坂本龍一 @ 赤坂ACTシアター

「坂本龍一 Trio Tour Japan & Korea」

坂本龍一 @ 赤坂ACTシアター
坂本龍一 @ 赤坂ACTシアター
現在行なわれている日韓ツアーは、秋にリリースされたアルバム『THREE』を引っ提げたもので、文字通り3人編成で行なわれたレコーディング・メンバーによるライヴ。楽曲は、坂本龍一の代表曲をこのラインナップで新たにアレンジし直したもので、所謂セルフカバー作品なのだが、言うまでも無くどの曲も新たなエネルギーそして表情を獲得した、最新型の坂本龍一が表現された作品になっている。

バンドメンバーは、チェロにジャケス・モレレンバウム、そしてバイオリンにジュディ・カンという布陣。このメンバーですでに昨年ヨーロッパ・ツアーを行っており、その成果としてアルバム『THREE』が録音されたわけだが、そこで聞かせる静謐にして同時に確かな意志を持った演奏で、この日もオーディエンスを2時間にわたって虜にして見せた。

19時の開演直前に席に着いたところ、ステージ上では今なおピアノのチューニングを行なっているだけでなく、他にもスタッフ数人がステージ上で作業をしており、まだ当分始まらないかな?と思っていたところ、さりげなくジャケスとジュディが現れ、それぞれの楽器を手に一緒にチューニングを始める。クラシックのコンサートっぽい風景だが、待つほども無く坂本龍一もゆっくりと現れ、いきなり場内は大きな拍手に。改まってお辞儀をした後ピアノの前に座り、スタッフが退場する中、3人による最終的な音合わせが行なわる。準備が整うと場内が徐々に暗くなっていき、坂本龍一がふたりに向かって手をかざしゆっくり振り下ろす仕草を見せると、1曲目の“kizunaworld”がふたりの弦が放つゆっくりとした響きとともに始まった。

坂本龍一 @ 赤坂ACTシアター
メンバーの配置は、中央やや下手(観客から見て左側)に寄った場所にグランドピアノ(鍵盤は下手側。つまり観客は坂本龍一の右顔を見るスタンス)が配置され、その上手側のやや奥まったところにジャケスが座ってチェロを構え、そして上手にジュディがステージ中央向きに立ってバイオリンを奏でるという配置。全員が目線を合わせながら進行するスタイルは、各曲のテンポやサスティーン、そしてクレッシェンドの塩梅など、その場その場の呼吸で曲のアクセントを決めていこうとするスリリングなもの。坂本龍一もピアノに集中する一方、しかし随所でふたりに目配せや手振りで指示を送り、曲の「この日の」聞かせどころを、しっかりと伝えていく呼吸感がいい。

曲はお馴染のものばかりとはいえ、どの曲もこのトリオ用に大胆に改変されているので、ほとんど新曲と言っても構わないものも多い。高音と低音の弦が長音を多用したふくよかな情景を作り上げていく中に、坂本龍一がピアノの音色をひとつひとつ吟味しながら、ゆっくりとその景色の中に置いていくようなアレンジはこのツアーならではの醍醐味で、アルバム『THREE』の音楽が一層肉体的に聞こえていく様子に眩暈を覚える。時に耳あたりのいい、時に意図的にギャップを孕ませたメロディー。それらが何故最終的にその音階になったのか、その意味と快楽原則をひとつひとつ確認するように奏でていくピアノの調べは、音数こそ少ないものの強い集中力を感じさせるもの。ことさらに大きな音や激しい起伏は出現しないのだが、だからこそ発揮される種類のエネルギー、そして演奏のしなやかさで着実に場内の空気を支配していく。

ピアノの独奏で始まった“happy end”では、メジャー/マイナーのどちらでもないコード進行で、曲の持つ透明感を以前以上に明確に浮かび上がらせ、“bibo no aozora”では静かにたゆたう弦二重奏の中、時折アドリブのフレーズも垣間見せるものの基本的にはメインテーマを執拗に繰り返す演奏で、そのメロディーの発揮するイメージ力をアピールしていく。そんな、作曲家としての坂本龍一のプライドを演奏者としての坂本龍一がしっかり具現化している、そんな「頼もしさ」が常にステージ上に漂っていたライヴだった。

