テイラー・スウィフト、21歳。彼女は今、アメリカで最も成功を収めているシンガー・ソングライターである。全米8週連続1位を記録し、史上最年少でグラミーを受賞した『フィアレス』、そしてこれまた大ヒット街道驀進中の最新作『スピーク・ナウ』と、彼女が手にしたサクセスはもはや現象と呼ぶに相応しいもので、ナッシュビルを拠点に活動を続けるカントリー・ポップ歌手という地味な出発点とは裏腹に、彼女の今の立ち位置は紛れもなく全米中のティーンの女子が憧れる最上級のポップ・スターであり、そしてアイドルである。しかしアイドルとは言え、もちろん彼女は全ての楽曲を自分自身で書いている。何しろテイラーは弱冠13歳にしてその才能を認められてレーベル契約を得た、天才少女でもあるのだ。
そんなテイラー・スウィフトの1年ぶりの来日公演、そして初の武道館公演である。前述のように、テイラーは全米が誇るスーパー・スター、スーパー・アイドルだ。対してここ日本ではどんなファン層が集っているのか……と開演前の武道館内をぐるりと見渡してみれば、やはり圧倒的に女子が多い。しかも、めちゃくちゃ若い。もちろん男性客もそれなりにいるのだが、若い女子連が巻き散らす華やかなムードに押されて小さくなってしまってる印象。中にはいかにも「娘の付き添いで来ました」的な年配の男性の姿もちらほら見受けられて微笑ましい光景だ。つまり、テイラーはここ日本においても本国同様にティーンにとってのスーパー・スターであり、スーパー・アイドルだった。
しかし、この時点で驚くのはまだ早かった。本当に度肝を抜かれたのは客電が落ちた瞬間だ。暗闇の武道館にいきなり無数のペンライトが点滅する。派手に飾り付けたウチワやメッセージボードがオーディエンスの頭上で揺れる。そして文字通り耳をつんざくような黄色い悲鳴が場内を満たしていく。1曲目“Sparks Fly”でテイラーのシルエットがスクリーン越しに写るとさらにボルテージは急上昇。ほんと、個人的にこんな瞬間沸騰型の盛り上がりを感じた洋楽アーティストのコンサートはバック・ストリート・ボーイズ以来かもしれない。
そして2曲目で最新ヒット・ナンバー“Mine”が早くも投下される。テイラーは真っ赤なギターを抱えて歌う。これがいわゆる彼女のトレードマークとなっているスタイルだ。ブロンド&ゴールドのシャイニーなミニドレスに、ふわふわウェービーな金髪、碧眼、そして赤い唇のテイラーはとにかく、可愛い。とんでもなく、可愛い。正統派の美人とは少し違うと思うのだが、すっきり小作りな顔立ちとくるくる表情を変えながら笑顔を振りまくその様は、もういかんともしがたく、可愛い(何度も言ってすみません)。実際の彼女は180センチを超す長身のはずなのだが、身体の作りが華奢なせいで大柄には全く見えない。
バンドはテイラーを含めて9人編成で、これが彼女のワールド・ツアーの基本フォーメーションのようだ。特筆すべきは最大5人(!)まで膨れ上がるギタリストの数で、テイラーのシンプルなカントリー・ポップの旋律をゴージャスなポップへと変貌させていくのが彼らギタリストの役割だ。「東京のみんな、こんばんは! 私がテイラーよ。伝説の武道館でプレイできて今日は本当に嬉しいの」と彼女が言うと、これまた割れんばかりの歓声が巻き起こる。とにかく今日のオーディエンスは終始こんなテンションだった。彼女の一挙手一投足に悲鳴が上がり、「テイラー!テイラー!アイ・ラブ・ユー!」の大連呼なのだ。
ロッキンな“The Story Of Us”からグランドピアノで弾き語られる“Back To December”、そして電話のコール音のサンプリングでスタートした“Better Than Revenge”へと、前半戦は立て続けにテイラーのポップ・ソングのバラエティが提示されていく。そこには奇をてらった衣装や演出はない。バキバキにフォーメーションを組んで踊るわけでもない。時にはハンドマイクで、時にはスタンドマイクでギターをかきならしながら、失恋の歌だったり、元彼に復讐する歌だったり、 フレンドリーな共感を呼び起こすいわゆる等身大のメッセージ・ソングをテイラーは「普通に」歌っている。等身大の歌を圧倒的なカリスマを持つ女の子が歌うことで、普通の女の子達の日常にも夢が芽生える、そんなシンデレラ現象こそが、テイラー・スウィフトというアーティストの凄さかもしれない。
ギター・ソロのインターミッションの後、お色直ししたテイラーが再び登場する。曲は“Speak Now”だ。今度は目の覚めるようなブルーのドレスにポニーテールというザッツ・アメリカン・アイドル!な装い。コーラスの女子と横並びのスタンドマイクで踊り歌う様は50Sのガールズグループみたいなクラシックなコンセプトを感じさせる。間奏の途中でテイラーがステージを降り、客席の間を通ってバック・ステージへと向かうものだから、アリーナは大パニックになる。しかし屈強なボディガードに囲まれつつもテイラーは余裕の笑顔で、必死に伸ばされたファンの無数の手と丁寧に握手を繰り返しながらバックステージへと到達する。
こうして辿りついた先のバックステージで披露された数曲は、テイラー・スウィフトの「原点」と呼ぶべきカントリー・ライクなナンバーだ。椅子に腰かけギター片手に歌われる“Fearless”、“15”、そして必殺の“You Belong With Me”。それはまるでカントリー歌手を目指してギターを手に取った少女が、10年の月日を経てポップ・スターの座に上り詰めるまでのドキュメンタリーを目にしているようだった。テイラーはいわゆる歌が「巧い」シンガーではないかもしれないが、歌いうる可能な音階の中に最大限の情感を乗せる、そのリアリティで十分に聴かせていくタイプのシンガーだ。メインステージに戻りながら歌われた“You Belong With Me”は文字通りこの日のクライマックスで、テイラーがサビを丸々オーディエンスに任せた末に巻き起こった大合唱はとんでもない迫力だった。
本編ラストはテイラーがシルバーでキラキラにデコられたアコギ片手に歌う“Long Live”、そしてアンコールは鉄板の“Love Story”! もちろん一語一句違わぬ大合唱である。オーディエンスの熱狂を目の当たりにして、「信じられない」といった顔で武道館の客席を端から端までゆっくり見渡すテイラーと、彼女の目線と呼応するように波状に巡回していく大歓声――何度もこの日繰り返されたそんな光景は、どこかクラシカルなポップ・ミュージックの神話を思い起こさせるものだった。ポップ・スターに対する憧れやシンパシーがこの2011年にここまでピュアな状態で息づいていることは奇跡に近いと感じたし、その担い手が日本の若い洋楽リスナーであるというのも、極めてヘルシーな状態だと感じた。
ガーリーでキュートなテイラーのポップ・ミュージックとその世界観は、たとえばレディー・ガガのように「アート」として完全武装されたそれではない。少し手を伸ばせば届くかもしれないと思わせる、夢と現実の狭間に咲き乱れる花のような音楽、それがテイラー・スウィフトではないかと思った。(粉川しの)
2月16日 日本武道館
1. Sparks Fly
2. Mine
3. The Story Of US
4. Back to December
5. Better Than Revenge
6. Speak Now
7. Fearless
8. 15
9. You Belong With Me
10. Dear John
11. Enchanted
12. Long Live
(encore)
13. Love Story
テイラー・スウィフト @ 日本武道館
2011.02.16