公演前日の10月18日には渋谷タワレコでのイベント後に急遽駅前スクランブル交差点に現れ都心をパニックに陥れたかと思えば、ミュージックステーションに出演するなど、本義のライヴを前にしていきなりやりたい放題のロックモンスター=キッス。もちろん、通産10回目となる今回の来日は7年ぶりであり、しかも2006年の際は静岡、大阪、名古屋、福岡での公演のみだったため、首都圏においては実に9年もの時間が経っていることを考えれば、その待望感は想像に難くない。それは当然ながらキッスアーミーも同様で、今来日ツアー初日となる本日の会場は、フルメイクにキッスTシャツを着込んだ熱心なファンを多数含む満員御礼となった。この日本においてもキッスの結成40周年は、まずは彼らに相応しいだけの熱量でセレブレイトされたのだ。
超巨大なクモのセットと共に現れた4人がまず演奏したのは、お馴染み“Psycho Circus”。あぁ、素晴らしい出音だ。この規模の会場とは思えない切迫感のある音響。熱意と金を込めているのはセットだけではない。この曲と、また続く“Shout It Out Loud”においても、リードをとるポール・スタンレーとコーラスに入るジーン・シモンズの喉は絶好調の様子。とても齢60歳を超えているとは信じ難い伸びと張りである。曲が終わるとポールは「チバ!チバ!チバ!チバ!」と繰り返す(一体彼は今日のライヴを終えるまでの間に何回「チバ」と言っただろうか)。続けて「アナタハ、サイコー!」と叫ぶと、客席も「あんた達こそ最高だよ!」とばかりに大歓声を返す。次はジーン・シモンズのアジテートが冴えわたる”Do You Love Me”。サビの「Do You Love Me」のシャウトに合わせて諸手を上げるジーンの姿、またフロント3人が広いステージの中央に寄り添って最後のソロを演奏する様がたまらなくクールだ。最初のハイライトを創出したのは、タメの効いたエリック・シンガーのドラムプレイが素晴らしかった“I Love It Loud”の次に放たれた“Hell or Hallelujah”。最新作『モンスター』のオープニング・ナンバーである。まず、結成40周年のバンドの最新作からの曲が、ここまでで最速のBPMであるということに驚きを覚えつつ、笑いもこみ上げてくる。そして、演奏。スーパーカーの性能で爆走するブルドーザーとでもいうような、激しくも滑らかなバンド・ダイナミズムの極致。今のキッスが何度目かの絶頂期に居ることを端的に示す熱演である。多くの名曲を有するがゆえに「キッスの新曲なんて誰が聴きたがるんだ?」とまで言いのけてきたジーン・シモンズが手をかけた新譜ということは、つまり今作『モンスター』が過去の輝けるディスコグラフィに肩を並べる弩級の傑作であるということ。何故ここにきてそんな傑作を作れたのか。そこには種も仕掛けもない。ジーンとポールのオリジナル・メンバー2人にトミー・セイヤーとエリック・シンガーを加えた今のキッスが、過去最高レベルに素晴らしいロックンロール・バンドの高みに到達しているからだ。まったく、普通ならどう考えてもキャリアの終盤に差し掛かる時期だというのに、どこまでも求道的な男たちである。
そして次の“War Machine”では、間奏でエリックの乾いたスネアの連打に合わせて彼のバックから火が吹き出し、我々の期待を充分に膨らませた後で、最後にはついにジーンの火吹きが。これを観に来たんだよ、とばかりに歓声を上げる客席に対し、今度はポールが唐突にアカペラで“Sukiyaki Song”――“上を向いて歩こう”を歌い出す。しかも、2コーラス分がっつりと。なんというサービス精神。これがキッス。…とこのとき思ったのだが、彼らのサービス精神がまだまだこんなものではなかったことを、これから思い知らされることになる。
“Heaven’s On Fire”~“Calling Dr. Love”~“Say Yeah”とミドル・テンポのハード・ロックが連打され、ライヴも後半に差し掛かった頃合いで、トミー・セイヤーの見せ場がやってくる。リード・ヴォーカルをとり、まずは『ラヴ・ガン』収録、元メンバーであるエース・フレイリー作曲による名曲“Shock Me”を完璧に歌い上げた後、メドレー形式で今度は最新作『モンスター』で自身が書いた“Outta This World”に繋げていく。ややダルでルーズなヴォーカルが、ポールとジーンとはまた違った魅力を醸している。演奏が終わり、気が付けばそのポールとジーンが姿を消している。なんだなんだと思っているとすぐ、トミーとエリックの2人がジャムり出す。こうして改めて披露されると、2人がとんでもない凄腕のミュージシャンであることを思い知らされる。“君が代”をワンフレーズだけ弾くトミーの奥ゆかしさもニクい。