ノラ・ジョーンズ @ 日本武道館

ノラ・ジョーンズ @ 日本武道館 - pic by シャノン・ヒギンスpic by シャノン・ヒギンス
最新作『リトル・ブロークン・ハーツ』は、アルバム・ジャケットからして驚いた人も多かったのではないか。ラス・メイヤー監督の映画『欲情/マッドハニー』のポスターにインスパイアされたという、そのジャケットは、“Don't Know Why”の大ヒットで一躍デビュー作『カム・アウェイ・ウィズ・ミー』が1000万枚を超えるセールスを記録し、グラミー賞で8部門を受賞したウェルメイドな歌姫の姿とは遠く離れたものだったからだ。そうしたモードはアルバム自体にも表れていて、生々しく失恋について綴った歌詞やプロデューサーのデンジャー・マウスによって再構築されたサウンドも含めて、これまでの彼女のイメージを大きく超えていくものだった。だからこそ、今回の来日公演は楽しみだった。7年ぶりとなった今回の来日公演だが、7年という歳月もあるけれど、まったく変わった彼女の姿が見られると思ったからだ。

定刻の19時、まずステージに現れたのは、オープニング・アクトのジム・カンピロンゴ。ノラとはリトル・ウィリーズで共にバンドを組む彼だが、ジムのテレキャスターから最初の1音目が出た時点で思わず溜め息が漏れる。透明さと猥雑さが当然のように同居する、そのギターの音は、一発でギタリストとしての器の違いを見せつけてくれる。ドラムとウッドベースとジムという3ピースの編成で、いずれもインストだったが、そのサウンドは雄弁にして饒舌。ルーツ・ミュージックへの造詣の深さを感じさせる曲もあれば、ツェッペリンかクリムゾンかというデカダンなリフが炸裂するロック・ナンバーもあるのだけど、そうしたジャンル性を超えて、ジムのギターは自由に表情を変え、確かなテクニックに裏付けられたサウンドは気品を醸し出す。当の本人は余裕綽々といった表情で、飄々と弾いている。演奏したのは全部で6曲。本国アメリカではギタリストとして圧倒的な評価を確立している彼だが、その理由がよく分かるステージだった。

そして、いよいよ7年ぶりとなるノラのステージである。19時50分、客席の照明が落ちる。さらりと右手を上げて、バンド・メンバーと共にノラがステージに入ってくる。ステージ向かって右にあるピアノの前に座り、「コンバンワ、ハーイ」と客席に語りかける彼女。ステージの上からリラックスした雰囲気が漂う。そうして演奏されたのは、ファースト・アルバムに収録のハンク・ウィリアムスのカヴァー“Cold Cold Heart”だ。ノラを支えるバンド・メンバーは4人。ドラム、ベース、ギター、キーボードという編成。アルバムではしっとりと歌い上げられていた“Cold Cold Heart”だが、ここではバンド・サウンドによって熱量を上げて演奏される。間奏のピアノもノラ自ら弾くが、いい意味でざっくりした演奏というか、バンド・サウンドに呼応した風通しのよさがある。2曲目は、新作から“Out On The Road”。軽快なナンバーだが、歌うノラには昔はなかった余裕みたいなものを感じる。7年前、同じ武道館で観た時は、「Blue Note」という看板を背負い、凄腕のミュージシャンに囲まれたお姫様という印象もまだあったのだが、今回のノラ・ジョーンズのステージにはまったくそうした趣きはない。それを序盤で早くも証明してくれたのが、重いブルース調のナンバー“All A Dream”の演奏だった。ステージの中央でノラがピアノに代わって、エレキ・ギターを手にして演奏されたのだが、そこにシンガー+バック・ミュージシャンという構図はなかった。完全にノラも含む5人でバンドとなっているのだ。ノラが弾くギターもソリッドなもの。「アリガトウ。キテクレテアリガトウ」というMCから演奏された4曲目“Little Broken Hearts”も、事前に配られたセットリストには“Long Way Home”が記されていて、その場で曲を変えているようだった。このあたりも実にバンドらしい。

そうした印象はショウの中盤に突入しても変わらない。これぞデンジャー・マウスというワウっぽいギターが印象的な“Say Goodbye”、弾き語り的なイントロ部のノラの歌が素晴らしい“Take It Back”、前作『ザ・フォール』からのファースト・シングルだった“Chasing Pirates”、前回日本に来てからの7年の間に出たアルバムからやるわ、と言って始まった『ノット・トゥ・レイト』からの“Broken”。いずれも飛び道具的な仕掛けはない。“Chasing Pirates”には場内から拍手が起こったが、記録的なヒットを飛ばした曲という訳でもない。けれど、そうした分かりやすさとは違う、楽曲自体が持つ手触りや体温が、今のノラ・ジョーンズのステージからはヴィヴィッドに伝わってくる。ここからコラボレーションものが2曲続き、ドリー・パートンと共演した“Creepin’ In”、そしてデンジャー・マウスとダニエル・ルッピのプロジェクト=Romeから“Black”が演奏されたのだが、この2曲も素晴らしかった。武道館という会場でありながら、音楽的な豊穣さを味わうように演奏されたこの2曲は、まるでライヴ・ハウスのような親密な空間を形作っていた。

観客が待ち望んでいた“Don't Know Why”は、同じくファーストの“The Nearness of You”と一緒に、ノラ一人によるピアノの弾き語りで演奏されたのだが、むしろここだけが今回のショウの中で浮いていたと言えるかもしれない。もちろん、絶対にやらなければならない曲というのはあるわけだし、実際その歌声は素晴らしかったのだが、今の彼女は少し違う場所で歌っているように感じた。直後に演奏された“Sinkin’ Soon”は、再びバンド編成に戻って、そのおどろおどろしいサウンドで狂気を描き、“Miriam”“Happy Pills”は新作が如何に音楽的に奥行きと広がりを持っているか、改めて証明するものだった。特に“Happy Pills”は、初めて聴いた時はシングルという感じがしなかったのだけど、ライヴで聴くと、ちゃんとショウの華になっているのがすごい。本編最後は名曲“Lonestar”。この曲のサビでの声量はすさまじかった。

そして、アンコール。スタンディング・オベーションのなか、再びノラを初めとするメンバーがステージに現れる。アンコールは“Sunrise”と“Come Away With Me”の2曲だったのだが、バンド・メンバーがステージ中央に横1列に並び、ノラのフロントマイク1本で、すべての音を鳴らす。5人の姿に堅苦しさはなく、一方で技術的に長けてないとなかなかできないパフォーマンスである。その素晴らしい演奏を聴いて思ったのは、ノラ・ジョーンズは本当にバンドを求めていたのではないか、ということ。そして、歌姫と呼ばれるキャラクターによくある悲壮感やプレッシャーから解き放たれている場所にいること。すさまじい才能を持っているからこそ、この場所に行きたかったし、新作『リトル・ブロークン・ハーツ』はだからこそ作られた作品なんじゃないか。そんなことを考えさせられるライヴだった。(古川琢也)

01. Cold Cold Heart
02. Out On The Road
03. All A Dream
04. Little Broken Hearts
05. Say Goodbye
06. Take It Back
07. Chasing Pirates
08. Broken
09. Creepin' In
10. Black
11. Carnival Town
12. Nearness or Painter or Dog (solo)
13. Don't Know Why (solo)
14. Sinkin' Soon
15. Miriam
16. Happy Pills
17. Stuck
18. Lonestar
(encore)
19. Sunrise
20. Come Away With Me
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