アナログフィッシュ@九段会館

アナログフィッシュ、一夜限りのスペシャル・ライブ『The Analogfish Orchestra』。これは7月に行われた恒例のイベント『ナツフィッシュ』で告知されていたもので、当初の情報では「最大9名のミュージシャンがオンステージ!」ということになっていた。例えば、楽曲毎にゲストを迎え入れる形でのコラボレーション・ライブとは違う。オーケストラというぐらいだから、大所帯バンドでの演奏になるのだろう。兎にも角にも、実際に目の当たりにしてみないことには始まらない。九段会館の趣のあるホールの座席につき、開演を待ちわびるオーディエンスであった。

伊東真一(HINTO)が爪弾くギター・フレーズに、ゆったりと下岡の歌声が乗せられてゆく。そして斉藤が叩き出すマーチング・ビートとBUCHI(RIDDIMATES/JOYRIDE)によるトランペットのメロディが加わったところで、アナログフィッシュ・オーケストラの演奏の賑々しさ、華々しさが唐突に、明らかになった。この“PARADOX”のオープニングで、瞬く間に、今回のステージの本質のようなものが会場内全体に伝播したのだ。豪華絢爛にして密にアレンジされた、音の粒子ひとつひとつが光り輝くような「音楽」の説得力。それが、実際の演奏者の人数を越えるかのような音像で迫る。にわかに、その音に弾かれるようにして、座席のオーディエンスたちは総立ちになっていった。下岡のボーカルに、もちろん佐々木と斉藤、そして永友聖也(キャプテンストライダム)とシンガー・ソングライター柳田久美子のコーラスが加わる。このボーカル・ハーモニーの美しい広がりと奥行きがまた圧巻だ。オープニング・ナンバーの音が鳴り止んだ途端、ステージには割れんばかりの喝采と嬌声が投げ掛けられた。

「レディース&ジェントルメーン! アナログフィッシュ・オーケストラです! ようこそ! 最高の夜にしましょう。アー・ユー・レディ!?」。昂った声で煽り立てながらも、余計な説明は不要、とばかりに前のめりに次のナンバーへと向かいたがっている佐々木である。下岡が歌う“Living in the City”から、オーディエンスが印象的なハンド・クラップを決める佐々木シングス“Clap Your Hands!”へ。複雑なリズム・パターンに展開するこの楽曲を、がっちりと聴かせるオーケストラが見事だ。賑々しい演奏に焚き付けられるように、通常の2、3割増しでボルテージを上げて熱唱する佐々木。まさに水を得た魚である。一方の下岡は、もともと声を張り上げるタイプのシンガーではないので、正直厚みのある豪華なバンド・サウンドの中での立ち位置に戸惑う場面も見られるが、伊東のダイナミックなギター・リフの中、下岡らしい脱力パンク色に場内を染め上げる“City”あたりで、次第にその本領を発揮していった。

ここで佐々木がアナログフィッシュの3人を除く、オーケストラのメンバーを紹介し始めた。「男前ギター、伊東真一!」「情緒的なトランペットを吹かせたら日本一、BUCHI!」と順にコールしていったのだが、ひととおり済ませたところで「大事な人、忘れてるんじゃない?」と下岡に突っ込まれている。「炎のピアノマン、頼れる兄貴、木村ひさし!」。キーボードにはもちろん、アナログのサポート・ミュージシャンとして大きな功績を残してきたこの人である。「身内だからってのは分かるけども。一応、パートタイムで来て貰ってるんだから」と下岡がさらに追い打ちをかけている。さて、ここからはしばし、木村を加えたアナログフィッシュとしてのパフォーマンスだ。威勢良く転がる佐々木のロック・ナンバー“fine”、シンセ音とリズム隊だけの演奏で歌われ最後に決壊するようにギター・ノイズが溢れ出す下岡の“Phase”など、ここでは新曲群も披露された。下岡と佐々木がパート・チェンジし、「今日、第9人目の男!」と呼び込まれたギタリスト・大久保秀孝(tobaccojuice)を交えてプレイされた“いつのまにか”では、佐々木がイントロのギターをトチって仕切り直していたが、今夜一度きりのスペシャルなアレンジの豊かさはここでも光っている。

