12月2日にホワイトハウスでオバマ大統領からケネディ・センター褒賞を授与されたレッド・ツェッペリンだが、その後、一緒に褒賞を授与されたテレビ司会者のデヴィッド・レターマンのトークショーに出演してトークに応じたという。
2日の授与式ではブルース・ギターの鬼才、バディ・ガイも一緒に受賞することになったが、ジミー・ペイジは少年時代からの友人であるジェフ・ベックと一緒にハウリン・ウルフやソニー・ボーイ・ウィリアムソン、そしてバディのレコードをいかに聴き込んできたのかということを語り、次のようにバディを称えたという。
「あの表現とあの情熱とあのドラマといい、バディのギターはとにかくこの世のものとは思えなかったんだよね」
その一方でレターマンがバンドに影響を与えたその他のアーティストについて訊くとロバート・プラントはエディ・コクラン、ジーン・ヴィンセント、エルヴィス・プレスリーを挙げ、1973年にエルヴィスに会った時のことを手短かに回想してみせた。
「ものすごい大勢の女の子を従えててさ。あれは、なんかすごかったよね」
そして、ザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、ザ・キンクスなど諸々のバンドが活躍した時代に育ったというのはどういう感じだったのかとレターマンが訊くと、ジョン・ポール・ジョーンズは「でも、その他にバンドはいたんだっけ? どうも思い出せないな」ととぼけてみせた。そこでレターマンがほかのバンドの交流はどういうものだったのかとさらに訊いていくとジョン・ポールは「みんなとは基本的に空港で顔を合わせていただけの関係だったんだよね」と軽く質問をいなしてみせた。
その後、ジョン・ボーナムの死後の活動の可能性について考えられなかったのかという話題についてはジミーがこう語った。
「ぼくたちがレコードを出して、それからレコードの曲をライヴのセットに含めていくというのは、それぞれの曲にとっては新しい始まりや第2の息吹のようなものだったわけで、それはどうしてかというと、ぼくたちの即興演奏のせいで毎晩楽曲が変わっていったからなんだよね。それだけの労力と変化がどの曲にもほどこされていたのに、また新しいドラマーを連れてきて、『これとこれをちょっと覚えておいてくれる?』なんていうやりようはなかったんだよね。どうにもうまくいかなかったんだよ」
また、レターマンがレッド・ツェッペリンの音楽とはどう説明すればいいのかと訊くと、ジミーとロバートが押し黙ったままだったのをよそにジョン・ポールが"移民の歌"のイントロのリフをひたすら歌い出してみせたとか。なお、番組中、バンドの今後の再結成については一切触れられなかったが、締めくくりにレターマンが「あんな褒賞の後にはやっぱりバンドをやろうって思うものですよね」と吹っかけてみたところ、ジョン・ポールは「思わないよ」と答えて会場の爆笑を誘った。
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