最初に、アメリカ・ツアーをバトルスと共に回ってきたばかりの(そしてこのあとヨーロッパ・ツアーも一緒に回る)にせんねんもんだいが、「オープニング・アクト」的ではなく「ゲスト」的に、みっちりがっちりとライヴをやって歓声を浴びたあと(50分くらいでした)、バトルスの3人が登場。セットリストは以下。
1. Africastle
2. Sweetie & Shag
3. Dominican Fade
4. Atlas
5. Wall Street
6. Tonto
7. Ice Cream
8. Inchworm
9. My Machines
10. Futura
アンコール
11.Sundome
フジとかイベントとかでは、ヴォーカル(とギターとか)のタイヨンダイが脱退して3人になってからも来日しているけど、単独のツアーでは、確か、これが初めて。で、私、フジで観逃すという大失態を冒していたりして、3人バトルスを観るの、これが最初でした。4人の頃、2009年の『ELECTRAGRIDE』で観て以来。
で。先に書いてしまうが、もう、めちゃめちゃすばらしいライヴだった。もっと言うと、「すばらしい」の上に「すごい」と「おもしろい」が1曲ごとにどんどん積まれていくようなライヴだった、とも言える。
シンセを鳴らして、音をループさせて、ギターに持ち替えて、次はベースに持ち替えて、また鳴らして、機材いじって(以上デイヴ・コノプカ)、ギターを弾いて、ループさせて、そのギターを提げたまま、自分の両側に斜めに置いたシンセ2台を鳴らして(以上イアン・ウィリアムス)……と、中央でどかばかとビートを叩き出し続けるジョン・ステニアー以外の2人が、次々と音を積み上げていく。ただ、音、そうやって増えていくだけじゃなくて、消えたりもするので、どんどん音がぶ厚くなっていく、ってわけではないのも、いい。
という1曲ごとの一部始終がもうおもしろくて、目が離せない、という楽しさが、まずあった。そして、プラス、言うまでもなく、音そのものの楽しさも、もう、ものすごくあった。最新作やこのライヴに限らず、元々バトルスって、「ギターってこういうふうに弾くもの」「ベースってこういうふうに鳴らすもの」「シンセってこういうふうに使うもの」という前提を、1回全部チャラにして、それこそ、「ギターってどうやって使うもの?」「これでテニスボール打ってみようか」「包丁でなんか切る時下に敷いてみようか」くらいのレベルで、その楽器を「物」として捉え直した地点から音楽を作り始めているフシがある。と、僕は思っているんだけど、そういう意味における「前提ゼロの自由さ」が、アルバムの倍掛けで極まっているのだ、この3人バトルスのライヴでは。音が、曲が、本当に、生き物のようでした。というか、生き物でした、もう。何本もの触手とかが、思いもよらぬ方向にニョロニョロと伸びていくような。と思ったら、その次の瞬間、いっせいにバッてひっこんだりもするような。
だからスリリングだし、だからワクワクするし、だからおもしろいんだけど、ただし「自由すぎてわけわかんねえ」みたいな方向にいかないのは、3人の操る楽器や機材の中で、唯一、「この楽器はこういうふうに使うもの」という前提にわりと忠実な、ジョンのドラムのおかげだと思う。そうじゃないと、ポップ・ミュージックの範疇から逸脱してしまうから意識的にそうしているんだろうけど、偉い。常軌を逸しているのは、例の異常に高い位置にセッティングされた1枚きりのシンバルくらいで、基本的にこの人、まともなプレイヤーだ。デイヴとイアンは、ジャンルの違うよそのバンドに行ったら「帰れ」って言われる危険性をはらんでいるが、ジョンはそのまま通用しそうだし。