ダーティー・プロジェクターズ @ 渋谷O-EAST

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ダーティー・プロジェクターズ @ 渋谷O-EAST
ダーティー・プロジェクターズ @ 渋谷O-EAST
素晴らしいライヴというのはたくさんある。ファースト・ツアーの衝撃から、キャリア云十年の大ヴェテランによる圧巻のライヴまで、その種類は枚挙にいとまがない。けれど、バンドが成長期のピークを記録するライヴというのは、そのバンドのある一時期しか観ることができない。独自の音楽的探究が途上の極みに達し、積み重ねてきたキャリアが大輪の華を開き始め、バンドのアイデンティティと進むべき方向が自然と一致する。今日のダーティー・プロジェクターズはまさにそれだった。出世作である前作『ビッテ・オルカ』によって世界的な評価を確立した彼らが、新作『スウィング・ロー・マゼラン』という傑作をものにして遂に辿り着いた今のライヴは、そう確信させてくれる、途轍もないものだった。

会場に着くと、オープニング・アクトのダスティン・ウォングのステージが始まっている。中央の椅子に腰掛ける彼の横には、赤色のコンヴァースがポツンと脱いだまま置かれている。あれ?と不思議に思うが、そこからはひたすら彼のプレイに圧倒される。弾いて弾いて弾きまくるギター、靴下で踏んで踏んで踏みまくるエフェクター・ペダル。ギターからは時にホーンのようだったり、シンセのようだったり、ピアニカのようだったり、ギターから鳴っていることがなかなか信じられない音色が自在に繰り出され、それがループ・ペダルによって積み重ねられることで、万華鏡的な世界を描き出す。いわゆるギターのループ・ペダル職人的なアーティストは最近だと珍しくないが、ダスティン・ウォングが素晴らしいのは、いわゆる曲芸的なアイディアありきではなく、まさに靴を脱いだベッドルーム的世界観が、そのまま肉体化されていることだ。スラッシュ・メタルみたいなリフを弾き始めたと思ったら、そこに様々なギター・フレーズを乗っけてシューゲイザー的サウンドを立ち上げるなど、密室の脳内宇宙を桃源郷へと直結させるギター・ギークとしてのピュアな快楽が健全に発揮される。演奏中は静かだった客席からステージが終わるや、大きな喝采が飛んでいたが、素晴らしいオープニング・アクトだったと思う。

そして、20時を2分ほど回ったところで、ついに本日の主役が登場する。ボブ・マーリィの“ソウル・レベルズ”に乗って、長身のデイヴ・ロングストレスがステージに現れる。アンバーに、ベースのナット・ボールドウィン、ドラマーのマイケル・ジョンソンが続く。4人という、このバンドにとってミニマムな編成で始まったオープニング・トラックは、新作のタイトル曲“Swing Lo Magellan”。牧歌的な60sロックを彷彿とさせる、穏やかなオープニングだが、こんなにもシンプルな「ロック・ソング」が、何の言い訳も必要なく鳴ってしまえる事実にまず深い感動を覚える。ロックの素の姿、そこからなんとはなしにショウをスタートさせる。それが今のこのバンドにとっては、最高のオープニングになるのだ。オルガとヘイリーの女性陣が両脇に加わって始まった2曲目は“Offspring Are Blank”。ダブ的な静謐なリズムが、デイヴの70sハード・ロック的ギターで大爆発するこの曲だが、ライヴでの迫力はやっぱり音源とまったく違う。このバンドの持つロックへの愛、それがこれ以上なくストレートに爆発する。“Swing Lo Magellan”から“Offspring Are Blank”へという最初の2曲で、このバンドは、ロックへの屈託ない愛情を、最もジャストな形で、いとも簡単に鳴らしてしまう。

