King Gnuはラブソング“白日”とアジテーションソング“飛行艇”という2つのアンセムで何を変えてしまったのか?

King Gnuはラブソング“白日”とアジテーションソング“飛行艇”という2つのアンセムで何を変えてしまったのか?
大観衆の歓声と拍手をバックに、どっしりとしたビートと歪んだギターリフが鳴り渡る。そしてそのビッグなグルーヴに乗せて《どんな夢を見に行こうか/正しさばかりに恐れ戦かないで》というメッセージが歌い起こされる――ほぼ全編にわたってBPMの遅いたったひとつのリズムで押し通し、メロディの展開もAメロ→Bメロ→サビという「型」を無視してほぼヴァースとコーラスのみ、つまり音楽的にはJ-POPの文法とも現在の邦楽ロックの作法とも明確に距離をおきながら、さらにスケールの大きな「勝利」を謳う。2019年8月9日にドロップされたKing Gnu待望の新曲“飛行艇”は、そういう曲である。


この曲はおそらく、“白日”でKing Gnuを知ったリスナーには多かれ少なかれ驚きと違和感をもって迎えられたのではないか。常田大希(G・Vo)は『ROCKIN’ON JAPAN』9月号のインタビューで「今までにないですね。たぶん、ヒットしないっすよ」と発言していたが、実際、これは今のシーンでは間違いなく鳴っていない音だし、誰も鳴らそうとしていない音だ。日本の音楽シーンに対してハンマーを打ち下ろそうというバンドの強い意思がそのまま音になっている。

ところで、僕は上で「ヴァースとコーラス」という言葉をあえて使ったが、それは簡単にいえば洋楽のマナーである。“飛行艇”は単に曲の構成というだけでなく、コード進行やサウンドデザインの部分でも、明らかに洋楽的な要素を打ち出している。しかし、それをもって“飛行艇”は「洋楽的な楽曲」だ、もっといえばKing Gnuは「洋楽的なバンド」だ、と定義していいのかといえば、もちろんそうではない。

なぜなら、アルバム『Sympa』に収録された“The hole”や“白日”とはまったく違うタイプの曲ではあるが、その中心にあるのは相変わらず日本語で歌われる「歌」であるからだ。その言葉とメロディには、間違いなく日本人の精神性に共鳴する侘び寂びがある。《この風に飛び乗って/今夜名も無き風となって/清濁を併せ吞んで/命揺らせ 命揺らせ》という言い回しは、音のスケールが生み出す重厚感とアンセム感に対してあまりにもナイーブだ(そのナイーブさこそがKing Gnuをこれだけの存在に押し上げた原動力だと思っているが、それについてはまた別の機会に)。サウンドとグルーヴの圧倒的な迫力でシーンを制圧しようとしながら、なぜ彼らは《名も無き風》や《清濁を併せ呑んで》と歌わなければならなかったのか?

ドラマに起用され彼らの名を一躍広めた“白日”は、構造的にも内容的にも、きわめてJ-POP的に作られた楽曲だった。もちろんそれは偶然そうなったわけではなく、常田は明確な意図をもってそうしたのである。しかし、その“白日”で歌われる《今の僕には/何ができるの?/何になれるの?/誰かのために生きるなら/正しいことばかり/言ってらんないよな》という言葉と今回の“飛行艇”に込められたメッセージとのあいだに曲調やサウンドから受ける印象ほどの違いがあるかといわれれば、そうではないと僕は感じる。“白日”はラブソングで“飛行艇”はアジテーションソングだが、その設定や背景を取っ払ったときに、曲が言わんとしていることはそれほど変わっていない。言葉を換えれば、方法論の面ではほとんど正反対の方向から攻めながらも、そのゴールはまったくブレていないのだ。


ではそのゴールとは何か。King Gnuの操縦桿を握る常田は、エモーショナルな部分を持ちながらも、その思考はいつも冷静でロジカルだ。“白日”が意図的であったのと同じように、“飛行艇”もまた意図に満ちた曲である。その意図とは、ひとつには前述のとおり「日本の音楽シーンに対してハンマーを打ち下ろす」こと、ある意味硬直化している現在の日本のロックシーンに対して、それとはまったく違う音を持ち込むことで異化作用を生み出すことだ。そしてもうひとつは、リスナーであるあなたの耳と思考に革命を起こすことである。J-POPや邦楽ロックに慣れた耳にこの曲をぶち込むことで、新たな世界、新たな音楽体験へと導く――そのために、いわば「露払い」としての“白日”とその後にくる“飛行艇”は地続きでなければならなかったし、そこには日本人の琴線を震わす「歌」がなければならなかった。これはKing Gnuによる革命の本丸、その始まりなのである。

「たぶん、ヒットしないっすよ」という常田の言葉とは裏腹に、“飛行艇”は8月9日にリリースされるやいなや各配信サービスのランキングトップを独占した。革命は静かに、しかし確かに進んでいる。何かが大きく変わり始めているのだ。(小川智宏)
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