初日となった昨夜のメイン・アルバムは1974年作の『アウトバーン』。会場に入るとチケットと共に3Dグラスが配布される。ちなみにこの3Dグラスが収納された紙ケースは日によってデザインが毎回変わる凝った作りで、これ自体がクラフトワークのコレクターズアイテムになりそう。日本に上陸する前はニューヨークのMOMAやデュッセルドルフのノルトライン・ヴェストファーレン美術館、ロンドンのテート・ギャラリーといった美術館を会場としてきたツアーだけに、3Dグラスかけて開演を待ちかまえる時間は何やら前衛的なインスタレーションを観にきたような気分にもなる。
定刻を少しすぎたあたりで場内が暗転、あのあまりにも有名なエンジン音と共に1曲目の“AUTOBAHN”が始まる。ステージ上には4人の陰、そしてステージバックの巨大スクリーンにはこれまたあまりにも有名な『アウトバーン』のアートワーク=青い空、緑の山、その狭間を突き抜けるグレーと白の高速道路の画がババーン!と広がり、場内からは思わずどよめきのような歓声が上がる。そう、私達の目に飛び込んできたのは『アウトバーン』のアートワークが39年の時を越えて3D動画となり「再起動」する様で、ここから22分に亙ってわくわくするようなヴァーチャルの自動車旅行が始まるのだ。
3Dライヴというコンセプトに、この初っ端の“AUTOBAHN”はずっぱまりだったと言っていい。実際に車の中にいるような臨場感、高速道路をぐんぐん加速していくフォルクスワーゲンと並走するようなスリル、対向車線から迫りくるベンツの迫力、反復するリズムに乗って目に飛び込んでくる美しい流線型と心地良いスピード。様々な角度から映し出される“AUTOBAHN”の3D映像は、クラフトワークの特別なショウへの扉を開く格好のイントロダクションになっていた。ここからアルバムの最終曲“MORGENSPAZIERGANG”までは『アウトバーン』をそっくり再現する流れで、“MORGENSPAZIERGANG”は鳥のさえずりと共に夜明けを迎える街の風景でエンディングを迎える。
そして次の“RADIOACTIVITY”でショウの流れは一転する。スクリーンは白と黒の世界となり、そこに大きくゴシック体で「FUKUSHIMA」と浮かび上がると場内からはさらに大きなどよめきが巻き起こる。『アウトバーン』の再現において3D映像が「移動」や「速度」の体感に効果を発揮していたとしたら、この“RADIOACTIVITY”においてはメッセージの「直接性」や「インパクト」の面で最大の効果を発揮していく。「日本でも 放射能 今日も いつまでも」「水 空気」「放射能 今すぐやめろ」といった彼らの強いメッセージが文字通りスクリーンを飛び出してこちらの目にびしばし飛び込んでくるのだ。「喉元に突き付けられる」とはまさにこういう状態を言うのだろう。続く“TRANS-EUROPE EXPRESS”で再びショウは移動と加速のターンへと移り変わっていくが、牧歌的だった“AUTOBAHN”の自動車旅行に比べると、モノトーンの強い線と光で描かれるヨーロッパ特急の旅はかなりハードボイルドだ。
既にお気づきのとおり、クラフトワークの今回のツアーは日替わりで8枚のアルバムを再現するとは言っても、そのアルバムも曲しかやらないというわけでは全くない。“THE ROBOTS”から“THE MAN-MACHINE”へと至る中盤の5曲は言わば「クラフトワークのヒット曲メドレー」で、テクノの始祖であるクラフトワークはポップ・ミュージックのクリエイターとしてもとんでもなく優れた集団であったことが立て続けに証明されていく。
映像&曲調共にカラフルでバラエティに富んだ“THE MAN-MACHINE”までの数曲がクラフトワークのヒット曲メドレーで「ポップ」の側面だったとしたら、“NUMBERS”から“COMPUTER LOVE”へと至る後半の5曲は言わば「クラフトワークのテクノ講座」的なセクションだ。現在のテクノ・ミュージック、エレクトロ・ミュージック全般の根底に横たわるクラフトワークという「源」を明らかにする恣意的な流れで、数十年の時を経た今なお寸分も古びない彼らのオリジネイターとしての凄みを感じずにはいられなかった。
『アウトバーン』の再現、“RADIOACTIVITY”でのメッセージ性、中盤のポップ、後半のテクノと、この日のショウは明確なストーリーと流れを持って進んでいき、3Dコンサートというコンセプトがよりくっきりとそのストーリーと流れに意味を与えていく。冒頭にも書いたけれども、このツアーが美術館を巡回しておこわなれてきたというのも改めて納得できる。そう、まるで「コンピューターとポップ・ミュージック」に纏わる数十年の歴史をアートとして昇華するかのようなイベントでもあったからだ。そしてそれが可能なのは歴史の原点にいるクラフトワークならではだろう。
そしてクライマックスに向けてショウは再び加速していく。“AUTOBAHN”、“TRANS-EUROPE EXPRESS”に続く「移動と加速の3部作」のフィナーレを飾るのが“TOUR DE FRANCE”だ。実際のツール・ド・フランスのレース映像が過去から現在に向かってスクリーンの中でどんどんアップデートされていくのも面白く、思わず見入ってしまう演出だ。そして“BOING BOOM TSCHAK”、ラストの“MUSIQUE NON-STOP”はここまで組み立ててきた物語の解体作業のような2曲で、テクノ・ミュージックが電子音の「素材」へと立ち戻っていく様が描かれていく。歴史を巻き戻すかのように、ステージ上の4人が1人ずつ自身の電子音を止めてステージを去っていく。その最後の一瞬まで完璧な物語だった。(粉川しの)
AUTOBAHN
KOMETENMELODIE 1
KOMETENMELODIE 2
MITTERNACHT
MORGENSPAZIERGANG
RADIOACTIVITY
TRANS-EUROPE EXPRESS
THE ROBOTS
SPACELAB
THE MODEL
NEON LIGHTS
THE MAN-MACHINE
NUMBERS
COMPUTER WORLD
HOME COMPUTER
DENTAKU
COMPUTER LOVE
TOUR DE FRANCE + INTRO
TOUR DE FRANCE 03
PLANET OF VISIONS-XT
BOING BOOM TSCHAK
MUSIQUE NON-STOP