ジャム終盤には、トミーの足場と、エリックごとドラムセットが高く高くせり上がる演出が。空中で少しポーズをとり存分に声援を浴びた後、エリックがバズーカを発射。まさしく正メンバーに相応しい目立ちっぷりであった。2人が地上に戻ると、しばしステージが暗転し、赤基調の控えめの照明が灯ると、今度はステージ上にジーンしかいなくなっている。おどろおどろしい雰囲気の中、1人で轟音を弾き出し始めるジーン。そして、吐血!からの、腕を組んでの長い長いドヤ顔! 一通り歓声を味わい尽くしたジーン・シモンズ、今度は、飛んで生身で高く舞いあがり巨大クモのセットの上に立つ! これには客席からのすでに怒号のような歓声もさらにヴォリュームが上がらざるを得ない。そして、“God Of Thunder”だ。天上から我々キッスアーミーを見下ろしまさしく雷神が如き低音を叩きつけるその姿の神々しさたるや。クラクラするような格好良さだ。
さすがにこの後は大団円に向け一直線に…とはならないのがキッスである。次の“Lick it Up”では、巨大クモがかしずくように頭を地上に下げてきてポールとエリックがその上に。そして何でもアリの様相を呈してきたライヴには、最大のギミックがまだ残されていた。“Lick it Up”が終わると、ポールが自分の名前を何度も客席に叫ばせる。「まだ充分じゃない」、「もっともっと」とじらしてようやく満足したところでポールは、飛んだ。ジーンは上にだったが、ポールは、前に。行き先はフロアの真っただ中に設置されたお立ち台だ。近くで観るとやはり滅茶苦茶デカイ! ステージよりグッと近くに来てくれたポールに対し、周囲のオーディエンスは半狂乱の声を上げる。そこで360度をくるくる見渡しながら彼が歌い出したのは“Love Gun”。もちろん、サビのヴォーカルを務めるのはキッスアーミーである。これ以上ない程の一体感。まさにクライマックスに相応しい演出だった。ポールがステージに戻り、最後は最高のロックンロール・アンセム“Rock’ N Roll All Nite”で、前が見えなくなるほど大量の紙吹雪が舞う中締めに入る。曲の終わりでは、ジーン、トミー、エリックがまたも空中にせり上がる中1人ステージに残ったポールが自身のギターを叩き壊し、フィニッシュ。
アンコールは、ポールの煽りによる客席の「エリック!」コールにより幕を開ける。1曲目は“Detroit Rock City”。2曲目が“I Was Made For Loving you”。火は吹きまくっているものの、正攻法の演出、演奏。ゆえに、曲の良さが染み入ってくる。他のハード・ロック・レジェンドに比べるとキッスの演奏やアレンジは非常にシンプルである。簡素と言ってもいいかもしれない。それもこのソングライティング力あってのことなのだと、4人が独力でこの広い会場を1つに纏め上げていく様を見ていると改めて実感させられる。そして、最後の最後はポールのソロから始まった。途中で“Stairway to Heaven”のイントロを少し弾き、首を横に振る(それも2回)。伝説が伝説をいじっている。そして演奏されたのは“Black Diamond”。ファースト収録のこのナンバーでキッスというバンドが原点から何も変わらずここまで巨大に力を付けた事実を聴き手と共有し、ライヴは幕を閉じた。スクリーンには「KISS LOVES YOU CHIBA」の文字。徹頭徹尾、何とも完成されきったショウだった。そして、そのことすらも、間違っても「老人なのに凄い」や「昔のバンドなのに凄い」ではなく「キッスだから当然凄い」と思わせるのが、もうとんでもなく凄い。24日のツアー最終公演は、WOWOWで生中継するとのこと。ライヴに行けない人、もしくはまだキッスという破格のロックンロール・バンドの実力に触れたことのない人は、ぜひこの1大スペクタクルをテレビで確認してみてはいかがだろうか。(長瀬昇)
〈セットリスト〉
1. Psycho Circus
2. Shout It Out Loud
3. Do You love Me
4. I Love It Loud
5. Hell or Hallelujah
6. War Machine
7. Sukiyaki Song
8. Heaven’s On Fire
9. Calling Dr. Love
10. Say Yeah
11. Shock Me ~ Outta This World
12. God Of Thunder
13. Lick It Up
14. Love Gun
15. Rock’ N Roll All Nite
(encore)
16. Detroit Rock City
17. I Was Made For Loving you
18. Black Diamond