ダーティー・プロジェクターズ @ 渋谷O-EAST
ダーティー・プロジェクターズ @ 渋谷O-EAST
3曲目は、この日初めてアンバーがリード・ヴォーカルを務めた“The Socialites”。トロピカルなデイヴによるギター・リフに乗って、アンバーがハンドマイクで歌い出す。2コーラス目からはアンバーが客席に呼びかけ、場内にハンドクラップが広がる。磨き抜かれ、考え抜かれた彼らのアンサンブルは、いわゆる巷の「ポップ・ソング」とは似て非なるものだと思う。けれど、このハンドクラップの光景が象徴的だったけれど、ダーティー・プロジェクターズの音楽には、あくまでポップ・ソングであろうという意志がある。そこがまったくブレてないからこそ、このバンドはすごい。4曲目は出世作である前作『ビッテ・オルカ』のオープニング・トラック“Cannibal Resource”。この珠玉の楽曲さえ、今のダーティー・プロジェクターズにとっては、新作『スウィング・ロー・マゼラン』に辿り着くための途上だったのだなと感じてしまう。雄大なアンサンブルを持つ曲だが、生身でロックの文脈を横断する現在のダーティー・プロジェクターズは、もうそこさえも乗り越えた場所にいるように思える。一方、ビョークとのコラボ作からとなった“Beautiful Mother”は、音源を超えた肉体性を獲得していて、もはやサイケとさえ言えるディープさに会場から大喝采が起きる。

中盤は、最新作の“See What She Seeing”から、前作の“No Intension”を挟んで、4曲入りEPがリリースされた最新シングル“About To Die”へという展開。いずれの曲も、このバンドの音楽的咀嚼力の高さ、抽象度を上げたアンサンブルが展開する曲だが、ここまで来ると、このバンドの音がもたらす緊張感と均衡が、そのままポップ・ミュージックとしての快感に転化される。“See What She Seeing”の逆回転のようなベースのフレーズも、“No Intension”のデイヴならではと言えるトリッキーなギター・リフも、リズムだけで骨格が形成される“About To Die”も、それらは思考的・技術的実験ではなく、音楽への愛として、ライヴだからこそ生々しく伝わってくる。更に素晴らしかったのは、その後に演奏された“Maybe That Was It”だった。再びオルガとヘイリーが脱けた4人編成で演奏されたのだが、思わずキング・クリムゾンを連想してしまう、このデカダンなロック・ナンバーが、2012年現在の表現としての強度を獲得していたのだ。ダーティー・プロジェクターズに「ロック・バンド」という形容は、あまり似つかわしくないかもしれないが、この曲の4ピースの演奏はこれぞロック・バンドというものだった。ロックンロール・バンドではなく、ロック・バンド。今のシーンで抜け落ちてしまっているように感じるバンドの神秘がそこにはあったのだ。

ダーティー・プロジェクターズ @ 渋谷O-EAST
ダーティー・プロジェクターズ @ 渋谷O-EAST
そして、ダーティー・プロジェクターズ版ソウル・ミュージックにして最新アンセムである“Guns Has No Trigger”を経て、ラスト・ナンバーは前作から“Useful Chamber”だったのだが、やっぱりこれがすごかった。音源でも7分近くあるプログレッシヴな楽曲だが、最新型のダーティー・プロジェクターズがこの曲でジャムる。美しいメロディーと至上のハーモニーと轟音のアンサンブルが交互に現れては、音楽的なテンションを青天井で上げていく。ドラムはかつてのクラシック・ロックのヒーローたちを彷彿させんとばかりに叩きまくる。壊すのではない。作るための破壊と言える、そんなジャム。ポップ・ミュージックも、アヴァンギャルドも飲み込んで、バンドは音楽で空間を自らの色に完全に染めて上げて、デイヴは客席に向かって手を挙げて、挨拶した後にステージを降りていった。

アンコールは、これまでの公演を見ても、この3曲が定番となっているようだ。新作からの“Dance For You”、前作からの“Stillness Is The Move”、そして“Impregnable Question”。“Stillness Is The Move”は前作からシングル・カットされた楽曲だが、これもゆるやかなアレンジで演奏され、新作からの2曲は新作の中でも最も陽性の穏やかなもの。素の姿で始まった彼らのライヴは、最後も音楽的なテンションを祝祭感へと変換するように、ソングライティングが露になった素の姿で終わる。それはまるでポップ・ミュージック、ひいてはロックの性善説を信じるように、やさしく鳴っていた。そして、ポップ・ミュージックの物語はこれからも続いていくのだと諭すように、その3曲は鳴っていた。一大スペクタクルでもなく、エンタテインメント・ショーでもなく、ロック・バンドのライヴとして、最後にこの3曲を演奏すること。そこに彼らのやりたいことが象徴されているような気がする。アンコールが終わった後も、ほとんどの人が帰ろうとしなかったが、BGMが流れ出して、ライヴが終わったことを告げる。流れ出した曲はリル・ウェイン。それもまさにダーティー・プロジェクターズの今の在り方を体現しているような気がした。(古川琢也)
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