PES@赤坂BLITZ

PES@赤坂BLITZ - 写真:井手康郎写真:井手康郎
『PES TOUR “素敵なライブ”』

 名古屋、大阪とまわってきた「PES TOUR “素敵なライブ”」(本人もライヴ中にMCで何度もネタにしていたが、3本でも「ツアー」なのだそう)最終日となる本日、赤坂BLITZには老若男女を問わない多様なファンが集まっており、彼がRIP SLYMEという日本一巨大なヒップホップ・グループの一員であることを改めて思い知らされる。そんな当たり前のこと何を今さら、と思う方もいるかもしれないが、9月にリリースされた彼のソロ作『素敵なこと』には、その当たり前を忘れそうになるほどリップでのPESとはまた違ったPESの姿がパッケージングされていたのである。

 開演時間である18時ちょうどに舞台が暗転し、ブルーのライトが数本放たれる中、まずは4人のバンドメンバーが登場する。ヨースケ@HOME(gt)、とっつぁん(ba)、BOBO(dr)、そしてバンドマスターも務める奥野真哉(key)。キャリアも年代も一致しない4人だが、全員ネクタイ、シャツ、パンツを揃え、妙に良くバンド感が出ている。そして、少し遅れて、今回の一連のソロ作のアートワークで使用されていたネコの被り物をかぶったPESがステージに現れると、それだけでフロアからは歓声が沸く。それを脱いだ瞬間や、また「どうもありがとうございます!PESでございます!」という言葉が発せられたとき、さらに一段と歓声は大きく膨れ上がる。さすがのスターっぷりである。

 1曲目はアルバムのタイトル・トラックにしてオープニング・トラック“素敵なこと”。従来のポップ・ソングの黄金律を掻き集めた塊にPESに染みついたヒップホップの香りが移ったような滅法良い曲なのだけど、PESのマイクの音量がやや大きく、バンドの演奏との塩梅がベストの形に収まっていないように感じた。まぁ、そこまで気になるほどではなかったので、PESのソロライヴなのだからこんなものなのかな、と思ったのだが、曲が終わり次の“LOVE”が始まる間にきっちり調整されていた。後ほどPESのMCで、RIP SLYMEをずっと担当してきているスタッフが集まっていることを知り、納得。百戦錬磨なわけである。そして、この“LOVE”では、レゲエ調のビートを織りなす少ない音数の中、かすかなBPMの揺らぎで曲の盛り上げどころを完璧にコントロールするという、ジャマイカのレゲエドラマーも舌を巻くようなBOBOのプレイが圧巻だった。淡々としながら、恐ろしいまでにグルーヴィ。いつ、どこ(誰の後ろ)で見ても凄いドラマーである。
3曲目はシングル曲“シーサイドラバーズ”。このあたりで気付いたのが、演奏の再現性の高さ。リズムはもちろん、奥野真哉を中心に音色まであの異常な完成度を誇っていた音源にかなり近いクオリティを保っている。『素敵なこと』という作品の凄さはまず、まるで70年代初頭にNYで録音したかのような、目の前で演奏しているとさえ錯覚し得る生々しくラフなサウンドプロダクションにあった(特に、あれほどドラムの音が良いレコードは滅多にないと思う)。「生演奏のような音源」を実際に生で演奏し、粗さが出るわけでも、逆に「これなら音源聴いてれば充分」などと思わせるわけでもない、精緻かつダイナミックなグルーヴを叩き出す。つまり、簡潔に言ってしまうと、非常に優れたバンドだということだ。また、そんなバンドに王道のポップスからレゲエやエレポップ、カントリーまで幅広い曲調を演奏させながらも『素敵なこと』がまるでとっ散らかった印象を持たせない作品に仕上がった要因は、PESのメロディにある。どの曲のコーラスでも必ずといっていいほど飛び出す黄金のビッグ・メロディを共通項として個々の楽曲に一体感を宿すという、ポップ・ソングを本業とするシンガー・ソングライター達がハンカチを噛んで羨むような所業をPESはやってのけている。これについて奥野も「千葉君(PESの本名)の書くメロディはみんな一体となると言うか、“ウィ・アー・ザ・ワールド”的な…その辺、少女時代とかに近いかな。来年からPES時代でね」とギャグ混じりに話していたが、まさに少女時代やジャニーズなどと同じフィールドで闘い得るようなポップ・ポテンシャルを有すメロディなのではないかと思う。ソロ・ミュージシャンPESが書き、歌っているのは。

 座ってしっとりと演奏した“君のような誰か”~“あなた”~“夜灯人”の流れや、奥野がソロ含めアコーディオンを弾きまくった“OK! MEXICO”など、観客を飽きさせない趣向を凝らした演出が続いた中盤、(恐らくは聴き入っていたため)若干静かになったフロアを再点火しようと、PESが自身によるボイス・パーカッションに乗せたフリースタイル(つまり、ボイパとラップと一緒にやっていた)を披露する場面があった。また、曲間にフロアから黄色い声援があまりに鳴り止まなかった際に「いやいやいや、おかしいよ!おかしいでしょ!」と否定した後すぐ「まぁ俺も嫌いじゃない…むしろ好きと言いたい!」とフォローを入れる場面も。こうした部分に、とても「PESらしさ」が出ているように思う。それはつまり、常に自分を取り囲む状況を過敏なまでに観察し、持ち前の器用さで誰も傷つけないように立ち振る舞う、万人から愛されるべきパーソナリティである。それゆえ、たとえばアルバムのベスト・トラック“Pleasure”終盤のリフレインにおいて彼は≪ねぇ ハローハロー≫の後に≪聴こえている?≫ ≪届いている?≫と続かせる。「そっちはどうだ」と尋ねるとき、間違っても≪how low?(どのくらい酷い?)≫などと他者の内側に潜り込もうとしたりはしない。もちろん、そうした過度のデリカシーは、孤独と表裏一体のものでもある。そんな、優しいのにどこか悲しい、センチなのに乾いている、彼の両義的な人間性が音として前面に出たことが、このソロ活動の最大の収穫だったのではないかと思う。…と思っていたのだけれど、アンコールで披露してくれた“黄昏サラウンド”~“One”~“楽園ベイベー”を自分のヴァースとコーラスだけ繋いだ悶絶モノのリップメドレーを聴いているとき、「あれ、さっきまでのPESと変わらないじゃん」と、驚いてしまった。どの曲のリリックにも、メロディやフロウにも、彼のソロ曲と同様のフラジャイルな魅力が感じられたのだ。それはつまり、PESが「RIP SLYMEのPES」でいるときに何も仮面を被っているとか、別人格を演じているとかそういうことではなく、あくまでPESのままでいるということだ。ただ、RIP SLYMEという無二の「仲間」との関係性の渦の中に入ることで、彼の表現の表情が変化する、そういうことなのだと思う。孤独を博愛と共存させたまま抱えたようなソロのPESと、そんなPESをさえハイに浮上させるRIP SLYMEの絆の強さ。その関連性を考えると自然と胸が熱くなってくる。今日観ることができたのは、結果的にPESとリップの両方を益々好きになってしまうという、とても幸福なライヴだったのである。(長瀬昇)


セットリスト

1.素敵なこと
2.LOVE
3.シーサイドラバーズ
4.真夜中のレインボー
5.君のような誰か
6.あなた
7.夜灯人
8.南の風に誘われて
9.Change
10.OK! MEXICO
11.この夜は終わらない
12.Pleasure
13.女神のKISS

アンコール
14.RIP SLYMEメドレー(黄昏サラウンド~One~楽園ベイベー)
15.パーティーはどこだ!
16.Sunday
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