そして「あの頃の俺たちには必要な曲だったね」と、“平行”へ。木村によるピアノのイントロを、貫くようなスネア一閃。今夜、最後のメンバーとして加わり、ドラムを叩くのはビッツ君こと菱谷昌弘(HINTO)だ。オリジナル・メンバー3人+斉藤脱退中のサポート2人という、ツイン・ドラムの5ピース・アナログフィッシュである。この曲の終盤は、2人のドラマーがデッド・ヒートを繰り広げるソロ対決となった。斉藤は、下岡&佐々木という2人のシンガーの呼吸を熟知し、かつコーラスを重ねることも出来る、アナログフィッシュという「歌」のバンドの根幹を支えることが出来る唯一無二のドラマーであり、だからこそ復帰が望まれたわけだが、いちドラマーとしての菱谷のスキルにはやはり凄まじいものがある。「あの2人、なんでもないように見えて、白鳥のように水面下で凄いことやってるから」と後に下岡がわざわざ“平行”のツイン・ドラムの叩き分けを再現させたのだが、これはもう曲芸のようだった。特に菱谷パートは、普通、人力で鳴らすようなリズムではない。

佐々木のドラマティックなロックンロール・スポークンワード“Ready Steady Go”。そしてあの下岡の《夕暮れです》のリフレインが次第に重なり合うコーラスによって息を呑むほどに美しく広がってゆく“夕暮れ”は、この1曲を聴くだけでも、今回のステージを観ることが出来て良かったと思えるほどのものだった。そして総勢10名(当初は「最大9名のミュージシャンがオンステージ!」という予定だったのだが、準備を進めるうちに膨れ上がってしまったらしい)ものメンバーによる“アンセム”で佐々木は観客席の通路中央にまで駆け下りてシンガロングを求める。「昨日の夜考えてきたの? 体が突き動かされて、とかじゃないんだ? お前のそういう正直なところ好きだよ」と下岡が横から口出しするのだが、これは盛り上がった。そしてクライマックスは壮麗な、トリプル・ギターの共演を含む“世界は幻”。伊東→大久保→BUCHI→木村→菱谷と熱のこもったソロを披露して、このスペシャルな一夜の幕を閉じたのであった。

アンコールでは、改めて下岡がアナログフィッシュ・オーケストラの面々を紹介する。

下岡:「柳田さんは……佐々木くんの知り合いだよね?」
佐々木:「はい。あの、飲み友達で……」
柳田:「いえ、友達じゃないです」

場内爆笑であった。しかし、ここで披露された“Life goes on”は、メイン・ボーカルに柳田の美しい歌声を据える、配信シングル・バージョンに展開する形で披露。なんとか面目は保った。最後に、メンバーのTシャツにプリントされた番号(佐々木が「1」、スタッフは「0」、お客さん用は九段会館に因んだ「9」で、最前列のTシャツを着たオーディエンスがステージに上げられた)順に並び、「アナログフィッシュ・オーケストラ大成功、バンザーイ!」と繋いだ手を掲げて大団円となった。素晴らしい新アレンジの数々はもとより、これだけゴージャスなアンサンブルや趣のあるステージにも押し負けない、アナログの楽曲群のクラシックとしての懐の深さ/基礎体力の高さに、驚かされた一夜であった。またぜひやって欲しい。(小池宏和)

セット・リスト

1:PARADOX
2:Living in the City
3:Clap Your Hands!
4:City
5:fine (新曲)
6:LOW
7:Phase (新曲)
8:いつのまにか
9:僕ったら
10:平行
11:マテンロー
12:Ready Steady Go
13:公平なWorld
14:夕暮れ
15:Sayonara 90’s
16:アンセム
17:世界は幻

EN:Life goes on
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