というと、場の雰囲気はかなりシリアスなムードだったと思われるかもしれないが、実際客席は曲が終わった瞬間の大きな拍手の時間を別にすれば水を打ったような静寂に包まれてはいたのだが、実は全体の空気は実にリラックスしたものだったのもよかったのだ。なにより、坂本龍一自身の表情が常に柔らかく、特にふたりに指示を出す場面などではその様子がはっきりと見て取れたのだが、演奏を心底楽しんでいた様子だった。以前は「演奏よりも作曲をしている時のほうが楽しい」と語っていた時期もあったが、現在の坂本龍一は新しい曲も昔の曲も「今“良い”と思う音色」で再生する喜びに満ちており、それが最新作『THREE』のテーマになっていることは明らかで、その喜びをオーディエンスと分かち合うために今回そして昨年のヨーロッパツアーを行なっていると思っていいだろう。従って、中盤ではYMOの大ヒットアルバム『SOLID STATE SURVIVOR』から“Castalia”をピアノ独奏で披露するというサービスを見せ、後半は“merry chirstmas,mr.lawrence”~“last emperor”という代表作の連発で締めくくるという、オーディエンスの期待にきちんと沿ったメニューになっていたことにも顕著だと思う。

坂本龍一 @ 赤坂ACTシアター
なにより、この日のライヴは実にMCが多かったのだ。まず1曲目が終わるや、左手側に用意されたテーブル上のマイクを取り上げ、「今の曲は“kizunaworld”と言いまして、3・11の後、初めて書いた曲です。」と解説。続いて2曲目“1900”が終わったところでもまたしてもマイクを取り、同曲にちなんで映画「1990」の話、そこから映画つながりで「ラスト・エンペラー」の話と、驚くほどにコミュニケーション願望が膨らんでいることを見せ付ける。「今日は話が長くなっていますが(笑)…どうしちゃったんでしょ、ワタクシ」と照れながらMCを無理やり締めるところも可愛い。前述したYMO楽曲でも「“Castalia”なんて久しぶりですね。これは…『SOLID STATE SURVIVOR』に入っているんでしたっけ?どうでしたっけ?」と客席に耳をそばだてるポーズまでとってみせるくらい、この日の坂本龍一は、そう、「乗って」いたのだ(客席から大きな声で「そうです!」という回答があって、場内は笑いに包まれました)。

静謐でありながら、しかし音楽が持つことの出来る意味やエネルギー、さらにはコミュニケーション力まで、その少ない音数に反比例させるようにしっかりと伝えて見せたライヴは、本編を終了するも当然のように大きなアンコールの声が沸き起こる。待つほども無くすぐさまステージに3人が登場するや、来年の大河ドラマ「八重の桜」のテーマ曲を早速披露して見せ、お得感でオーディエンスを喜ばせるところも流石。さらには「(NHKから)頼まれもしないのに、主人公の八重さんのテーマ曲も書きまして。そしたら、それもドラマで使われることになりました」と場内に大きな笑いと感激を与えたところで早速演奏してみせるのだから気が利いている。曲は優しいメロディーを持った穏やかなもので、好意で勝手に作った曲がこういうタイプの曲であることも、こちらとしては嬉しいものを感じてしまう場面だ。しかしながら「僕がイメージしていたシーンとは全然違う使われ方なんですけど」というオチで話を締めるところも、この日の坂本龍一ならではだった。

坂本龍一 @ 赤坂ACTシアター
アンコールは結局3回にも及び、そのたびにステージ前方に3人で並び、肩を組んだり手をつないだりしての丁寧なお辞儀で場を後にしていた3人。最後の最後、胸の前で手を小さく振りながら照れくさそうに「バイバイ」とだけ言ってステージを去っていった坂本龍一は、なんだかとてもお茶目だった。(小池清彦)

セットリスト

1 kizunaworld
2 1900
3 happy end
4 bibo no aozora
5 a flower is not a flower
6 tango
7 castalia ~ piano solo
8 shizen no koe
9 still life in A
10 nostalgia ~ piano+violin
11 merry chirstmas,mr.lawrence
12 last emperor
13 1919

Encore

1 Yae no Sakura
2 Theme for Yae

Encore2

1 Rain

Encore3

1 parolibre
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