やくしまるえつことd.v.d @ 代官山UNIT

今やミュージシャン仲間から最も熱い視線を注がれる女性ボーカリストと言っても過言ではないやくしまるえつこと、ドラムデュオのItoken+Jimanicaと映像作家の山口崇司から成るトリオd.v.dによるユニット「やくしまるえつことd.v.d.」のアルバム『Blu-Day』リリースパーティー。といっても、アルバムがリリースされたのは4月7日であり、リリースから日がだいぶ開いているということで、Jimanica曰く「レコ発」ではなく「レコ初(レコード発売されて以来初のライブだから)」だそうです。
ゲストには、実に9年ぶりとなるオリジナル作品を先週リリースしたばかりのY.Sunaharaことまりん。やくしまるとは、いしわたり淳治&砂原良徳によるユニットのシングル『神様のいうとおり』でも幸福なコラボレーションを果たした仲である。

予定より7分ほど過ぎて、まりんのライブがスタート。暗転と同時に、場内はシーンとした静寂に包まれる。正直、観客がここまで静まり返ったオープニングを経験するのは初めて。それもこれも、これからのライブに対する期待感と、まりんの音楽がもつ独特の緊張感から来るものだろう。そんな静寂の中で金属音的な硬質なリズムが刻まれ、そこに重低音が徐々に重なっていく。スクリーンには、ギリシャ神殿、ニューヨーク、戦闘シーンなどを映し出したVJが。それからしばらく経って、サポートの久川大志とともにまりん登場。特に観客を煽るわけでもなく、淡々としたテンションで演奏がスタートする。

プレイされたのは、最新EP『Subliminal』収録曲や“balance”“LOVEBEAT”など全7曲。シンプルで洗練されたサウンドが、ひとつひとつ、確かめるように鳴らされていく。そのどれもが、カラダに訴えるというよりは心のコアな部分に訴えかけるような、スピリチュアルさと透明感、そしてドッシリとした重みをもった音である。空中に放り出されてしまうような浮遊感あるサウンドであれ、定点はしっかりと固定されているような不思議な安定感とディープさがある。まるで、とある本質に向かって迷いなく音が放たれているような感じだ。今回の新作リリースまで9年という長い歳月を経たまりんだけど、その9年に及ぶ熟考期間がまったく無駄ではなかったことを証明するような、むしろ9年分の重みとパワーがダイレクトに伝わってくるような、神聖さすら感じさせる素晴らしいライブだった。

そして7曲目が終了したところで、おもむろにマイクを手にするまりん。もしかして……MC!?!? 「普段MCやらないんですけど……」と言いながら、普段のライブでは滅多に見られない、貴重なMCが始まる。とは言え、慣れてないせいかテンパり気味(?)で、先述の台詞を3回ぐらい繰り返して観客から笑いを誘っていたけれど。そして「やくしまるえつことd.v.dのリリースパーティーということで友だち呼んでます」という言葉に続いて登場したのは、いしわたり淳治! もちろん演奏されるのは、やくしまるえつこも登場しての「神様のいうとおり」である。まりん単体の音楽を聴いた後だと、このエレポップ風のサウンドが、より一層まりんのポップな側面から引き出された曲だということが分かって面白い。いしわたり淳治のギターも、やくしまるの歌声も、あくまでもニュートラルなトーンのように見える一方、実はマニアックでキュートな楽曲世界を楽しんでいるようにも感じられて、クスリと笑える。そんな、それぞれの遊び心が満載のスペシャルなコラボレーションを経て、3人はステージを後にした。

そして今日の主役、やくしまるえつことd.v.dの登場。ステージの前方両端に置かれたドラムセットにItokenとJimanica、上手後方のラップトップに山口、そして下手後方に設置された、アクリルらしき透明な板で囲まれたスペースにやくしまるがスタンバイし、ライブがスタートする。ドラム2人のプレイ+ラップトップによるサウンド、そこに重なるやくしまるの歌声、リズムとリンクして映し出される映像――その全てが、五感のさまざまな部分を刺激していく。実を言うと、彼らのライブを観るのは今回がはじめてだが、音源から想像していた以上にライブ感があることに驚いた。前のめり気味に壮絶なビートを刻む2人のドラマーも、時折観客にアピールしながらラップトップを操る山口も、いずれもアクティブ。体内のエネルギーを放出したような熱量の高いサウンドを放っているだけでなく、そこに合わせて飛び跳ねたり弾けたりする映像も、パステルカラーを基調としたキッチュでポップなものが多く、親しみやすい。あくまでもデジタルな表現手法をとっているにも関わらず、どことなくアナログで生っぽい匂いがするのだ。

しかし、それとは対照的なのが、やくしまるえつこ。相対性理論などで聴かせる歌声以上に無感情で平熱なウィスパー・ボイスが、アグレッシブなサウンドの上でふわふわと浮遊しているさまは、まさにデジタルな印象。外界からの侵入をシャットアウトするかのように、透明な壁を隔ててやくしまるが立っていることで、デジタルなものとしての彼女の歌声の存在感が、より孤高なものとして迫ってくるのだ。まさにデジタルとアナログの融合、というよりデジタルとアナログの逆転というべき、目からウロコ(&耳からウロコ)のパフォーマンス。そのスタンスは一貫して崩されることなく、パラドックスの世界に迷い込んだかのような心地のまま、1時間弱に及ぶあっという間のステージは終了した。
己のスタイルを確立しているアーティスト同士のコラボレーションが、こんなにも新たな発見や気づきが多く、ワクワクするものなのだということを、改めて実感できた貴重な一夜だった。(齋藤美穂)
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