身体の全神経が真っ白なブリザードで研磨されていくような、優しくも壮絶なミューの音楽を、果たしてこの規模で体験していいのか? もっと1万人2万人オーディエンス1ヵ所に集めてみんなで共有したほうがいいんじゃないのか?……東京の冬の夜空が白夜に塗り替わるような、あるいはオーロラでもUFOでも降臨してきそうな、祈りそのもののような音楽。フロアに1人だけずっと「ロックンロール!」とすっかりできあがって叫んでいる外人らしき兄ちゃんがいたのだが、これは果たしてそんな小さいカテゴリーの音楽なんだろうか? ドラムは「ただの太鼓」へ、ギターとベースは「ただの弦楽器」へ、デジタル・シンセのストリングスは「ただの波動」へ、そしてヨーナスの麗しのヴォーカリゼーションとファルセットは「ただの歌声」へ……明らかにロック・バンドのフォーマットで再現されている彼らの音楽はしかし、もはやロックか否かという記号性を完全にはぎ取られ、太古の昔から天に祈りを捧げるために人々が真摯に音を研ぎ澄ませてきたその究極形としか言いようのない音として、この極東の島国のキャパ1500人ほどのライブハウスに鳴り響いていたのである。ちょっと背徳的なまでに快い1時間半だった。
サマソニ09以来の来日となるデンマーク音響耽美系の至宝=ミュー、2010年ジャパン・ツアー初日:SHIBUYA-AX単独公演はソールドアウトのぎっちり満員。18:05に、暗闇の中を静かに登場してくるボウ(G)、スィラス(Dr)、サポートのベース&キーボード……そして、最後にヨーナスが意気揚々と登場すると、割れんばかりの大歓声! 明日もすでにソールドアウトしている渋谷duo追加公演があるし、その後も休みなく名古屋/大阪と23日までライブが続くので、現段階でのセットリスト掲載は控えるが、昨年8月にリリースされた3rdアルバム『ノー・モア・ストーリーズ...』の楽曲を軸にしつつ、もちろん“アポカリプソ”やるし“ザ・ズーキーパーズ・ボーイ”やるし、という、ビートとメロディと歌のスペクタクル状態。
いや、音だけじゃない。開演前に「本公演は大音量に加え、照明効果でフラッシュを多用します。目や耳はご自分でお守りください」というものものしいアナウンスが流れた通り、曲のキメに合わせてフル・ダウンしていた照明が一気に真っ白にバーストしたり、光の激しい点滅の向こうからヨーナスのファルセットが浮かび上がったりする。さらに、ステージ奥の巨大スクリーンのみならず左右袖後方に設置されたスクリーンに、ミュー謹製の(もともと学生時代のフィルム制作を通して知り合ってスタートしたバンドだ)ぎょっとするほどアーティスティックな映像が、曲とリンクする形で流れるのである。聴覚と視覚を完全に制圧されたオーディエンスは、少なくとも中盤までは、時折思い出したように手拍子をしたり歓声を上げたりするのが精一杯である。そんなただならぬ空気が流れるフロアに向けて、ステージ上のヨーナスは「ドモアリガトゴザイマス!」とか「オゲンキデスカ?」とか至って軽快に呼びかけていたし、ピアノ弾き語りメドレー中にトチって「シット!」と口走る図は、至って普通の北欧男子である。
怒濤のように押し寄せる光の粒子。疾走するゴスペル。思考を奪う高速フラッシュ。超低音ハミング……それらの要素から浮かび上がるのは、それこそ「人智を超えたい」「世界を、宇宙を把握したい」とでもいうような現実離れした、しかし実にリアルで感動的なアートの形だ。2度のアンコールの最後にはこの轟音を全身で呼吸し尽くし、満場のオーディエンスはすっかりハンドクラップと高揚感の虜となっている……終演後、轟音の残響でびりびりする頭のままAXを後にした。ちょっとだけ空気の色が違って見えたのは気のせいだけではない。と思う。(高橋智樹)
セットリスト(2月26日追記)
1. Reprise (3)
2. Hawaii (3)
3. Circuitry Of The Wolf (2)
4. Chinaberry Tree (2)
5. Am I Why? No (1)
6. 156 (1)
7. Introducing Place Player (3)
8. Sometimes Life Isn't Easy (3)
9. メドレー<New Terrain(3)~Nervous(*)~She Came Home For Christmas (2)>
10. Beach
11. Tricks (3)
12. Apocalypso (2)
13. Saviours Of Jazz Ballet (2)
14. bear
15. Cartoons And Macrame Wounds (3)
アンコール1
16. Special (2)
17. The Zookeepers's Boy (2)
アンコール2
18. Snow Bridge (1)
19. Louise Louisa (2)
(1):メジャー1st(通算3rd)『Frengers』収録曲
(2):メジャー2nd(通算4th)『Mew and The Glass Handed Kites』収録曲
(3):メジャー3rd(通算5th)『No More Stories...』収録曲
(*):『No More Stories...』収録の“New Terrain”を逆回転したもの