歓喜に酔いしれていたし、めったに自分の感情をあらわにしないTKがガッツポーズで右拳を上に突き上げた時には、思わず涙腺が緩んだ。
「トルネード起こそうぜ!かかってこいやー!!!」とピエールが叫んで一閃、TKが鋼鉄リフで切り裂いた“Telecastic fake show”、ラストの“nakano kill you”、この2曲は掛け値なしにすさまじかった。たまアリ公演の発表が拍車をかけているのは間違いないが、凛として時雨というバンドが、ここまで陽性的なムードに包まれたことがかつてあっただろうか。TKも345もピエール中野も、超満員のオーディエンスも、そこにいる人すべての感情とエネルギーが爆発的に全方位へ広がっていく。もう何を書けばいいのかさっぱりわからないくらい、お手上げの状態。ものすっごい音、エネルギーの放出量。バンドもライブも、普通こうまとまるもの、こう観せるもの、みたいなフォーマットから完全に逸脱している。無難で安全な道を選ばず、他のバンドがブレーキをかけるところをためらいなくアクセルを踏み込んでいくことで、巨大なポピュラリティーを獲得するという時雨の音楽、ライブは今宵で1つの完成形を迎えたといってもいい。僕は2010年4月17日(土)さいたまスーパーアリーナ公演も絶対に成功すると思う。とても感情的になってしまう、メモリアルなライブだった。(古川純基)