スティーヴィー・レイ・ヴォーンやジミー・ヴォーン、ザ・ホワイト・ストライプス、ザ・リプレイスメンツのエンジニアやプロデューサーとして知られるジョン・ハンプトンが12月12日にがんとの長い闘病の末他界した。享年61だった。
ブルース・レコーディングのプロデューサーとしてよく知られたジョンだが、彼はかつてメンフィス・コマーシャル・アピール紙に、メンフィスのアーデント・スタジオに職を得たきっかけはレッド・ツェッペリンだったことを次のように語っている。
「レッド・ツェッペリンの大ファンで、サード・アルバムが出たらジャケットの裏に『ミックス-アーデント・スタジオ、テネシー州メンフィス』ってクレジットが入ってて、そこでなんとなく決心したんだよ。ここで働きたいなって」
1977年にアーデント・スタジオに雇い入れられたジョンは最終的にはスタジオのオーナーの一人となるまで上り詰めることになったが、ジミー・ヴォーンの『ドゥ・ユー・ゲット・ザ・ブルーズ?』やザ・ホワイト・ストライプスの『ゲット・ビハインド・ミー・サタン』の貢献でグラミー賞に輝くことにもなった。ジャック・ホワイトとはラカンターズの『ブロークン・ボーイ・ソルジャーズ』でも一緒に取り組むことになったが、ジョンはジャックについて次のように生前に振り返っている。
「ジャックはぼくがまだ駆け出しだった頃のやり方をそうとは知らずに思い出させてくれるんだよね。アナログ・テープや8トラックで作業をする場合にはあんまりオプションがなくなるからね、その場で相当コミットしないとならないんだよ」
ジョンはそのほかにもスティーヴィー・レイ・ヴォーンの遺作となったヴォーン・ブラザーズの『ファミリー・スタイル』、ザ・リプレイスメンツの『プリーズド・トゥ・ミート・ミー』、アレックス・チルトンの『ライク・フライズ・オン・シャーバート』でもエンジニアリングを手がけたことで知られている。
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