監督と脚本を手がけるリューベン・オストルンドによれば、ハイジャックや船の沈没といった事故の生存者カップルの多くは、その後離婚するらしい。海難事故では、男性の生存率のほうが女性より高い。自らの生死を左右するような状況において、女性より男性のほうが、自分の身を守るために逃げ出す傾向があるという。
フランスのスキーリゾートを訪れた裕福なスウェーデン人一家の5日間を描くこの映画。2日目に起きたちょっとした雪崩事故の際に父親がとった行動が、信頼と尊敬によって結びついていたように見えた家族の絆を、あっけなく解いてしまう。「理想の父親」の立場を支えてきた根拠を一瞬で失った父と、信じてきたものが空っぽだったことに困惑しまくる妻と子どもたちの姿が、毒のあるユーモアとともに描かれる。すごく可笑しいけれど、思いきり痛い。彼らを笑える資格があるのか、正直自信がないからだ。
男らしさや女らしさを押しつけたり、押しつけられるのは嫌だけれど、そこに甘えていたい自分もいる。期待に応えられないことは怖い。でも、男らしさ、女らしさに従って生きたほうが楽かもしれないとも思う。なんてことのない家族のなんてことのない5日間に、性別や社会的立場を超えた自らのアイデンティティの所在について考えた。
『フレンチアルプスで起きたこと』は、7月上旬公開(http://www.magichour.co.jp/turist/)。(川辺)