UNISON SQUARE GARDENの音楽はドラマー・鈴木貴雄の魅力を紐解くと刺激マシマシになる

UNISON SQUARE GARDENの音楽はドラマー・鈴木貴雄の魅力を紐解くと刺激マシマシになる
バンドの場合、キャリアを重ねるほど音数が少なくなり、引き算のアンサンブルへと向かっていくケースも少なくはないが、結成15周年を迎えたUNISON SQUARE GARDENの曲は相変わらずテンポが速くて展開が多い。というか年々その傾向が強くなっているようにさえ感じる。田淵智也(B)は他のアーティストに曲を提供するたびに「速い」とか「難しい」と言われがちなソングライターで、そんな田淵と一緒に15年間バンドをやってきたのが斎藤宏介(Vo・G)であり、鈴木貴雄(Dr)だ。つまり3人とも、常人離れした何かを持っているということ。この記事では鈴木にスポットを当て、ドラマーとしての魅力を掘り下げていきたい。

鈴木はまず、手数が多いドラマーだ。手数が多いというのは、そもそもドラマーとしての引き出しの数が多くなければ実現し得ないことで、例えば“fake town baby”の間奏(2:28~)にはそんな彼の持ち味が分かりやすく表れている。ここではギター&ベースのリフと同じリズムでドラムも動いていて、回を増すごとに音符が細かくなっている。同じ音型のメロディに対し、鈴木は4種類のアプローチを見せているのだ。

ミュージシャンにとってのライブとは、自分の中にある表現の引き出しを「リアルタイムで」、「絶え間なく」引っ張ることを求められるような場所である。その引き出しの多さからか、鈴木はライブならではのアレンジ、その日限りのアドリブを頻繁に付け加えるため、観ているとついワクワクしてしまうのだ。それはバンド全体のエンジンになっているようで、ユニゾンのライブでは、鈴木のアレンジ/アドリブに反応した斎藤や田淵がふっと笑ってからそれに乗っかる、みたいな場面がわりと多い。また、ここ数年のワンマンで恒例となっている長尺のドラムソロは、ライブの後半に向かうタイミングに設けられることが多く、そこでもやはり、鈴木のドラムがメンバーや観客を熱くさせている。

ライブ中、上着を被って目隠し状態で演奏し始めたり、プレイの合間にスティックを回してみせたり……と、パフォーマー気質なところもある鈴木は、華やかなタイプのドラマーだ。一方、鈴木のドラムには、どれだけ足し算をしてもちゃんと拍でノせてくれる感じがあり、その堅実さもまた、鈴木貴雄の個性、UNISON SQUARE GARDENにとって欠かせない要素であろう。

思い返せば、ユニゾンのライブを初めて観た時、私が一番に感動したポイントもそこだった。例えばドラムソロ、それも他のメンバーが伴奏を弾くこともせず完全なる独奏状態の場合、感情が昂るがあまり、最終的にはテンポもリズムも関係なしに、ガッシャーンと雪崩れ込むようにしてソロを終えてしまうドラマーも多い。一方、鈴木のソロは本能的でありながらも、テンポとリズムの縦の線がどんな時でもしっかりと見えるため、情熱的だがエゴイスティックではない。そのすごさは、これまで発表されたバンドのライブ音源/映像からも確認できるため、手元にある人はぜひ改めてチェックしてみてほしい。

ユニゾンのベーシストの田淵は作詞作曲をする人、かつ曲に寄り添うベースを弾く人なので、彼のベースラインは非常にメロディアスだ。そうなると(バンドでは通常ベースとドラムをリズム隊と呼ぶが)、ユニゾンの場合、リズムを担うのはドラムのみということになる。鈴木はそれを強く認識していて、だからこそ、先述のようなプレイスタイルになっていったのだろう。舞洲での結成15周年記念ライブで「ドラマーは料理における器、音楽におけるスピーカーみたいなもの」、「良いものを増幅させられるけど、それ自体は評価されない」と語っていた鈴木。あれは謙遜などではなく、ドラマーとしての自負と自覚から出た言葉だったのだと思う。

以前、このバンドの原稿を書いた時に「三者三様なのに三位一体」というフレーズを用いた。それは、3人それぞれに「他のメンバーには絶対に踏み入れさせない領域」――言い換えると、プロとして自分が極めるべきと考える領域、他2人からある種信頼されて任せられている領域――が存在していると感じられたからだ。ここまで書いてきたことをまとめると、鈴木にとってのそれが、ドラムであり、リズムである、ということ。各々が自身を研ぎ、プレイヤー/クリエイターとしてどんどん鋭利になることによって、「この3人であるべき理由」はますます揺るぎないものになっていく。UNISON SQUARE GARDENの美しさは、そういうところにある。(蜂須賀ちなみ)
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