昨年アメリカでアルバム・セールス通年2位を記録した『ヴューズ』に続くドレイクの新作、『More Life』が発売された。
発売以後、収録曲全22曲がBillboard ホットチャート100にランクイン、リリースから24時間で8990万回の再生回数を記録しアップル・ミュージックの1日の最多再生回数記録を更新、2位以下に4倍以上の差を付けて全米アルバム・チャート初登場1位など、様々な記録を更新している。
今最大の話題である『More Life』の収録曲全22曲を徹底的に解説する。ぜひ『More Life』を聴きながら読んでほしい。
12曲目から22曲目の解説を後編としてお届けする。
前編はこちら。
12. Sacrifices
特異なフロウで有名なヤング・サグ、そしてトゥー・チェインズというアトランタ勢を迎えてのトラックで、プロデューサーはドレイクとの付き合いが長いT・マイナス。
ミニマムでひたすら反復的なエレクトロニック・リフにあわせてドレイクは自分や自分の仲間が数々のディスを受ける一方でどれだけの成功を極めているか誇示しつつ、ディスをやり過ごせという(ジェイ・Zなどからの)忠告には聞く耳もなく、売られた喧嘩はすべて買っていくつもりだという心情が綴られる。
ヒップホップに身を投じることになって自分は相当の犠牲も払ったが、その犠牲が報われて今があるのだから、何にも臆することなく相手を打ち負かすという決意が露わになっている。
13. Nothings Into Somethings
過去を逡巡する内容にぴったりのエレクトロニック・ビートによるトラックで、憂いに満ちたドレイクのメロディが際立つ。
別れるにしてももうちょっとやり方はなかったのかと問いかける内容になっている。
相手が自分との関係を何も無かったかのようにしていることへの違和感を綴るもので、何も無かったことにするということはまだ未練があるのではという歌い手の思いがタイトルの意味だ。
14. Teenage Fever
トロントのプロデューサー、Haglerによる低音がうねるグルーヴの暗い響きの中で、関係の破綻がつまびらかにされていく曲。
自分のことしか考えていない相手についていけず、新しい出会いを求めてしまったことを明かしつつ、それでも相手への捨てきれない気持ちを吐露していく内容をドレイクは切々と歌い上げる。
実は昨年末から数か月にわたってドレイクとジェニファー・ロペスの交際が進行中だと伝えられていたが、最終的に実を結ばなかったことの経緯かと思わせる内容になっている。
特にジェニファーが1999年に発表した"If You Had My Love"のコーラスがそのまま使われていて、あまりにも有名なコーラスがこの関係の難しさを伝えるものにもなっている。
うまくいかなくなった理由はドレイクがタイトルや歌詞でも説明している通り、熱にほだされた10代の頃のように自分から何も強く言えず、ただもどかしかったということなのだろう。
15. KMT
この曲で曲調は再度ヒップホップ・モードに戻る。トロント出身のNessによる、グライムのリズムを意識したトラックに合わせてドレイクとギグスが再びタッグを組んでみせている。
KMTとはKiss My Teeth、つまり不快感を表明するというカリブ系のスラングで、この言葉をドレイクは自分の絶好調な現状と比較して他のアーティストの音は満足いかず不満であるという文脈で使ってみせている。
ドレイクの歌詞だけでもかなりイギリスの言い回しをぶち込んでいるのに、後半のギグスはこてこてのUKラップになっていて迫力のパフォーマンスとなっている。
16. Lose You
盟友"40" ことノア・シェビブをプロデューサーに迎えたこのトラックは、他のヒップホップ勢から反感を買っているドレイクの心境をつぶさに語ったもので、ある意味でここからがこのアルバムの核心ともなっている。
冒頭は同郷のザ・ウィークエンドとそのXOレーベル勢とともに北アメリカを制圧したといってもいい自分たちの輝かしい現状を祝う一方で、この先どんなディスにも食って返すと宣言し、かつて自分の存在感が薄かった頃は誰もが自分を誉めそやしたものなのに自分の存在が圧倒的に支配的になると掌を返したように炎上しっぱなしだと綴る。
しかしここまで来られたことへの感謝は忘れていないし、この前向きな気持ちがどこへ自分を引っ張ってくれるか見届けたいとドレイクは宣言する。
ただ、なぜ自分だけがここまで反感を買わなければならないのだろうかという疑問とともに、ひょっとして自分は聴き手のみんなの共感を失ってしまったのかと問いかける。
ここ数年のドレイクのセールスは常に記録的なもので、一般のリスナーからの共感なり支持なりを失ったとは到底いえない。つまり、この問いかけはアメリカのヒップホップ業界そのものに向けられたものなのだ。
ドレイク自身のインスタグラムにはザ・ウィークエンドとの写真が投稿されている。
17. Can’t Have Everything"
T・マイナスやボーイ・ワンダの後輩格にあたる、やはりトロント勢のジャズフィージーをプロデューサーに迎えた曲で、バスドラムだけのビートにやがて低音のシンセのグルーヴが被さってきて不穏な調べがかもし出される展開がとても刺激的なトラック。
内容はカリフォルニアで豪勢な暮らしに浸っている現在から、かつてカナダの国境からアメリカを臨んでいた過去を振り返り、ついにチャートやシーンを制圧した昨年までの流れを綴るもの。
