これまでに彼がリリースしてきた2作のアルバムは僕自身、とても好きだったのだが、昨年末の紅白歌合戦に紅組トリのDREAMS COME TRUEと共演する形で出演し、何とも意外な形で日本のお茶の間を賑わせることとなったUK出身の若きシンガー・ソングライター、ニュートン・フォークナー。今回は08年末以来の単独公演であり、ただし平日の東京1公演のみという忙しないスケジュールとなったけれども、アルバム2作分の楽曲をあの手この手で楽しませてくれる充実のステージであった。
トレード・マークである豊かなブロンドのドレッドロックスを揺らし、一人ステージ上に姿を見せたフォークナー。ニッ、と 笑って軽く右手を上げる挨拶を済ませると、のっけからアコギの超絶タッピングを披露しつつ、右の前腕でギターのボディを叩くようにして太いビートを刻み始めた。余りにも自由闊達で創造性豊かなギター・プレイに、フロアがどよめく。続けざまに放たれるのは“アイ・トゥック・イット・アウト・オン・ユー”の、舞い上がるようなメロディをなぞる歌声だ。とても若干25歳とは思えないような、深みのある、技術というよりも人間性そのもののような歌。かと思えばイヤーモニターの具合を気にして「ん? 何か聴こえるな。妖精さんのしわざか?」とオーディエンスを笑わせたりもする。強烈な個性やパフォーマンスとは裏腹に、人懐っこさで観る者を惹き付ける一面も持ち合わせているのである。
ステージは全編に渡って、フォークナー一人で進められていった。マッシヴ・アタックの名曲“ティアドロップ”のアコースティック・カバーも堂に入っている。フォークナーのギター・プレイは、音楽学校で学んでいただけあって見かけによらず非常に洗練された、どこかクラシカルな風合いさえ漂わせるものだ。むしろ彼の音楽に独特の味わいをもたらしているのは、ソング・ライティングであり、そして歌なのではないかと思う。厭世感をかすめてユーモア混じりに達観と希望を手にしてゆく彼の歌は、どこかで学んで手に入れることが出来るような類いのものではないはずだ。
フォークナーの足元には幾つかのペダルが配置され、楽曲によってはそれらを踏むことでシンセのベース音を加えたり、美しいストリングス・アレンジが聴こえてきたりする。わざわざスタッフに通訳を頼んで語っていたところでは、このせわしない足下の様子は本来ならばプロジェクターを使ってパフォーマンス中のステージに映し出されるはずだったという。飛行機のフライトがキャンセルになってしまい、担当のスタッフが来れなくなってしまったのだそうだ。まあ、フォークナーの足元で何が起こっているのか分からないというのも、それはそれで楽しいのだが。「これが今日のスタッフだよ」と指で摘んでみせたものは、何の変哲もないカセットテープであった。開演時からフォークナーの脇に置いてあった機材は一体何なのか気になっていたけれども、ただのラジカセである。カセットテープを差し込んでボタンを押すと、今度はこちらからストリングスのループが流れ出した。どうやら、フット・ペダルの操作も限界に達したらしい。何しろ、歌とギターとベースとビートを、一人で演奏しているのである。
“レッツ・ゲット・トゥギャザー”では曲名そのままに、コーラスをオーディエンスに委ねて自分は主旋律のパートを歌うという共同作業 へ。超絶テクニックを拝むというより、パーティーで仲の良い友人の出し物を観ているような、インタラクティブなパフォーマンスなのだ。そしてデビュー・アルバムからの“U.F.O.”では、ライト付きの眼鏡を装着して(余計なことかも知れないけど、『マトリックス・リローデッド』のツインズみたいだぞ)印象的なスライドを聴かせ、オーディエンスを沸かせるのであった。
「ここで普通のミュージシャンは2、3分ステージからいなくなるけど、あれっておかしいと思うんだ。ステージに残り続けた方が、びっくりするでしょ」。いや、お客さんは普通、どこまでがライブの本編か分からないものだ。というわけでアンコールというか本編延長である。ここでフォークナー、なんと彼が時折ステージで披露するワンマン“ボヘミアン・ラプソディ”を投下だ。これはすごい。いちいち声色を変えて歌いこなすのが可笑しい。ワンマン・カバーというより無理目のワンマン・コピーなのである。あと、“ボヘミアン・ラプソディ”って、フォークナーのアイデンティティにぴったりな概念だと思う。大喝采の中でクライマックスを迎えた今回のステージで 最後に彼は「一緒に歌ってくれてありがとう」と告げていた。一人のようで、決して一人じゃない。それがニュートン・フォークナーの世界なのである。(小池宏和)
SETLIST
1.Badman
2.I Took It Out On You
3.To the Light
4.I Need Something
5.Teardrop
6.If This Is It
7.She’s Got the Time (1&2)
8.Lipstick Jungle
9.Won’t Let Go
10.Resin on My Heart Strings
11.So Much
12.Feels Like Home
13.Ageing Superhero
14.Dream Catch Me
15. Let’s Get Together
16.U.F.O.
17.Gone in the Morning
18.Bohemian Rhapsody
19.I’m Not Giving Up Yet
ニュートン・フォークナー @ 渋谷クラブクアトロ
2010.03.24