10月2日に惜しくも急逝したトム・ペティ。ブルース・スプリングスティーンらとともに、ポップ、カントリー、ブルース、フォークなども汲んだモダン・アメリカン・ロックを打ち出し、文句なしにアメリカのロックを体現するアーティストとして活躍したが、実はミュージック・ビデオでもよく記憶されているアーティストでもある。
トムとザ・ハートブレイカーズがブレイクし、一躍アメリカを代表するロッカーとなった時期はまさにアメリカでMTVが定着した時代で、ある意味で地道で手堅い活動を続けるアーティストの中でも、トムはビデオも積極的に制作したアーティストだったからだ。もとより名曲の多いトムではあるが、ここではトムの代表的なミュージック・ビデオを振り返ってみよう。
“The Waiting”(1981)
Tom Petty And The Heartbreakers - The Waiting
トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのキャリア初のビデオ。1979年の『破壊』での大ブレイクを経て、1981年の『ハード・プロミス』からのシングル・カットで、トムの音楽性を凝縮したような名曲だ。
エルヴィス・プレスリーに始まり、60年代のブリティッシュ・インヴェイジョンに憧れてロック・ミュージシャンを目指しただけあって、1966~1967年頃のロック・バンドの典型的なテレビ出演時のセットを再現した設定がヴィジュアルとしてとてもよく出来ているし、ザ・ローリング・ストーンズが自分にとってのパンク・ロックだったと振り返っていたトムらしいロックへのオマージュともなっている。
“Don’t Come Around Here No More”(1985)
Tom Petty And The Heartbreakers - Don't Come Around Here No More
MTVの常連になった頃、1985年の『サザン・アクセンツ』からの1stシングルのミュージック・ビデオ。さすがにビデオにもこなれてきて『不思議の国のアリス』をモチーフにしたかと思いきや、そういうわけではない。このビデオはあくまでもこの曲を共作したユーリズミックスのデイヴ・スチュワートの発言がきっかけになっている。
もともとこの曲のタイトルは、デイヴが当時の交際相手だったフリートウッド・マックのスティーヴィー・ニックスのパーティーに招待されて彼女が発した言葉を歌詞化したものだ。
デイヴが招待された前日に、イーグルスのジョー・ウォルシュとスティーヴィーとの仲が破局、ジョー・ウォルシュに向けて発された言葉が「Don’t Come Around Here No More」(「もううちの近所には足を踏み入れないで」)だったという。
それをタイトルにして、トムとデイヴが別れの歌としてあらためて書き直したのがこの曲なのだ。ただ、トムがデイヴから聞いた話によると、スティーヴィー宅に招待された日には客の誰もが薬物を堪能。しかしデイヴは加わらず、家の2階の寝室で酒に潰れて寝た後、翌朝目が覚めると自分が寝ていた部屋でスティーヴィーが19世紀風のドレスを取っ替え引っ替え試着していたのだとか。その光景を見ながら『不思議の国のアリス』の国に迷い込んだ気分になったのだという。この曲のサイケ的なアレンジやこのビデオの演出はむしろこのデイヴの記憶をヒントにしたものなのだろう。
“Handle With Care”(1988)
The Traveling Wilburys - Handle With Care
ジョージ・ハリスンが自分のソロ・シングルB面用に声をかけたボブ・ディラン、ロイ・オービソン、ジェフ・リン、トム・ペティというラインナップで書き上げた楽曲。しかし、あまりに内容がよすぎるということでトラヴェリング・ウィルベリーズとして正式にリリースされることになった。
一応覆面バンドということにはなっていたが、顔などを隠しているわけではないので驚異のラインナップとして話題の大ヒットとなった。事実、アルバム・リリースから2か月後にロイが心臓発作を起こして他界してしまったため、このラインナップは二度と実現不可能なものとなってしまったのだ。
“Runnin' Down a Dream”(1989)
Tom Petty And The Heartbreakers - Runnin' Down A Dream
1989年のトムの1stソロ・アルバム『フル・ムーン・フィーヴァー』からのシングル曲。ソロ制作中にトムはトラヴェリング・ウィルベリーズに参加したため、ある意味でソロ作品としてのモチーフやテーマはより強く前面に打ち出されたともいえる。
ロックンロールと自分との関わりや、今自分が現役アーティストでやっていること自体、考えてみれば不思議でしようがないという心境を歌ったこの曲はその最たるものだ。
アニメーション仕立てのミュージック・ビデオは、アメリカの有名なコミック・キャラクターのリトル・ニモを極道親父化させたキャラクターと、トムとの冒険というものになっている。
“Into the Great Wide Open”(1991)
Tom Petty And The Heartbreakers - Into The Great Wide Open
トムがソロやトラヴェリング・ウィルベリーズでコラボレーションを重ねたジェフ・リンをプロデューサーに迎え、ザ・ハートブレイカーズとして1991年にリリースした『イントゥ・ザ・グレート・ワイド・オープン』からのタイトル曲。歌詞はエディという青年がロック・スターとして成功していく姿を描いていて、レコード会社のスタッフに「ヒット曲が書けてない」と言われることに成功の秘訣があるという皮肉になっている。
ミュージック・ビデオではこの主人公をジョニー・デップが演じ、成功した後に身を落していくという物語になっている。マネージャー役はフェイ・ダナウェイが務めている。実はふたりが出演していた映画『アリゾナ・ドリーム』の撮影がいったん中止になったところ、このビデオの監督を務めたジュリアン・テンプルが急遽声をかけて実現したものだった。
サウンドはジェフ・リン特有のザ・ビートルズ=ジョージ・ハリスンに近い音になっており、そのせいか、このアルバム自体がハートブレイカーズにとってイギリスでの大きなヒット作品となった。
“It’s Good to Be King”(2012)
Tom Petty - It's Good To Be King
ワーナーに移籍し、プロデューサーにリック・ルービンを迎え、大ヒット作となったトムの2ndソロ・アルバム『ワイルドフラワーズ』からのシングル曲。実質的にはハートブレイカーズの面々と制作したアルバムだが、楽曲の内容が内省的で周囲との違和感などを取り上げたものが多いため、ソロとして発表されたということなのだろう。
それが逆にこのアルバムのヒットに繋がったといえるし、それをよく表しているのが、超有名ロック・アーティストとして生きることの息苦しさを皮肉として歌い上げるこの曲だ。そしてこのミュージック・ビデオはその頽廃感を見事に映像化してみせている。
“I Forgive It All"(2016)
Mudcrutch - I Forgive It All
2007年に再結成したザ・ハートブレイカーズの前身バンド、マッドクラッチが2016年にリリースした2ndアルバム『2』収録曲のミュージック・ビデオ。過去のことはすべて水に流そうという歌で、老境に至った男性がこの内容をかつて生まれ育ったと思われる街角を訪れるという映像として描くビデオになっている。
主演はなんと、アンソニー・ホプキンス。そして監督はショーン・ペンと、ニルヴァーナの“Smells Like Teen Spirit”のビデオで有名なサミュエル・ベイヤーの共作となっている。結果的にマッドクラッチの『2』はトムにとってラスト・アルバムになったため、このビデオもオフィシャルとしては最後のものとなる。
(高見展)