ミーク・ミルやプッシャ・Tなどさまざまなアメリカのヒップホップ・アーティストから寄ってたかられることになったが、全員まとめて格下過ぎると片付けながら、必要とあらばどこまででも報復してやると宣言する内容だ。
タイトルにもなっている「すべてを手に入れることはできない」というコーラスは「だったらもっと手に入れてやる」という飽くなきドレイクの闘争心の裏返しでしかない。
18. Glow
このアルバムで綴られてきたさまざまな凌ぎ合いや闘争をいっそのこと過去のものにしてしまいたいとほのめかすくだりは何度かあったが、本格的にそれを乗り越えて行こうとするのがカニエ・ウェストとのコラボレーションとなったこの曲。
「俺のことを見てろよ、光り輝くことになるから」というコーラスをドレイクが歌い上げ、カニエがかつて誰にも相手にされなかったところから頂点にまで成り上がった自分の思いをMCとして繰り出していく。
重要なのは、カニエもドレイクもごく普通の家庭の出身で、極貧でもなければ犯罪多発地帯で育ったわけでもなく、親が犯罪者や薬物中毒者でもなく、自らストリート・ギャングに属することもなく、ありがちなヒップホップ・ストーリーとは無縁だということだ。
ただ、2人にとって辛かったことがあったとしたら、それはシングル・マザーに育てられ、貧しさと孤独と不安にはいつもつきまとわれていたことだろう。それが2人の飽くなき成功への欲求の動機になってきたのだ。
そういうある意味では「普通の」格差に見舞われて育ってきたことこそが恐らく2人の驚異的な人気の理由でもあるのだ。
その一方で、ドレイクは多くのヒップホップ・アーティストからの逆風に遭うことになったわけだが、「俺はいつか輝いてみせる」という初心をこの先の目標としてもあえて据えてみせるというのがこの曲の最終的なテーマだ。
終盤でアース・ウィンド・アンド・ファイアーのライヴ音源へと雪崩れ込んでいく展開はとても感動的だ。
19. Since Way Back
ドレイクのレーベル、OVOサウンドの契約第一号アーティストであるパーティネクストドアを客演に迎えてのスローナンバーで、寂しさを紛らわすために身体の関係を折に触れて続けてきた相手とのことを歌った内容だ。
パーティネクストドアのパートは関係が抜き差しならなくなってきたことに悩むことに言及しており、ドレイクのパートは相手が離婚して実際に関係を持つようになったずっと前から実は惹かれていたことを明らかにする。
終盤の第2部ではロサンゼルスに住みついて気軽に会えなくなってから、この相手のことが逆に気になってしようがなくなってきたという焦燥感が歌い上げられることになる。
20. Fake Love
ボーイ・ワンダの後輩格にあたるアメリカのプロデューサー、Vinylzによるトラック。リリカルでありながらもエッジーな音として仕上がったサウンドに常に明解なメロディがのり、ドレイクが「誰もが嘘の愛を俺に語る」と嘆く内容になっている。
自分には誰の思惑もすべて透けて見えてしまうとドレイクは歌っていて、自分に近づいてくる人間は誰もが常に微笑みながら俺の足元をさらおうとしているという疑念を吐露する内容でもある。
Vinylz自身のインスタグラムに『More Life』発表時、「最高な曲ばかりだよ。」とコメントが投稿されている。
21. Ice Melts
これもまたヤング・サグを伴う曲で、ヤング・サグとのコラボレーションを多く行っているSupah Marioと、カニエ・ウェストとのコラボレーションで有名なS1がプロデュースに参加した曲。
どこまでもダブっぽいダンスホール・トラックにヤング・サグがその強烈で野性的な節回しのMCで相手におまえには俺が必要なんだとたたみかけるように押しまくる一方で、ドレイクは自分はずっと待っていたが今こそ心を開いてみないかと甘い歌で相手に迫る内容になっている。
22. Do Not Disturb
最後を飾るのはボーイ・ワンダとNoah "40" Shebibによる情感溢れるトラックで、ドレイクはその音に乗せてこのアルバムの内容を一気にフロウで総括してみせる。
冒頭はゴーストライラーを使っているという言いがかりをつけてきてミーク・ミルについての回想で「今はディスっているけど一緒に笑い合った写真だって持っている」と友達だと思い込んでいた人物に裏切られる寂しさを綴っている。
その後ひたすら仕事に邁進し、手に入れたステイタスを享受する日々を振り返りながら、この忙しさの中ではまともな人間関係は築けないとも打ち明ける。
そして旧友の女性に最近はどうしているのかと訊かれて、相手にわかるような話が何もできなかった自分に愕然とするその心境が綴られる。
そして自分になにか意見を押し付けてこようとする輩は必ずなにかを仕掛けてくると、気を張った生活を続けなければならないことをドレイクは明かし、結局自分の生活は凌ぎ合いと金にまみれていると結論付ける。
みんなもっと休めと言うからこれからそうするかもしれないし、そうしたら自分ももっと謙虚な人間になれるのかもしれないと断ったあとで、来年できたらまた報告すると言い残し、カリブ系のスラングで「More Life」と、つまり「よりよい生活を」という一言でこのアルバムを締め括る。
というわけで、このアルバムはドレイク自身の日常、対立するアーティストとの落とし前をどうつけるか、どうにもならない様々な人間関係など自分の周辺で渦巻いている話題が全て放り込まれた内容で、楽曲やテーマ性でまとめられているわけではない。
「ミックステープ」でもなく「アルバム」でもなく「プレイリスト」と今回の作品についてドレイクが言及しているのはそのせいだろう。
(高見展)